• [0]
  • アコ上達のヒント

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2012年 6月 5日(火)01時10分10秒
 
旧、森のくまさん(現、さぬきのアコ吉さん)のリクエストにお応えして開設します。 あゝ、そうだったのか! それが知りたかった! なんて情報が出てくるといいですね。

投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [641]
  • 聴く方に喜んでいただくことは無上の喜び

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 4月14日(木)22時20分18秒
 
たしかに自分一人で楽しんでばかりでは飽き足りないと感じることがありますね。

楽器を楽しんでいる方々は、殆んど例外なく施設への訪問演奏や発表会で

の演奏を目的とされています。

人は人との関わりのなかで生きているんですね。

だからこそ喜びを分かち合えたときは本当に幸せです。

川井様のコメントで納得の表現に出会えたことを喜んでいます。



  • [640]
  • 一言追加させていただくと。。。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月14日(木)06時36分47秒
 
アコ演奏の楽しさは言葉に言い尽くせないほどある、とすでに讃岐のアコ吉さんがご発言なさっていますので、一言追加も蛇足かとは思いますが、あえて一言申し上げれば、それは、自分で演奏して、自分が楽しい思いをするその音楽を、ほかの人が効いて一緒にその音楽を喜んでくれるということを実感するということではないかと思うのです。

それが、時として、自分としてはそれほど好きな音楽ではないとしても、聴く方が喜んでくれる曲を提供できたという喜びは、自分の好きな曲を弾いてうれしいという喜びよりも大きいのではないかとも思われるわけです。

おそらく讃岐のアコ吉さんは、そんなことをすでにこれまで幾度もご経験なさっていると思います。 で、そんな喜びは、やってみないとわからない異次元の体験ではないでしょうか?

普通に楽器を弾くという人は、お稽古事であれば、先生や同僚、あるいはその友人や親などの前で弾くときがたまにあるぐらいで、学校の試験と同様な捉え方をしている場合がある。 もちろん、そこではわが子の成長ぶりに感動する親もいるが、90%はお義理の拍手だけど、それでも、感動を与えた、喜んでもらえたという感覚を体験できる場でもあるかもしれない。
自分でギターなどを買って家で教則本をにらんでじゃかじゃか鳴らしているうちは、この感覚がわからない。 アコも同じ。 で、人前で弾くようになると、珍しい楽器だということで、子供らも寄ってくる。 徐々に、様々な年代の方が集まってきて、中には、どれかの曲に痛く反応する人もでてきて、おじゃべりにつながり、人との交流が芽生える。 そんなところから、演奏を通じた心の会話が生まれる。

あ、一言が、すでに多言になってきてしまった。 そんなことは演奏をして初めて感じる異次元の世界であり、演奏をしたことが無い人は、そんなことは想像はできるかもしれないけど、実感がわかない。

で、そんなレベルに達するにはある程度の練習も必要なことは言うまでも無い。 自分でもアコの練習を始めたころには、そんな人とのハートの交流のことなど考えも及びませんでした。

アコを自分で演奏するということは、自分の好きな曲を好きなように、いつでも弾ける。 これがまず楽しい。で、気がつくと、自分の音楽でほかの人の気持ちを楽しくしてあげることができる、あるいは、その人に忘れていた思い出を思い出させてあげることができる。 その人とある時代の同じ雰囲気をシェアすることができる。 で、新しい交流が芽生える。 そんなことは、アコを始めたころには考えもできない。

だから、アコを自分で演奏をするということには、言葉に言い尽くせない楽しさがあるのですね。

あ、すべて、讃岐のアコ吉様が短い言葉でおっしゃってくれていましたね。 まさに蛇足でした。。。


  • [639]
  • 口数に 反比例する その中身

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月12日(火)23時18分45秒
 
主旨はその通りでございます。 今回は短く回答できました。 いらない説明が多すぎて失礼しました。

それはともかく「塩ラーメンに残り物の野菜を入れて、仕上げに豆乳を入れて作る僕の大好きな食べ物だが、最近はこれにカレー粉を入れて、ニンニク、ショウガを混ぜるなどのトッピング」、
これはお試しあれ。 豆乳は牛乳でもOKですが、ともに、水を少なめにして煮ておいた具と面をどんぶりにいれてから、最後にいれるのがコツ。 ちなみに、即席塩ラーメンについているスープのもとも、同様に最後にいれるのがベスト。

あ、また、いらないお話で、失礼しました。

  • [638]
  • アコ演奏の楽しさは言葉に言い尽くせないほどである

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 4月12日(火)21時16分39秒
 
「自分で弾いて楽しむのは能動的であり何の制約も無い完全自由であり天国に

遊ぶことである」という主旨でしょうか。

川井様の解説、私はすごく共感できます。

天国説はいいですね。アコを弾けば何もかも忘れてこの世の天国です。

棋狂様のお話、「恋愛は小説読んでも楽しいし、自分で経験するのも

楽しい、同じ楽しみなら・・・」と勝手に連想してしまいました。

カルチャーセンターには大正琴・フラダンス・コーラス・絵画などなど

各教室は中高年の生徒さん達で溢れています。

皆さんそれぞれ能動的に楽しんでいらっしゃいます。

  • [637]
  • そして、その下の句は。。。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月11日(月)22時23分24秒
 
♪同じ阿呆なら、踊らにゃ損、損♪ 言い直せば、アコ弾く阿呆に聴く阿呆、同じ阿呆なら弾かなきゃ損損!

そうそう、続けていくことで、確実に進化している自分の腕前を確認できるのも、向上できる喜び、達成感を与えてくれますね。



  • [636]
  • 踊る阿呆に見る阿呆・・・

  • 投稿者:棋狂
  • 投稿日:2016年 4月11日(月)20時19分38秒
 
名曲・名盤のCDを聞く楽しみもあり、下手くそなアコで好きな曲を弾くのもあり、どちらがいいんでしょうかねぇ・・・
こうした議論で盛り上がっていますね。先輩諸氏の投稿に、う~ん!と共感しています。

掲題の至言は、非常に単純に人生の機微を表しているように思えます。

私の演奏は、自分で言うのもなんですが、極め付け(!)の下手くそです。
それでも、続けていて去年に弾いた曲を、今年になってもう一度弾くと、「あれ?この部分、去年はえらく苦労したよなぁ。」とか、「えっ!このコードはこのメロディにこんなに新鮮に対応するものなんだ。」みたいに、新たな感動が味わえます。

だから、ボランティア訪問演奏で、自分の下手さ加減にうんざりすることがあっても、あまり落ち込まずに続けていけるのかも・・・と慰めています。


  • [635]
  • 人の心を読めれば。。。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月11日(月)08時38分42秒
 
こんな苦労はないものを。。。 人の心を読めれば、それは、ある意味で、透明人間になって、人の秘密をすべて覗き見ることができるようなものでしょうか。
今、思い出したのですが、たしか、昔、テレビの連続ドラマで「透明人間」というをやっていた。 それが面白くて、よく見ていました。
それを見ているうちに、自分でも透明人間だったら、あれもできるぞ、これもできるぞ、と妄想を膨らませるようになり、良く夢にまで、自分が透明人間になった夢を見たりしたことを思い出しました。

でも、人の心が読めたら、きっと悲しくなってしまうかもしれない。 「深いい話--」とおっしゃっていただいても、実際は、「なに、くだらないこと言ってんのよ!」と思われていたり、「。。。心理学者ですね」などとお世辞をいわれても、「ばーか、そんなこと聞いてんじゃねぇよ!」なんて思われていたりして。
そんな、ことを考え始めると、こわくなってしまい、だれとも話をしたくなくなってしまうかもしれない。

でも、本音でしゃべってほしいけど、本音でいわれたらへこみそう、という弱気で、どうする。
私は人の心は読めませんので、いただいたお言葉は、そのままいただくことにさせていただきます。


  • [634]
  • それにしても自分が弾くほうが楽しいのは。。。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月11日(月)08時37分39秒
 
というご質問にはまだ回答できずにおります。 そもそもいい演奏、気に入った演奏とは何か? 気に入らないのは、何が気に入らないのか?
世にあふれる名演奏家の演奏を聴いて感動する場合もあるし、世界最高峰の演奏でも、自分の興味や嗜好に合わなければ感動しないとか、つまらない、気に入らないということになる。

そもそも、世界の音楽は、といわずとも、テレビ・ラジオから流れてくる音楽がすべて自分のお気に入りの音楽であるわけがない。 お気に入りの音楽家の演奏会でも出てくる音楽がすべて100%気に入る場合は、、、あるかもしれないけど、無いことも多い。

その基本的にな違いは、ActiveはPassiveか、と英語で言わなくてもいいけど、能動的か、受動的か、という日本語のほうが難しいか、、、その違いがあるように思われます。 つまり、Active、すなわち能動的、であれば、自らに選択権があるので、好きな曲を弾ける。 嫌いな曲は弾かない。 つまり、高級ビュッフェレストランで、好きなものをお皿いっぱい取ることができて、お替わりまでできちゃう。 いわば好きなものを食べ放題。 まさに夢のような世界が待っている。 食べ物の場合は、その後の肥満・生活習慣病の恐れがあるが、音楽にはそれが無い! オー、ワンダフル!
一方、Passive、受動的であれば、相手の差し出す音楽を、いわば定食で、メニューはあるが、選択の余地は限られる。 カツカレーとアンミツのセットとか、すしとエビチリのセットで、テキーラもつけてほしい、などという期待は満たされることはまずない。 で、いくらおいしいものでもお替わりはできない。 できたとしても、ライスとキャベツはお替りできます、というぐらいだ。 もちろん、とんかつを食べた後、キャベツにドレッシングをじゃぶじゃぶかけてご飯をお替りする大学の相撲部員などはそれでもいいかもしれないが、普通の人には、たまたまうまい、お気に入りの定食セットに出会えればラッキーだが、その保証はない。
まして、知らないレストランで頼む「今日の定食」には、昨日使いきれなかったイワシのフライとか、板さんお任せでは、賞味期限ぎりぎりの材料で作られる場合も想定されるので怖い。

高級レストランのビュッフェといわずとも、自宅で、好きなものをつくる喜びと満足感は、塩ラーメンに残り物の野菜を入れて、仕上げに豆乳を入れて作る僕の大好きな食べ物だが、最近はこれにカレー粉を入れて、ニンニク、ショウガを混ぜるなどのトッピングをほどこし、世にこんなにうまいものがあるのに、どこのレストランにも無い! という、自己満足・自分の世界を構築する喜びが生まれる。
たとえ、周りの人になんと言われようと、自分な好きな音楽を好きなように演奏するよろこび、それは、自分で世界を創造する喜びに通じるものがあるのではないか? そこにはタブーもなければ、禁じ手も無い。 まったもありだし、負けても取り直しもできる。 失敗しても、やり直しのできる人生がある。

そんなことは、この浮世では許されない。 社会的なバッシングを受けることになる。 でも、自分でやる音楽にはそれが無い。 自由だー! (古い!)。 Oh,Freedom!

