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末法の世を、いかに生きるか

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 6月11日(日)09時47分11秒
  「教行信証講義」の読書中である。(山辺習学 赤沼智善著) その 化身土巻 P1243
  とても解りやすい解説された、全3巻の著作である。感動しながら最後の巻にまで及んできた。
  この辺りから末法の時代について解説され、更にその解説も為されている。
  最後まで、興味深く注意して読み進みたい。ときには前にさかのぼって読み返しながら・・。

※「教行信証」親鸞著の解説である。
     **************
 ◎「教行信証」親鸞著
 第十九願