みずからの音楽のエデンの花園に一人さまよい出ることができる。 そこには閻魔様も仁王様もいない。 いるのは、流し目の、ほほえみのミューズの神様がいるだけだ。
そこは、天国なのです。 そう、自分でアコを弾くということは、この世で天国にちょっと遊びに行くということなのです。

アコーディオンの名手は星の数ほどいても、自分の演奏技術はそことは遠くかけ離れていても、そんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ。

ただ、人前で弾くときは、これをよく理解したうえで、自己満足の部分と、お客様に気にってもらえることを切り分けて考える必要がある。
選曲と演奏方法、さらには、お客様のとのコミュニケーション、そして、お客様に感動を与えられていないという失望感、そんなものと闘いながら弾かないといけない。
だから、自分で弾く楽しみと、それを聴いてもらって楽しみをShareできるということは、別の次元のことであるとはっきり理解する必要がある。

自分にってのエデンの花園は、他人にとっては、ごみ処理場の腐った生ごみであったりすることもあるということを忘れてはならない。 それはActiveかPassiveか、選択権・感受性がどちら側にあるかという基本的な命題で、これは思えば、讃岐のアコ吉様がご指摘をしていただいた、極めて重要な問題提起であったと思います。


  • [631]
  • 救われるコメントです

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 4月 9日(土)20時46分29秒
 
私もヴィオレッタ様と同じく「うーん」です。

川井様の代弁により彼の心情を察すれば、とても救われた気分になりますね。

彼も川井様の代弁を聞けばきっと「その通りだよ、そんなことが分らんのか、

察しの悪いやつだよ、まったく付き合いきれないよ」と言われそうです。

人の心を深読みできる川井様は心理学者でもあるんですね。

  • [630]
  • うーん。

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2016年 4月 9日(土)19時08分6秒
 
うーん。
讃岐のアコ吉さん、の、
妄想ご友人、さん。

めっちゃ よい事おっしゃいますーー

泣けます。
深いい話ーー。


  • [629]
  • 讃岐アコ吉さんへのコメント

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月 9日(土)18時17分14秒
 
僕が讃岐のアコ吉さんの友達だったとしたら、こう考えたかもしれない。

自分には写真を撮るという趣味があり、その腕には自信がある。 音楽は好きだが、演奏するだけの基礎もないし、一つの楽器にのめり込むというより、幅広い音楽というもんが好きだ。
アコ吉君はチェロの演奏ではすでに高みに達している。 今更、あとを追って、チェロをやっても、どうせアコ吉君には追いつけない。 そうなれば、劣等感が生まれ、面白くないし、アコ吉君への嫉妬心が生まれる。
もし、自分もチェロをやって、もしもアコ吉君よりうまくなったりしたら、アコ吉君のジェラシーを買いかねない。

僕は、アコ吉君のことが大好きだ。 二人で音楽を鑑賞することがとても好きだ。 ただ同じ楽器にせよ、違う楽器にせよ、競合関係になる、あるいは別の音楽の道を歩むことになる、あるいは、音楽の演奏において、異なる意見をもったりして、アコ吉君との友情に傷がつくことだけは避けたい。
それは、長年大事にしてきたアコ吉君との友情を失いたくないからだ。

だから、僕は、アコ吉君の演奏を記録に残し、それを写真道としてのアートに昇華することで、自分の撮影する技術を高め、同時のそれが友の喜びにもなり、自分との演奏の比較とか、そんなことからつまらない心情的なストレスを持つことで友情を壊すなんてことにならないようにしたい。

だから、僕はいつも、アコ吉君が演奏するときは、カメラマンに徹して、聴衆とともにアコ吉君に声援を送りたい。 演奏会に行くときは、アコ吉君とはライバル関係ではなくともに芸術を楽しむという共通の喜びをもつ、楽しみをShareできる真の友人として、アコ吉君という素晴らしい人間に巡り合ったことを一生の宝物として死ぬまで大事にしたい。

と、下北半島の恐山のイタコに仮装したピロシーストラはアコ吉君の友人の声色で語った。


  • [628]
  • tachinonさん、Please Don't stop posting. Keep writing!

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月 9日(土)17時56分42秒
 
tachinonさん、投稿し過ぎなんてことは全くありません。 いつも、有益で楽しい情報を楽しく拝読させていただいております。 皆様のそれぞれにご興味を持たれていると思いますので、ゆめゆめ書きすぎか、などというお考えはお持ちになりませんように!

書かなくっちゃ、話が始まらない、読まなくっちゃ、会話がつながらない。 どなたからもご投稿をいただけない日のなんと寂しいことか。。。 いつでもどこでも覗けるこの掲示板は、私にとっても、一日のうちの最大の喜びとなっております。 たまに覗く方も、良く覗く方も、毎日覗いていただいている方も、そして、もちろんご投稿をいただいている方も、すべて、この掲示板の運営にご協力をいただき、また、それが何らかの楽しみになっていれば、管理人としては、大満足なのであります。

Don't stop... と書きだして、Please Don's stop loving me.というロマンチックな歌を思い出しました。

Elvis Presley - Please Don't Stop Loving Me
https://www.youtube.com/watch?v=qE2LsP_cPa4

すみません、自分の趣味・嗜好を押し付けて。。。

  • [627]
  • アコを弾くのは大好きで楽しいです

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 4月 9日(土)10時10分52秒
 
退職して転勤先から故郷へ戻って、友人とは遠く離れて数年に一度くらいしか

会うことがありませんが、オカルト1号様のお言葉で思い出しました。

彼は写真撮影が大好きでした。私はカメラにあまり興味がないものですから

すっかり忘れていました。

私はアコーディオンを始める前はチェロが趣味で室内合奏団に所属していました。

コンサートの時に彼は150キロも離れた隣県から写真を撮りに来てくれたのです。

彼はその作品を「ハーモニー」というタイトルで。写真展に出品しました。

写真展の終了後にその作品を私にプレセントしてくれました。ずっと大切にしています。

だから彼は写真展で鑑賞するだけでなく自分で作品を創ることの楽しさは分っているのでした。

音楽は大好きなのに全然、楽器が弾けない口惜しさ半分の「つまらんつまらん」だったのでしょう。

tachinonn様が言われるように好きだから楽しいということでしょうか。

そしてオカルト1号様の哲学的な話にあります「人に伝えたい」という本能でしょうか。

人それぞれに好きなことや興味のないことがあって、世の中うまく回っているんですね。

tachinonn様、オカルト1号様、私の単純な疑問に含蓄に富むお話ありがとうございました。




  • [626]
  • そうでした。「標準語訳」をつけるの忘れてました。

  • 投稿者:tachinon
  • 投稿日:2016年 4月 8日(金)21時42分49秒
 
音楽失調症専門医様。
標準語訳、つけるつもりが、つけるの忘れてました
。メジャーな音楽がすべてではない・世界のいろんなところに素晴らしい音楽があり、私はまだそれを知らないだけだ・・というポリシーにそって、マイナーな言語を書いたものの訳語をつけるの忘れてました。
「いいんだねーすかや」は「ИИННДАНЕEСКАЯ」でなくて、「まぁ良いんじゃないですか」の宮城県の方言です。
(ロシアマニアと思われているので、「スカヤ」でダジャレのつもりだったのですが・・・)
ちなみに、後ろバックコーラスのねーちゃん等に目が行くは、メインがアコでない時ののみですよ。ご安心を
以前にも書き込んでいたかもしれませんが・・
例えば⇒https://www.youtube.com/watch?v=akkOjw9b7bQ
とか、こんなの⇒https://www.youtube.com/watch?v=HkGS263lGsQ
です。

 ところで、メインスレッドに書くべきかもしれないけれど・・最近自分の書込みが異常に多くなってきているような気がします。
・・これつて、もしかすると・・心の病?或は、認知症?かも
だれか、気づいたら指摘してくださいね。本人は気づかないのですから。
早めに病院に・・行かないかなあ・・・そのほうが幸せかも



  • [625]
  • ちょとまてちょとまてtachinonさん!!

  • 投稿者:音楽失調症専門医
  • 投稿日:2016年 4月 8日(金)20時10分39秒
 
フルート吹いてるおねぇーちゃんとか、バックコーラスのおねぇちゃんとか・・そっちについつい目が行くなんてそんな!アコーディオン弾いてるおねえちゃんはど~でもええとうゆうわけなんか?ましてやそれがミニスカートのオカルト妹でもあなたは興味がないと断言するわけですね?そのご自身の発言は、なんら問題ないわけですか?
それってダースベイダーよりたちわるいとゆう自覚はまったくないのですか?

ほんでついでやからゆーとくけど、どっかでいきなり「いいんだねーすかや」なんてゆってなかった?

だいたいそもそもねえ、最低でも標準語ないしはちゃんとゆってくれるんやったらオーソドックスな大阪弁でないと、それ以外は万国共通語とちゃうにきまってうやん、
全員『いいんだねーすいか』、と読むに決まってるでしょまったく!、あなたは一度でもメロンとかの気持ちになって考えたことありますか?

それとも、悪役をでっち上げてけんかであそぼうとたくらむぼく自身の心の病なのか?

まあええわ、いづれにせよ、『ちょとでもひとの弱みに付け込むのが生きがいの自分』がおる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前もってゆうとくけど、ぼくは、まんがいち、つけこんだり、ゆすり、はしたとしても、いきとしいけるものの差別をする主義ではありませんので、このたびは微生物類様には失礼しますが、

たとえアメーバやばい菌でも、その繁殖、すなわち子孫繁栄のために命をかけて生きているのだ!

それはね、根本的には種族の繁栄ではなく、個人己の持ちうるものと同じ生命の炎を、いつか滅び行く己の体の代わりに次の世代の命に残して伝えたい本能。

植物なら、その各々が種を飛ばしたり
クラゲもイカもタコもセックスしてetc.

とにかく各自そのものの化身を次の世代へ受け継がせながら宇宙のすべての生命の歴史がなりたっているわけですねえ。

さて、それが人間なら、最近掲示板で流行の言葉でゆう『低俗』なら、とりあえず本能のおもむくがままにセックスしておのれと物理的に酷似するDNAを持つ次の世代をもたらそうとする基本形。

ねえ、ひょとしてその讃岐の光源氏氏のお友達は、毎日お姉ちゃんたちのおしりばっかり追っかけてるすけえべじじいタイプ???・・・もしそうなら、そのおともだちは、性格的に『おのれと酷似するDNAを持つ次の世代をもたらそうとする基本形』の要素がきわめて高いのではないでしょうか?

あるいは、そのお友達は、音楽に関しては、鑑賞するだけでよくても、文章を書いたり絵を描いたり、陶器を製作したり、折り紙作ったり考古学に夢中だったりしませんか?あるいは、息子さんやお孫さん、あるいは、親しい若い世代と接してご本人の経験を語ることをこよなく好むひとだったりしませんか?

つまり、とーぜんですが、人間それぞれ、己のみが持っている何がしかを、後世に伝えたい本能は、それが芸術的なことであるとは限りません。

人間の場合、最近掲示板で流行の言葉でゆうなら『高尚』あるいはまあ、ちがう言葉つこてデリケートとか、とにかくそれゆえに、ただたんに物理的な『おのれと酷似するDNAを持つ次の世代をもたらそうとする』ことに付け加えて、『己が感じたこと、己の心の色や情緒、己が持つ愛情』とゆうような、(物理的とゆう言葉に対してゆうなら)精神的ななにがしかを、人に伝えたい、後世に伝えたい、残したい、と発する本能があるのだと思います。

(例外的に精神的に病んでいるため、誰にも何にも伝えたい自発的意欲のない人もいます、すなわち、ひきこもりですねえ)

あなたが、人前で演奏して、うまかったねえとゆわれてほめられて、それだけで満足できますか?演奏して、その曲に抱くあなたの感動、あなたが感じる美しさが、ほかの人に伝わった瞬間、初めてほんとうにうれしいのではないですか?もちろん一人だけで練習してるときも、ひとつの曲がだんだん出来るようになってきたら、それはすなわち、次回、あなたの感動を演奏で表現できるようになってきているからでしょう、その演奏であなたの感動を人に伝えることが可能になってきている喜びなのです。


さあ、いよいよつきつめていくと、あなたが

『鑑賞よりも自分で演奏するほうが、より楽しいのは何故か?』

音楽鑑賞は、ひとつの楽曲に対して、それぞれが感じる各個人のばらばらな心の感・・それまで。その時点で各個人の心の中に納まっているだけで終わり、せいぜい、同曲を鑑賞したもの同志が、良かったねえ、そうでもなかったねえっ、とか話し合いするくらいで、とーぜんその各々の心の奥底にある感動が、ほかの人に伝わることもない。

自分で演奏すること、それは、音楽で受けた『あなたの心底の感動』をほかの人や次の世代の人に伝える行為です。

讃岐の光源氏氏、あなたはとてもとても音楽が好きで、心の中が音楽の感動であふれていて、その、あなた自身が持つあなただけの、貴重な感動ををほかの人や次の世代の人に伝えたくてたまらないのです、それは、あなたのその『好色お友達』がそうでないように、誰でも彼でも持っている能力ではなく、一般の人には難しい特殊ですばらしい能力です。


ちなみに、楽曲を制作する立場の人は?もちろん芸術作品を制作する人たちも、各々の心の中の感動愛情があり、各々が人々に、後世に伝えそれがあるゆえにしていることですねえ、極論ですが、『後世に伝えたい自分の感動』その意欲が薄れて、ただ単に、今生活したり贅沢したりするお金がほしいだけになってきたら、掲示板の言葉でゆう低俗な作品になっていくわけですねえ、
しかしながら、楽曲を制作する人の心は、お~お~にして演奏する人より、さらにデリケートなプラスアルファを持っているものです、ぼくは個人的には、その、掲示板の言葉でゆう低俗作品とは、より時代の一般大衆にわかり易い、受け入れ易い、すなわちキャッチーな要素を踏まえたうえで、その一般大衆に伝えたい楽曲制作者本人の重要な想いがあるのだと信じたいです。



  • [624]
  • 世の中には2種類の人間がいると思うのです。

  • 投稿者:tachinon
  • 投稿日:2016年 4月 8日(金)13時39分26秒
 
私は、いわゆるスポーツをする人でも、やる人でもありませんが、何かで読んだ「ゴルフを見る人たちが、他のスポーツを見る人たちと違うのは、『見る人=やる人』だということ」をとても興味深く思います。
年に一位、自分でカヌーのイベントにでて、一緒にこぐことはあります。だから、TVでNHKカップ スラロームの中継なんかがあると、それなりに見て、「あーあそこ上手いなぁ・・」なんて思いながら見ますが、・・・真似するまでには至りません。 でも、TVでそれを見るときは、やっぱり、「教科書」「お手本」として見る傾向はありますね。

で、音楽も、聞くだけの人、と「自分でしたいと思う」人の2種類に(大雑把に)分けられるのではないでしょうか。
言葉を替えると、「自分もステージに立つ」(立ちたいと望む)人と、客席から見てる人・・・という具合に
「自分でステージに立ちたい」人は、必ずしも「スター」あるいは、「リードボーカル」でなくても良いんですよね。
バックコーラスのお姉ちゃんでもいいし、ベースでも、ドラムでも良いですよね。
もしかすると、エンジニア(というんでしょうか?)でもよいし、照明技術者でもいいんですよね。
とにかく、舞台側にいる人になりたい。舞台側でいろんなことをしてみたい人と、客席側にいたい人と、2種類いる訳で・・・・

で、スポーツでは、客席にいる人でも、音楽では舞台側の人かもしれないし、演劇ではまた別かもしれない。
まぁ、どちらが良いとも言えないし、・・・批評家も必要だし、研究者も必要だし、、客席が埋まらなければ、舞台も維持できない。

そう考えると、「好み」の一言で言切ってもいいのかもしれませんね。

ただ、何かのきっかけで「目覚める」ことがあるかもしれませんね。

答えになってませんね。

私は、フルート吹いていおねぇーちゃんとか、バックコーラスのおねぇちゃんとか・・そっちについつい目が行ってしまいます。


  • [623]
  • 鑑賞するより自分で演奏するのが楽しいのはなぜ?

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 4月 8日(金)11時12分30秒
 
とりあえず、このスレッドで質問させていただきます。

友人に大の音楽ファンがいます。現役時代にはよく一緒にコンサートに行ったりしました。

でも彼は歌ったり楽器を弾いたりは全くしません。そして彼が言うには

「CDで名演奏家の名演がいつでも聴けるのに素人が自分で下手な演奏を

してもつまらんつまらん」冗談半分にからかうのです。

私はCDで名演奏を鑑賞すれば素晴らしいと思って感動しますがそれ以上に

下手でも自分で楽器を弾くほうが、はるかに面白いし楽しいです。

なぜ楽しくて面白く感じるのかを、うまく説明して彼に納得させたいのですが

いい言葉が思いうかびません。

単にそう感じるからとか本能的なものだろうと言うのでは物足りないと思います。

彼がゴルフをやるのであれば、「テレビでプロゴルフを見るより自分でやるほうが楽しいのとおなじだよ」

と言えるのですが、彼は音楽鑑賞以外には全く趣味がありません。

鑑賞よりも自分で演奏するほうが、より楽しいのは何故かをうまく説明したいのでが・・・

なにかいい言葉はないでしょうか?

本当にしょうもない質問ですが知恵を貸してください。

  • [622]
  • おぼろ月夜のビデオに感謝

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 4月 6日(水)22時40分29秒
 
オカルト2号さまの楽譜に基づく「おぼろ月夜」ベーシック版の演奏に

大感謝です。これならバイエル級の私にとっても最上のお手本です。

ただし、素晴らしい前奏・間奏は真似できそうにありませんが。

こんなに素敵な前奏・間奏をいとも簡単に創造されるとは!なんていう才能でしょう!!

そしてバージョンアップ版の素晴らしい演奏、私にはただただ鑑賞させていただくのみです。

オカルト兄妹様ほんとうにありがとうございました。

  • [621]
  • ごめんなさい

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2016年 4月 6日(水)19時58分34秒
 
言葉が他にありません・・。
兄さんに不快な思いをさせてしまったみたいで・・・


さらにまた、ちがった演奏を聞かせて頂き、本当にありがとうございます。

  • [620]
  • 申し訳ございませんでした。

  • 投稿者:オカルトマニア1号
  • 投稿日:2016年 4月 6日(水)06時36分32秒
 
歌詞の意味を、より深く正確に理解して、年老いたかたがたのそれぞれの歴史、ご自身の人生を重ねて、心動かされるために、誠心誠意を尽くして音楽するオカルト妹の絶え間ない努力を否定するつもりなんてまったくなかったんやけど、

・・・この件は、以前、田代さんが積極的に投稿してくれてる時代にフィーヴァーした論議で、たとえば、吉永さんとかtachinonさん、ぜんさんやったらおぼえてるかなあ?

つまり要約すると、歌詞の意味を深く理解することと、音そのものを理解して、感動に値する音楽演奏として具現化することは別もん。

早い話が、歌詞や、楽曲誕生の歴史背景を理解することはまずそれ。。でも、出てくる音、出す音、歌の音の響き、そういった、具体的な音楽演奏要素をまっとうすることと、楽曲誕生の歴史背景の理解していることが、必ずしも一致しない件。
もっと単刀直入にゆうと、
いかに歌の伝えたい意味を理解していたとしても、人に演奏するためには、それとは関係ないといっても言い過ぎではない、出てくる音、出す音、歌の音の響きをより厳密に捉えて、表現しようとする努力や練習が必要であることが、絶対大事であることについての論議ね、

そんなこんなをかんがえとってき~がついたんやけど、たとえばのはなしこの掲示板でも、ぼく以外誰もしてない書き方やんかあ、発音したときの音そのものを重視してぶんしょつくってるんは。つまりその、文章とは、書かない、当然とも書かないで、と~ぜんって書いたり、

あたりまえなんやろうけど、日本に住んでる日本人は、日本語は、漢字熟語もすごく大事で、つまりそれは漢字のおのおのの持ってる意味がすごく大事なんよねえ?

おおかた人生の半分、ローマで暮らしてきたぼくはね、日常のコムニケイションの手段、つまりみんなとの共通語が、日本語ではない、つまり、漢字や熟語がない、外来語もあわせてやっと26文字しかないアルファベータの組み合わせの言葉で暮らしてるから、日本語の漢字熟語の意味の探求や美しさの理解を求める習慣がなくなってしもて、

そうとちがう単に言葉の響きに対する感覚が敏感になってきて、、、つまり逆にゆうと、日本の歌に対するその日本語歌詞の言葉の響きに対する感覚は、日本に住む日本人よりはるかに敏感で、そういう、違う音の観点からみいだして、自分の演奏をしようとする面が、多くの、日本の日本人とはちがうんやとおもう。

これは先ほど録画したヴァージョンアップ版朧月夜。きのうの録画のよりまだもっと弾ける人の参考になるためのサンプル演奏です。右手音色切り替えや和音演奏も増やして先日のオカルト妹の作ってくれた譜面をいっそう反映させたようになってます。
https://youtu.be/wMVDHehn3lA


  • [619]
  • 演奏ありがとうございます

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2016年 4月 6日(水)04時31分41秒
 
右手はメロディ1本でも、ベースラインを伸ばしたり、伴奏のパターンを変えることで音楽を膨らませることができますね・・。

いろんな演奏法が出来るよう、頑張ってみます。


ところで、歌詞の意味ですが、日本の童謡・唱歌に関しては、私は、

ご自身の健康維持のために音楽を、歌を楽しもうと、集まってくださる高齢者の方々のために

その歌を、歌詞を探究しお話させて頂く事、続けていきます。

皆さん、とても熱心に聞いて下さいます。歌に纏わる発言もとても多いです。

私の目の前の方々は、日本の童謡・唱歌には 音楽を感じて心動くんじゃない、

日本の言葉、歌詞に、情景を、季節を、歴史を、自分の人生を重ねて、心動かされるのだと思っています。そうすることで、表情が変わり、

歌声が変わります。

ただ、ひたすら懐メロをたくさん歌いに通われる歌声喫茶の常連さん達とはちがいます。

勿論、歌を理解することだけでいいと思ってない。

私は日本の童謡・唱歌では、アコーディオン伴奏することで、音楽を心に感じてもらいたいんじゃないです。一番に気持ちよくうたってもらうため。

そして、歌詞から、様々な思いを、感情を、自分の人生を感じて歌ってもらう、その手助けがしたくて、より深く感じてもらうために

少しでもいい演奏をしたいと思う。


それで、皆さん興味ないでしょうけど・・・

「朧月夜」で歌う月とは西の空に細くかかる三日月であったようです。1番の歌詞にある「夕月」とは3月から4月頃にかかる

夕方の「三日月」を表すそうです。

そして「にほひ淡し」とは「源氏物語」や「百人一首」でもあったように「香り」を意味するのではなく「見た目の色の美しさ」を表す表現であったようです。

最後にひとつだけ

「ずいずいずっころばし」は無意味ではありません。子供の頃の手遊びは意味なんて必要と思いません。

どうでもよかった。

昔、宇治から江戸に向かう「お茶壺道中(5~6月、新茶を将軍に献上する行列)の一行が通る時、庶民たちは

子どもたちが粗相をして切られてしまうことのない様、みんな戸をぴしゃんと閉めて家に隠れていた。

大名行列も同じ。子どもに注意するために作られた歌だといいます。息をひそめて隠れていると、ネズミが米俵を食べる音、

井戸ではあわてた拍子にお茶碗を欠く音まで聞こえるというもの・・。

歌詞の話はもうおしまい。

  • [618]
  • おおよその人たちは、そこまで深く厳密には歌詞を探求することはないんちゃうん?

  • 投稿者:ビデオマニア
  • 投稿日:2016年 4月 5日(火)17時25分12秒
 
ぶっちゃけたはなし、たとえばカゴメカゴメよかずいずいずっころばしとかなんて、完全に歌詞内容意味不明やし、よおするに、満月か?、三日月か?、想像したり疑問に思いながら歌うこた~ないやろおし。・・・あ、ごめんすくなくともぼくはかんがえませんでした。

そこまで深く探求せずとも、歌を楽しむことができるから、アコーディオン演奏して楽しむんやったらそれでええやんとかゆうたら、問題??

その、なんちゅうか、歌詞の意味の理解や探求、論理性の追及、そういうことに、ぼくは、あんまし、歌の美しさを感じることが出来るデリケートさがないなあ。

確かに、老人相手に、そういう、曲の歌詞の根源説明したげたら、喜ぶ人おおいやろなあ、でも、
重度の知的発達障害あるひとにとったら、おおよそ意味なんかど~でもええ世界なんかもしらんし。

たとえば、この朧月夜やったら、ぼくは
霞ふかし
匂いあわし
春風そよ吹く
あるいは、もうその、おぼろってゆうことばだけで
そういう音とゆうか、発音の響きだけで、美しさを感じる。

『アコーディオンは、ひとつ押さえるだけでいろんなオクターヴ違いの音がでるから、
ぶんちゃっちゃとメロディー1本だけで、重厚な演奏になるんちゃうん?』
・・・・てゆうたら問題ある????

一番最初の讃岐の光源氏氏の問題提起内容だった、『休符』ね、これは、すっごくだ維持だと思う、つまりね、当然自分が出してるアコーディオンの音、よく聞きながら音を出すことが大事なんやけど、それとまったく同様に音が出ていない休符をものすごくよく聞きながら次と音を出すまで待つことが、大事だよ。

ほんでまあ、相変わらず、何がゆいたいんかぜんぜんわからん録画やけど、メロディー1本だけでやってみたよ。演奏開始前にうまいこといかんで録画中断20回くらいしてたから、次回のときは、なんとしても台本つくりたいとおもいます。
https://youtu.be/lvazyRp8clw


  • [617]
  • おぼろ月夜の月

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月 5日(火)09時12分31秒
 
は、東からのぼる満月か、どうか。 ぼくのイメージでは、夕暮れがせまり、まだ、山の稜線がうっすらとみえるたそがれ時、まだ、空が闇ではなく、群青色のとき、東のほうから、春霞をとおして、昇ってくる月もぼんやりとおぼろげに見える、というふうに感じます。 作者は西の空に沈みゆく太陽を凝視しているというよりは、山の稜線さえもぼんやりとしかみえない、あたりを包み込むまだ明るい空の春霞の中に、ぼんやりとした月がのぼってきている情景を歌っているものという感じを受けます。
おそらく、空気はもう肌を切るような冷たさも無く、木々・草木は若芽をだしつつあり、土のにおいも甘く感じられることのことだろう。 菜の花が咲いているということは、桜の花も咲いていてもおかしくはない。 その、菜の花畑のにおいが春霞の空気を甘く満たしていたに違いない。
まさに、「にほひ淡し」とあるのは、月がわずかに匂っているのではなく、菜の花畑の菜の花のじゅうたんからの甘い香りが、ほのかに香ってきていたということだろう。

春霞というものは北からの、あるいは、冬の冷たい空気に南からの湿気をおびた空気が流れ込んで、空気中の水分が飽和状態となり、空気中で結露する現象で、なおかつ、その南からの空気は、春一番のような強烈な突風ではなく、やわらかくやさしい太平洋高気圧が南からゆっくりと北上するときに発生するものだと思います。 専門的に言うと違うかもしれませんが。。。
だから、確実に春に向かっている状況であることは間違いない。 早春賦がちょっと北の高気圧に太平洋高気圧が南に押しやられた状況とすれば、おぼろ月夜は、南の太平洋高気圧が冬将軍を北に追いやるようにゆっくりと北上している状況の歌ではないだろうか。

おそらく、里では桜ももうすぐ満開を迎えるという時期であったでしょう。 桜がさけば、春の嵐が来るから、かすみは桜の花びらと一緒にぶっ飛んでしまう。


  • [616]
  • 蛍の光と仰げば尊しが卒業式で歌われなくなっている!

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月 5日(火)00時50分23秒
 
そんな、ばかな! という気持ちです。 そろそろ、蛍の光と、仰げば尊しは卒業式の歌という役目を卒業して、そのまんま蛍の光と、そのまんま仰げば尊し、ということで、いつでも演奏してい良い曲ということで、いつでも弾いてあげることにしたいと思いました。


  • [615]
  • 今の子供達も6年生で習うんですよ「朧月夜」

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2016年 4月 4日(月)16時54分58秒
 
♪レッスンの空き時間です・・・

讃岐アコ吉様、能力も知識もセンスも全然ないです。だから恥かいて落ち込んでばかりですよ・・。

アコーディオンを始めて4年、いったい何をしてきたのかなって思います。「何か弾いて」って言われて、

自信を持って弾ける満足できるレパートリーは・・・1曲もない・・・情けない・・

ごめんなさい・・いいんです・・私の下手な伴奏でも歌って喜んで下さる目の前の方のために、練習あるのみです。どんな音楽でも

その方のために演奏できて、その方が喜んで頂けたら、それが1番嬉しい瞬間でした。今までも、そしてこれからも・・。

頑張ります。   おっと、また兄さんに叱られそう・・・・いじけとったらあかんよね・・・・常に向上心持たないと・・。


「朧月夜」あれこれ書いてしまって、結局自分なら、3拍目でブンチャッチャをどうするのか、わかりにくくなってしまいました。

なので、とてもシンプルですが、ブンチャッチャで弾く伴奏を書いてみました。

(  )の中の音符は弾いても弾かなくてもいいかと思います。

コロポ様のような機転のきいた伴奏もできないし、兄さんのようなスマートでかっこいい伴奏もできないですが、歌いやすければいいやと

必死に言い訳して、出してみます。

先輩方の素敵な伴奏を教えて頂きたく思います。讃岐アコ吉様も、どうぞアドバイス下さいませ。


オルガンサロンNOEL様が歌われた、裏メロディー(対旋律、オブリガート、カウンターメロディとか言いますが)、

歌(主旋律)をしっかり歌える方々なら大丈夫かもしれませんが、私の通う高齢者施設の方々は、メロディをひいてあげないと

不安になられるかも・・・。「故郷」なら少しやってみたことがあります・・。



「朧月夜」・・・私は知らなかったんです。この歌の内容について。(度々歌詞をのせてすみません)

1、菜の花畠に 入日薄れ、  見わたす山の端 霞ふかし。
  春風そよふく 空を見れば、夕月かかりて にほひ淡し。

2、里わの火影も、 森の色も、  田中の小路を たどる人も、
  蛙のなくねも  かねの音も  さながら霞める 朧月夜

与謝蕪村の俳句「菜の花や月は東に日は西に」に詠われている月は、月が東に見えることから、月面に正面(西)より太陽の光が当たり、

満月ということになる。 でも「朧月夜」の月は、 夕日が沈んでいくその同じ西の空に月を見ているとある。つまり太陽と月の位置が近いので、

月の右側だけが少し輝く事になり、三日月であると考えられる。  (たしか音楽の教科書の絵はまあるいお月様だっだのになあ・・・)


 《 霞(かすみ)と 霧(きり)》

うすぼんやりとたなびく霞(かすみ)と目の前に深くたちこめる霧(きり)。春には「霞(かすみ)」といい、秋には「霧(きり)」と言う

気象学では視程1キロ以下のものが霧(きり)、それより薄いものが霞(かすみ)。そして、夜には霞(かすみ)と言わず、朧(おぼろ)という。


この歌は、1番では「見わたす山の端 霞(かすみ)深し」とあり、まだ日が暮れていない。

そして2番になると「さながら霞める朧(おぼろ)月夜」とあり、風景は夕闇に包まれていく。

1番から2番へかけて、夕刻「霞(かすみ)」から宵「朧(おぼろ)」へ時間が流れていくんです。


大正3年6月18日発行「尋常小学唱歌」第6学年用に掲載、日本の美しい国土を子どもたちに伝えるために作られました。

大人になっても、好きな歌としてあげる人が多い曲です。さらに文部省(今は文部科学省)は、昭和33年改訂の学習指導要項から、

《年齢や環境や境遇を超えて共通に歌える歌を持つことは意味の深いこと》として「小学校音楽共通教材」を開設。

同時代のどの地域の子供も共通に歌える歌を持っていて、成人した時に幼い頃の共感を誘う思い出の歌、

生涯心に残る歌を選定しました。家庭で世代を越えて父母や兄妹とも同じ歌が歌えることは懐かしい思い出になります。

(なっとく童謡・唱歌 池田小百合さんのサイトを参考にさせて頂きました。)

今でも「6年生の音楽」には われは海の子・ふるさと・箱根八里・花・夏は来ぬ・浜千鳥等 掲載されているそうです。

そういえば先月、ある宅老所のおばあちゃんが、「ひ孫が♪春の唄を保育園で習ってきて歌っていたので、一緒に歌った」と話していました。

とてもとてもびっくりしました。今度皆さんで歌う事にしました。


  • [614]
  • カッコいい伴奏

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 4月 3日(日)20時15分29秒
 
NOEL様のおっしゃる別のメロディーでの伴奏、できると本当にカッコいい

でしょうね。

私が全ての音楽のなかで最も好きなメロディーの一つはバッハのマタイ受難曲

のなかのアリア「神よあわれみたまえ」の裏にながれている一本のメロディーです。

これなんかも伴奏なんでしょうか。アリアそのものよりも数段美しいとさえ感じられます。

アリアよりも、そのメロディーに耳を奪われてしまいます。

これ以上はないと思われる美しさ、深さ、汲めどもつきぬ滋味、このような

メロディーを人間に残してくれたバッハは神以外のなにものでもないと

私にはおもわれます。



  • [613]
  • 裏メロディー

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月 3日(日)17時38分51秒
 
合唱ではもるときに歌う第2、第3、旋律のことですね。 小学校の音楽の時間に習ったことを思い出しました。
これをぱっと歌える人はかっこいいと思っていました。 音楽のクラスで、全員で裏メロディーを歌うときには一緒に歌えたけど、いざ合唱となると、裏のはずが、隣の子の表の旋律に引きずられて、いつの間にか表を歌ってしまう、ということが良くありました。 なかなか難しいもんですね。
でも、確かに、アコで、これを一部にいれたりすると、かっこいいでしょうね! あ、やってみたいけど、まず表がちゃんと弾けないとだめね。

望みは高く、じっと手を見る。

  • [612]
  • ウラメロディーの美しさ

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2016年 4月 3日(日)10時55分52秒
 
私が入っている混声合唱団といつてもやっと2年目をむかえた若葉マークの合唱団です。蔵王町町制60周年企画で、青葉城恋歌でお馴染の佐藤宗幸さんコンサートで合唱団も謡わせていただきました。
 日本四季の歌メドレーの中で歌った「おぼろ月夜」のウラメロディー これはピアノ伴奏曲ですが、とてもカッコよくて歌っていても気持ち良かったのです。
 ドイツの合唱団の歌もとても素晴らしい編曲で、とても新鮮でしたね。

アレンジ一つでこのように歌の雰囲気も変わるのですね。よく知っている歌であれば、ウラメロディー 所謂サブメロディで伴奏付けるのも素敵ですよね。


http://www7b.biglobe.ne.jp/~one-well


  • [611]
  • 伴奏の間引きのお話、勉強になりました

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 4月 2日(土)14時23分46秒
 
オカルト2号様、いつも丁寧に教えていただきありがとうございます。

細かいところまで心を配って伴奏されているのですね。

私にとっては高級な内容もありますが解説の一つ一つがすごく勉強になります。

特に「3拍目から始まるメロディーはその小節の1拍目に弾いたコードの

響きを残したまま始めたくない」については、なるほどと思わず膝をたたきました。

4泊目の伴奏を間引くことを「瀬戸の花嫁」「月の砂漠」でもやってみました。

なんだか新鮮な感じがして面白いです。

いろいろと他の曲でもやってみたくなりました。


川井様が紹介されました「おぼろ月夜」の演奏について響きの変化を

指摘されるtachinon様、そして即、楽譜にされてしまうオカルト2号様

の音楽的能力には感嘆するばかりです。

ありがとうございました。

  • [610]
  • 素敵な「朧月夜」・・・

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2016年 4月 1日(金)19時06分49秒
 
うっとりです・・・

川井様、とても素敵な「朧月夜」をありがとうございます。

日本人よりも美しい発音と、言葉のイントネーション・・・

「おぼろ」と「霞」、「夕月」の情景を ちゃんと理解しておられるのでしょうね。

「春風」がほんとうに揺れているようです。

あっ、ひとつ・・・私が今まで知らなかったと書いたのは、この歌を知らなかったわけではなく、この歌が表現しているのが

春の満月なのか三日月なのか、また1番と2番の表現のちがいについて等です・・・。


ところで、讃岐のアコ吉様、皆様、先程は早朝でしたので、自分で演奏もしないで、書いてしまいました。

今、音を出してみましたら、大切なことを忘れていました!!!

「朧月夜」・・・3拍目から始まるメロディは、その小節の1拍目に弾いたコード(和音)の響きを残したまま、始めたくない・・・

そういうところが多いように思うのですが、如何でしょうか。

次の小節に向かって始まる言葉であり、次に広がる情景であります。3拍目から、次の小節へ向かう新しいコードを使用するか、

もしくはノーコードで始めたいと思えてくるのですが・・・。

ですので私は、3拍目は、次へのエネルギーをもってベースを動かしたり、次のコードやつなぎのコードをベースと和音の同時押しにしたり

していたようです・・・。


皆さんの伴奏法も、教えて下さいね。


もうひとつ、tachinon様のご指摘、素晴らしい・・

私はドイツ人の歌声にうっとりしていて、コード進行の魅力に気が付きませんでした。

それで、音とってみました。でもこれはコーラスなので、ハーモニーとして響きがどんどん変わっていきます。

ハーモニーは常に流れているので、楽譜にはとりあえず、聞こえてくるベースの音とコードネームを書いてみましたが、

ちがっていたらごめんなさい。これをアコーディオンで演奏するとなると、ハーモニーのようにはいかないので、

私はイメージが変わってしまうかなと思います。参考までによければご笑覧下さい。

この曲のままE♭調で書きました。

「はるかーぜ~」からの部分は、ペーターハーバーマンの歌っている1回目と、コーラスが入る2回目で、少し響きが変わっていますね。

見づらくてごめんなさいね。







  • [609]
  • コード進行が違う?

  • 投稿者:tachinon
  • 投稿日:2016年 4月 1日(金)09時24分15秒
 
川井様の紹介された「朧月夜」・・・私が聴くと、以下の箇所のコード進行というか和声というか、(正しくはとなんというか不勉強なのでわからない)それが、普段聴いている「朧月夜」と違うので、素敵ですね。でも、なにが違うのか、今の時点でわからないけれど・・・
とりあえず、話題として
アンダーバーど色違いの箇所です。
なお、アンダーバーと着色の時となりの字までかかったり、かからなかったりしてるのもあります。・・この辺ということで

1.菜の花畠に、入日薄れ、
見わたす山の端(は)、霞ふかし。
春風そよふく、空見れば、
夕月かかりて、にほひ淡し。
春風そよふく、空を見れば、
夕月かかりて、にほひ淡し。

2.里わの火影(ほかげ)も、森の色も、
田中の小路をたどる人も、
蛙(かはづ)のなくねも、かねの音も、
さながら霞める 朧月夜。
蛙(かはづ)のなくねも、かねの音も、
さながら霞める 朧月夜。

試しに、日本の歌手の tou-tubeの脇に出てたのと聞き比べてみましたが・・・やっぱり違う。
夏川りみ https://www.youtube.com/watch?v=p59VzqRZanA
石川さゆり https://www.youtube.com/watch?v=_IkZhfsIvHo
倍賞千恵子 https://www.youtube.com/watch?v=p59VzqRZanA

でも、このアンダーバーの箇所、歌い手によって、微妙に違うような気もしないでもないですね。
バックのアレンジの違いなのか・・・・楽譜入力して、機械にやらせて、自分でもひいてみて、ゆっくり探さないとわからないけれど、・・・これ、「ブルーノート」というのではないんですよね。
これって、上手く真似できれば、(法則性みたいなのを会得できれは)いいなぁ・・・

  • [608]
  • 朧月夜

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月 1日(金)06時51分22秒
 
おもわずこの歌そのものを見直してしまった合唱でした。

おぼろ月夜 ドイツ・ヴェルニゲローデ合唱団withペーターハーバーマン
https://www.youtube.com/watch?v=9otBXBYvBgM


  • [607]
  • 私ももっとちゃんと伴奏練習しないとだめです・・・

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2016年 4月 1日(金)06時10分39秒
 
今日4月1日より、娘は社会人に仲間入りです。公務員試験に受かり今日よりオルガンサロンNOEL様と同じ公立幼稚園教諭になります。
ほぼ桜の花は満開、足元には菜の花が咲きそろい、まるで門出を祝ってくれてるかのように感じるのは親バカなのですね・・・。

私が感じる「朧月夜」・・・語りかけるように、皆さん歌われていると感じています。ですので、3拍目から入ってくるメロディの歌い出しは

とても大切に丁寧に声を出されます。「なのはーな・・」とか「みわたーす・・」とか「はるかーぜ」そして「「ゆうづーき」のところです。

4か所とも、それぞれにニュアンスが少しずつちがうのが、歌声を聞くとわかります。

私はその皆さんの声を聞きたいために、この4か所には音を入れないことが多いです。ベース音だけ弾くことも・・。

(この4か所以外のところ、「いりーひ」「かすーみ」「そーらーを」「におーい」はテンポよく歌うためにブンチャッチャッでいいと思います。


でも、なんといっても、決まりなんて なーんにもありませんから、歌われる皆さんが比較的お若く、テンポよくリズムよく歌いたい方で

いらっしゃるなら、ずっとブンチャッチャッでもいいかなと思いますし「なのはーな」と「はるかーぜ」のところだけ、音を止めてもいいかとも思います。

また最後の一節「ゆうづーきかかりーて におーいあわしー」のところだけ、ジャ―ンジャン ジャーンジャンと二分音符と四分音符を交互にしても

いいかなとも思います。歌い出しが不安そうでしたら、メロディをいれるといいかな>

讃岐のアコ吉様が一番これがいいと感じられる、歌と一体感を感じられるスタイルが一番弾きやすく、歌いやすいんじゃないでしょうか。

私も毎回試行錯誤しております。 失敗も多々・・・・(~_~;)


「朧月夜」皆さんご存知ですかー

皆さん音楽の教科書に挿絵つきでのっていたと思いますが、この春の月は、満月でしょうか、三日月でしょうか?

私は先日初めて知りました・・・(~_~;)

歌詞をのせておきます。

1、菜の花畠に  入日薄れ   見わたす山の端 霞ふかし
  春風そよ吹く 空を見れば  夕月かかりて  におい淡し

2、里わの火影も 森の色も   田中の小路を  たどる人も
  蛙のなくねも かねの音も  さながら霞める 朧月夜







「湯の町エレジー」は私の父がよく歌っていました。4拍目から入るメロディというと「湯-のーけむりー」と

「ギーターつまーびーく」のところでしょうか。私は「ギーターつまーびーく」のところだけ、音を入れずに歌声を聞いています。ここは結構たっぷりと歌われます。


私は毎回、家で歌いながら練習するのですが、讃岐のアコ吉様もその歌を歌ってみられて、ここは大きく息を吸ってわずかにゆっくり大事に

歌い出したいところだと感じられたら、そこは伴奏を控えるか、少しゆっくり目に入ってあげるといいかと思います。

逆にさらりとテンポにのって歌いたいところはブンチャッチャッでのせてあげればいいかと・・・。

当日、この曲を歌い終わったあとに皆さんに「このテンポでどうですかー」みたいに尋ねられると、なにか返ってくるかもしれないですね。

伴奏のスタイルは、歌われる方に合わせるのが一番だと思うのであります・・・・。

あまりにも朗々と歌われる方々だったら私の下手な伴奏ははりきりすぎるほど雑音になってしまいますから・・・(*_*)

そのあたり、大先輩のコロポ様はとってもスマートでかっこいいのです・・。

私もこれからもっと、皆さんに聞いてみようと思っています。

「湯の町エレジー」1番です。

1、伊豆の山々   月あわく
  灯りにむせぶ  湯のけむり
  ああ初恋の   君を尋ねて 今宵また
  ギターつまびく 旅の鳥

  • [606]
  • 伴奏の休符についての質問

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 3月31日(木)23時29分21秒
 
NOEL様の故郷のベースはとてもカッコいいんでしょうね、聴きたいです。

さて質問ですが「おぼろ月夜」の楽譜を見るとフレーズの始まりが3拍目からに

なっていますが、3拍目の伴奏が休符になっています。

「湯の町エレジー」でも歌詞が4拍目から始まるところでは4拍目が休符に

なっています。その他のところでも伴奏が休符になっている場合があります。

たしかに聴いていてカッコいい感じはうけます。

私の場合は何も考えずに ブン チャッ ブン チャッで全部埋まってます。

伴奏を空白にしてメロディーのみにすることについてなにか原則といった

ものがあるのでしょうか?

素人の質問で申し訳ありませんが宜しくお願いします。



  • [605]
  • 遅ればせながら

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2016年 3月20日(日)22時40分23秒
 
故郷 のアコの先生のアレンジもかっこいいので紹介します。
でも楽譜はあっても掲示板に載せる手段が分からないので、文字で表現しやすい部分だけ載せますので、判読してください。

 うさぎ おいし かのか   わ こ ぶ な  つりし かのか   わ
  F    C7     F  C7  F  B♭ A G  F      Gm C7  F

  ゆめは いまも め ぐ り て わすれ が たき  ふるさ  と
  C7      F      C7    F   E F G  A G F    Gm C7   F

  恥ずかしい~ です。でも わすれがたき の部分のベースがカッコよくて気にいっていますが、やっぱり間違うので、成程 ベースだけ弾いてみようかと思いました。 オカルト妹さんのようにさらさらと書けませんが。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~one-well


  • [604]
  • 素晴らしいです、感謝感激です!!

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 3月19日(土)22時42分32秒
 
教祖様のビデオ、台本なしなのに何もいうことありません。

かっての音大教授の就任要請を受けていればきっとこのような感じの講義を

されていることでしょう。

それにしても「舟唄」は伴奏というより原曲より面白く聞こえる演奏だと思います。

この様に伴奏するのはコロポ様の伴奏と同様私にとっては夢のまた夢に等しいです。

「ふるさと」のおかずのみ弾くというのは私にもやれると思いますので早速実行します。

おかずを入れることで随分かっこよくなりますね。

笑星様

ガイドメロディーを手抜きしないほうがよい条件良く分りました。

注意して伴奏します。ありがとうございました。

千明様

私の演奏はピアノ言えばバイエル程度の単純な弾き方であまり自慢できるような

ものではありません。アコーディオンの音色がとても好きなものですから

ただあれこれ弾いて楽しんでいます。

オカルト2号様

「ふるさと」を楽譜にしていただき教祖様の伴奏がとてもよく理解できました。

「舟唄」の楽譜とても参考になります。特にメロディーがのびるところの

リズムの弾き方、こうすることでとても歌いやすくなるんでしょうね。


皆様方のとても貴重なアドヴァイスすごく勉強になります。深謝!!!

  • [603]
  • さっきの続きです

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2016年 3月19日(土)16時27分55秒
 
さっきの「故郷」の楽譜ですが、水色で書いたメロディは、弾かずに楽すればいいですね。


で、「舟歌」の最初8小節だけ書いてみました。
こんなのも、ありだったら嬉しいです・・。

実はどうしてもJPEGにできなくて・・・。
「故郷」のときはできたのに・・・。
しかたなく写真を貼りつけます。

コロポ様の歌伴奏では、いつも、メロディののびているところの、おかずが、とっても歌に弾みをつけているように感じます。

舟歌の水色で囲んだところ大事だと思います。リズムをしっかり安定して弾く事と、できれば2段目もおかずをいれてもいいかもです。


  • [602]
  • 笑星様に同感!!

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2016年 3月19日(土)14時17分29秒
 
インベーダーゲーム・・・やりました、やりました、私も・・・。
笑っちゃいます、ほんとに・・。

仕事がたまってるのにまるでやる気が出ない、情けない私です・・・。


「舟歌」・・・兄様の演奏はさすがに、アコーディオンの良さを生かした、なんとも心地よい演奏!
ぬるめの燗でもすっかり酔っちゃいそうです。

でももし、兄様みたいにチャラララと、上手く右手が動かなかったら、思い切り省エネ伴奏はだめですかー?

しっかりイントロ弾いて、歌の出だしがちゃんとわかるようにしっかりとリズムを取った後、
♪おさけは・・のところ、全部伸ばしちゃって好きに歌ってくださーいみたいな・・。
♪さかなは・・のところも、伸ばしちゃってね・・・。

で、私が一番大事だと思うのは、

♪おさけはぬるめのほうがいい~~~~~~~
♪さかなはあぶったいかでいい~~~~~~~

の、~~~~~~~~~~~~~~の部分で、しっかりリズムをとってあげることと、
余裕があったら右手で二つ三つの音を入れてあげると安心して伸ばして、次に入れるかなって思います。

こんな手抜きだめでしたら、叱ってくださいな・・・(*^_^*)

すごくきたないですが、楽譜書いてみました。
でも今、まちがいに気が付いたんで、あとで楽譜のせます。
家に舟歌の楽譜がないんで、ごめんなさい。
原調はA♭m調だったかな??とりあえずAm調で書いてみました。


それで「故郷」ですが
シンプルで素晴らしく、即頂きたいです!!

そうそう、メロディをそのままひくことより、気の利いたおかずをちょこっと入れるほうが、かっこいいですね~
そういうセンス、どうして兄様だけにあって、妹の私にはないんでしょう・・

ごめんなさい・・・頂きたくて、楽譜にしちゃいました。

あわてて書いたので、まちがっていたらごめんなさい。

でも楽譜通りじゃなくてもいいですよね。
3つの音の和音が2つになったって・・・。

勝手に書いちゃって、本当にごめんなさい








  • [601]
  • 講義みたい♪

  • 投稿者:千明
  • 投稿日:2016年 3月19日(土)14時12分6秒
 
で、なんだかたのしいですね~。
「オクターブ下の音をひっかける」は独奏にも使えるワザですよね。いいですね!!
わたしもやってみたくなりました!まねしてみます。何の曲に使えるかな。

歌伴奏も絶対しないとは言い切れなくなってきたので、自分で歌ってもいいし、、。
「ふるさと」もコロポさまの演奏も、八代亜コさまのものも勉強させていただきました。

やっぱり長年やりつづけるということはすごいですね。いろんなものが出てくるようになるのですね。
讃岐のアコ吉さまも、笑星さまもずっとやっているから、たくさん弾けるのですね。

ありがとうございます。勉強になりました。おもしろかったです!


  • [600]
  • ハラショー!

  • 投稿者:笑星
  • 投稿日:2016年 3月19日(土)11時53分44秒
 
これだから、この掲示板はやめられない、素晴らしいですね!
八代亜コさまの、この指導ヴィデオ。いや、つかみの「インベーダーゲーム」で噴き出してぇの、解説と実地。
本家八代亜紀さまの、独特の演歌のしゃくりというか、こぶしというか、そんなのまで伝えることが出来る、アコーディオンという楽器のステキな特性もしっかりと分かるし。
教祖様が、日頃の言動とは裏腹に(失礼しましたゴメンナサイ)とても真摯に、分かりやすく教えてくださって、ありがたい限りです。

そして「ふるさと」も省エネなんて感じる隙間もない、いや、まったく省エネとは別物で、むしろこれで完成されている、すてきな演奏ですね。この曲のように、皆さんがよーく知ってる曲に関しては、私もやります、省エネ、というか私の場合、サボリに等しいですが。とりあえずコードだけでも弾いて、メロディーの音程は自分で歌っちゃうという、めちゃくちゃなものですが。
音を取るのが難しい、とか、歌える人数が少なそう、とか、とっても音が飛ぶ曲、などはやはり、ガイドラインとしてのメロディーのポイントは必要かなぁと思いますが。

限定公開なのがもったいない動画です。アコーディオンってすごいなぁ……と、あらためて感じ入りました。ローマからのご教示に、深く感謝です。

  • [599]
  • 撮影するんやったら、台本くらいかんがえときいよ

  • 投稿者:八代亜コ
  • 投稿日:2016年 3月19日(土)07時52分36秒
 
ゆう感じに、ほんまに何ゆうてんのかわからんことしかゆうてへんかったわ。
ぶっつけ本番やったらまだええけど、これはほとんどぶっつけNG.おのおのの自己責任で閲覧くださいゆうあれに等しいけどまあ、ヴィデオないよかはいくぶんわかりやすいやろうゆうてえどでした。

要するにね舟唄ね、4回おんなし鍵盤たたいてもそれはバナナの叩き売りのごとし、、しかしながら4部音符でただ単に全部伸ばしちゃったら、まあその方がその演奏にあわせてみんなは歌いやすいやろけど、それではせっかくの八代節が感じ取られなくなりがちで、みんなが歌いやすい、しかし、雰囲気が出てけーへんすなわち、みんなその気になりにくい、・・・ゆうこともありうる。

ほいじゃあどうしたら、かんじ出て、歌うみんなをその気にさせるか???、

人間の発声は、決して音符書いてあるそのとおり正確な音程にとどまってない、出すことば、たとえば、うみ~とか、そら~とか、によっても、おのおの個人個人で、その、音程を含む発音すべてが微妙に変化してるから、人それぞれの、しゃべり方、歌い方の、特徴があるわけやけど、

何がしか音程がゆれる感じさえ出れば、人間の聴覚って、自分本人の都合のええよおに脳みそがかんじる仕組みになってるよってに、おのずと演歌風になったり八代節になったりして聞こえてくるもんです。

アコーディオンはそういうトリックがすごいやりやすい仕組みになっとるわけで、それは何でかとゆうと、すでに左の箱で、おんなじ1つの音程やコード弾いても、実際にそれが何オクターヴかに重なって音が出てくる。右箱だってたとえばLMHにしときゃあ、いきなり3種類のオクターヴ違いの音が出てくるわけやから、聴いてる人間はおのずと、音程認識感覚が麻痺してるからね。

今回のこの舟唄ね、たとえばこういう風に、おんなじ音程の鍵盤4回たたく代わりに、その4回のうちの何回かをオクターヴ下や6度や3度下をたたいたることによって、オクターヴ下とかゆうかんじに聴覚がかんじることできなくって、聴覚は都合のええ用にとららえて八代節感をかんじて、歌いたくなる気持ちがそのきになってくるとゆうわけです。

https://youtu.be/uepFb7_cwG8

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふるさと、

みんなが本当によく知ってて、歌いやすいからほっとってもどんどん声が出てくる曲。省エネでもおかずのとこだけとってつけたように弾くだけで、サボってるのではなく、こういう技もあるんだ!さすが讃岐のアコ伯爵ってみんながうなるはず。
https://youtu.be/ScBN0XBPCVo

歳いっても、いつも、ぜんぜん頑固でなく、前向きで、謙虚で素直で心が旺盛な讃岐の光源氏氏はすばらしいですねえ。



  • [598]
  • とても気が楽になりました

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 3月18日(金)21時33分24秒
 
コロポ様のアドヴァイスで伴奏にたいする意欲が一段とわいてきました。

伴奏の際にガイドメロディーを簡略化しても歌いやすくなったり歌が

引き立つこともあるんですねえ。いやあ、勇気百倍です。

むしろ積極的に取り入れてみようという気になりました。

「ふるさと」の伴奏を拝見しましたが、楽譜無しで歩きながら、しかも

1コーラス毎に伴奏パターンを変えるなど驚きの連続です。

気の向くままに即興的に弾かれているんでしょうか。

とても私には真似できません。次元が違いすぎます。

早速お気に入りの登録しました。折に触れて勉強させていただきます。

早速のコロポ様のうれしいアドヴァイスに感激いたしております。

ありがとうございました。

  • [597]
  • 省エネ伴奏、おおいにいいんじゃないですか。

  • 投稿者:コロポ
  • 投稿日:2016年 3月17日(木)22時02分13秒
 
ご無沙汰しております。
tachinon様が先日(3月15日紹介してくれた)webサイトにもとにかく多くの曲を弾くことが大事とのことが書かれていましたから、まずはいろいろやってみる。それを実践している讃岐アコ吉様はまさにアコ弾きの鏡。

さて、苦手な曲、こまったことに私もたくさんあります。
苦手な曲は「これ苦手ですから、歌がんばってください」、と一声かけて、がんばって歌ってもらう。
(これでは答えにならないですね)

>メロディーが16分音符とか3連符で同音が続く場合、いちいち区切らずに4分音符にして・・・
>そういう場合には、むしろそのように弾いた方がいいとおもいますが(歌う方は歌いやすい) 。
>「ふるさと」などは2コーラス目は左手のブン チャッ チャッ
だけでやったりすることもありますが・・・
>おおいにいんじゃないですか、わたしも時々やりますよ(誤解がないように言えばもちろん左手に集中して)かえってその方が歌が引き立つこともあります。
ちなみに私はこんな感じみたいです。↓E♭で伴奏してます。
https://www.youtube.com/watch?v=sOUFTRYiQQs

>手抜き伴奏、別にこれで困ることはないですよ。あくまで私が個人的に思うところです。

  • [596]
  • 省エネ伴奏について教えて下さい

  • 投稿者:讃岐アコ吉
  • 投稿日:2016年 3月16日(水)23時58分21秒
 
皆様のアコーディオンに対する取り組みが一曲入魂なのを伺う度にとても

うらやましく感じます。私の場合はあれやこれやとりとめもなく弾いて

楽しんでいるばかりですから中途半端なものばかりです。

さて質問ですが、伴奏をさせていただいている歌声サークルでは市販の

歌集を使っているのですが懐メロ好きな私にはなじみの薄い曲もふくまれています。

例えば「涙そうそう」、「また君に恋してる」、「千の風になって」など苦手です

そして、新しい曲にはなぜか八代亜紀の「舟唄」とか佳山明生の「氷雨」のように同音が連続する

曲が良く見受けられます。

メロディーが16分音符とか3連符で同音が続く場合、いちいち区切らずに4分音符にして

奏するのは如何なものでしょうか、独奏では楽譜通りがいいと思いますが伴奏では

面倒なのでついついズボラをして省エネ伴奏になることがあります。

またアカペラでも歌える程度の「ふるさと」などは2コーラス目は左手のブン チャッ チャッ

だけでやったりすることもありますが、どうでしょうか?

参加者から見て手抜き伴奏に思われると困るなあと思ったりします。

身勝手な質問ですがよろしくお願いします。




  • [595]
  • お元気そうなお姿ですね

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2016年 2月 2日(火)13時17分13秒
 
80歳になられるなんてとても思えない素敵なお母様にまたお逢いできて嬉しいです(写真だけですが)。

可愛い息子に会いにイタリア旅行なんて、そうそう簡単にできることではないでしょう。お元気でお若いお母様で幸せですね。
美味しそうなイタリアン料理 ピアノの隣でマイクで歌われている(?)姿
スポーツを楽しんでいるのには驚きました、すごい若さですね~。

レストランでの ♪ マンマ の歌にもどんなに盛り上がったのでしょう。
静さんがいないのはちょっと淋しかったかもしれないけれど、又の機会のお楽しみですね。

持病もちの私たちはもう海外には行けないので、このように写真を見て楽しんでいますよ。ありがとうございました。

  • [594]
  • 素晴らしいお誕生日旅行

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 2月 2日(火)07時48分18秒
 
ナポリは恋人様、それはそれはお母さまとの素敵な旅行でしたね。 お母様もとても喜ばれたことでしょう。
また、イタリアの普通の人たちの暖かさややさしさも伝わってくる写真ですね。 そして、音楽もそうだけど、基本的に人と人とはハートで結ばれているんだな、ということをあらためて思いました。

それから、「 レパートリーの数とその演奏回数は、とにかくものゆう」。 これは絶対ですね。
知っていても、十分引き込んでないと、「割り引いている」と感じられてしまう。 完成度が低いということですね。 聴いている人には間違ったところとか、手を抜いているところが気になるもんですもんね。 自分では弾けないくせに。
で、知らない曲や、好きでない曲を聴かされるのも、ときとしては苦痛でもあります。
それぞれ好きな曲をその人が満足するように弾いてあげる、これがアコの練習の成果の見せどころで、お部屋でいつまでやってても決して到達できない。 場数を踏んで、失敗をもとに向上するしかない。 そのためには外に出て、人前にでて、失敗し、それを自宅でなんども練習して修正して、また人前にでる、という行動しかない、と思います。

先週の日曜日は町内会の凧揚げ大会が利根川の土手で行われて、運動員を申し付かっている私は駐車場の案内係でした。 アコ揚げも見えない場所で、退屈かもしれないとアコを車に積んでいきました。 実際は一日中忙しかったのですが、それでも、人や車の流れが止まるときがあり、ちょっとアコを出して、弾いてみました。 通行人数名。 お子ちゃまたちにはおお受けですが、弾いていて、やはり間違う。 お部屋で弾いているのと感覚が全然違う。 ベースの音がほとんど聞こえない。 反響が無い場所での演奏は間違って引いても自分でも気がつかない。
いつもながら、また、反省をさせていただきました。

  • [593]
  • レパートリーの数とその演奏回数は、とにかくものゆう。その1

  • 投稿者:ナポリは恋人
  • 投稿日:2016年 2月 1日(月)22時32分26秒
 
歌声師で約400曲ってゆうてたっけかなあ?

ごく一般のアコーディオンマニアかて、まあ1曲仕上がったら、次の曲に取り組みながらも、今できてるその1曲を常に維持していくことの難しさは、誰でも直面するときが来るけど、こつこつこつこつ、維持続けることでこそ、みんなの前であれこれ演奏できるようになり、アコーディオンの幸せ100倍に広がるもんだよね。

ぼくでかろうじて103曲かなあ?おおよそ2010年以降当たりから、パーティお呼ばれ演奏の類もほとんどなくなってしもたから残念やねんけど、それでも、最近では去年10月珍しく行った誕生日会で、出しもん全部が大当たり!

・・・客層つかむ知恵もと~ぜん路上の経験で培ったもんであることはゆ~までもないけど、毎回の橋の上でかたくなにそのレパートリーをこなし続けてスタンバイしてる根気強さこそ、いつなんどきあるかわからんめぐり合わせのチャンスで勝ち越す根源なのだ。

と~ぜん103曲じゃあまだまだ足らんで、毎回のこういう出番のあと、この曲も、あの曲も、できるようになっとかなあかんなあとゆう反省は常にしてるけどね。

ただでも、昨日たまたま橋の上の、いつものおばちゃんが突然ゆうてくれた言葉が
『no né scontato』(ノネスコンタート)・・直訳すると、『割引してない』とゆう意味です。

そう、音楽演奏そのものが割引きされたものでない、とゆうこと、さらに『レパートリーがすごくインターナショナルでしかもそのどれもが興味深く印象的』とゆってくれてました、

ほんま、クレオパトラさんのことばじゃないけど、人間の心は誰しもばかじゃない、ちゃんと聴いてるんだよねえ、そやからまあ、とにかく弾きぁあええわけじゃあない、1曲1曲に割引きがあったら、やはり人はそれなりに感じてしまうとゆうことだ、・・・少なくとも毎曲、心をこめて魂の限り演奏すること、決して怠ってはいけないよなあ。



もう一ヶ月近く前の話しやけど、また母親が来とってね、ほいじゃあ毎年恒例の親子旅行で、今年はまたもやナポリのサンタルチアへ行ったよ。

サンタルチアは、個人的に、ぼくがイタリア国内で一番好きな場所です。むかしいったとこではアルベロベッロ良かったけど、ただでさえ乗継が究極に悪いイタリア電車事情やから、あそこまで行くだけで何度も乗り継ぎして合計10時間くらいかかるから、カステルフィダルドまでいくんよりもまだひどい、80歳のお母さんにはきつすぎるし。。。。まあ、あとたとえばヴェネツィアも、一度行ったら誰もが忘れられへん場所やろうけど、このごろは中国人団体観光客が行列作ってゴンドラ乗り場を占領してたりしてて、中国人に偏見持ちたくないけど、最近のあの様子見るとちょと幻滅するよ。

ほいじゃあね、サンタルチアは、ナポリの中でも、一番安全な地域で、そこでは、すりもひったくりもない、おおよそ経済的に豊かな観光客しかきてないからまあ治安いいし、それにもまして特筆すべしことは、『観光客用のお土産やさんが一切存在しない』こと。だからね、時間をのんびりゆっくり楽しみたい人だけが遊びに来る場所なのです。

そして、言葉では絶対表現不可能な海と空のコントラスト、ここにきて、なんであんなに美しいサンタルチアやオーソーレミーオとかゆう歌ができたのかも、初めてわかると思う。

ナポリを代表する象徴的な建築物で、プレビシート広場(Piazza del Plebiscito )あるいは卵城(Castel dell'Ovo)が特に有名やけど、その卵城がベランダからまじかに見える超高級ホテルに泊まりました。(注・卵城がまさしく、サンタルチアとゆう地区の中心です)

そして夕食はね、高級ホテル内のレストランってどうしてもなんかおフランス料理っぽくってナポリの雰囲気味わえないからあんまし好きじゃなくって、ホテル出ていくと、卵城のほとりがちょっとしたレストラン街になってて、おおよそが観光客向きのコマーシャルな店やけど、(もちろんどこはいってもはずれないよ、おいしいけどね)、その中で1軒、全般的に地元住民相手にするナポリタン大衆食堂を発見!!

もともとはタバコ屋さんだった店舗を改造して食堂にしたお店だそうで、店内にはバールの店先においてあるのとまったくおんなじプラスチックテーブルが6個だけしかない。その店内そのものの大きさも、ぼくらが泊まったホテルの部屋の3分の1位の大きさしかなかったんだよ。

ミネラルウォーター以外の飲み物なんて、赤ワイン1種類、白ワイン1種類、ビール1種類、それ以外の選択不可能。

しかしながらサービス万点&作ってくる料理が、めちゃくちゃおいしい!!(しかも料金が完全に食堂で、ぜんぜん観光料金とってなかった)サンタルチアのど真ん中でいまだにこんな地元庶民食堂があったなんて、めっちゃラッキー!!



さていよいよここから本題のほうに進みましょう。おまたせ!!とゆうがのごとく『流し』の登場。ヴォーカル男&ギター男の2人組みで、とりあえず1曲歌った後、各テーブルの前でお客のリクエスト聞いて回るスタイルでした。

夜の店に始まり路上やるぼくにとっては、これこそ願ってもない観察の場。そしていよいよぼくたちのテーブルに回ってきたよ

『ナポリ民謡は詳しくないけど今日は母親のために最高のおもてなしをしたいん、ひとつすごい好きな曲でチンクエッティが歌てたナポリは恋人できる?』ってゆったら、ギター男のほうがナポリは恋人、鼻歌で、これ?ってうとてくれて、残念ながらこれは自分たちのレパートリーではないんだって、。

(注・・ナポリに限らずローマ、ヴェネツィア、どこでもそうやねんけど、各地方ごとの民謡はぼくの知らん曲いっぱい、いろいろやるんやけど、逆にサンレモの曲ってゆうのんは、たいがいぼくのほうが詳しいよいつも)

『でも、お母さんのためにとっておきの曲があるから演奏するよ』とゆって披露してくれたのが、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、




『マンマ』・・・・・・・すごいよね!!、彼らのプロ根性と豊富な経験が一気に爆発だった。

その後は、お母さんにもわかりやすいたぐいを狙ってフニクリフニクラやってくれました。

あのねえ、流しの彼ら、演奏タイム終わってから、ちゃんとお店に場代らしきもの渡してたよ、それで、食事終わってホテルに帰りしなに見てびっくりしたんが、彼らはさらに1キロくらい続くサンタルチアの海岸沿いのすべてのレストラン流してわっててたんよ!!。毎晩ソートーな収益あるのん間違いないでえ、なるほど場代わたさんとあかんよねえ。

写真①・ホテルの朝食(ヴァイキング)食べるフロアーの窓から、すでに卵城が目前に見えるとこなのです。

写真②・サンタルチア観光でなんといっても楽しいのはレンタル自転車で海岸めぐり。これは一番小さい2人乗りやけど、4人乗りや6人乗りもあるよ。

写真③・自転車で海岸めぐりしてたら、早朝に網で取った魚を、海岸で売ってました。網取りやからみんなこの桶の中でまだ泳いでたよ



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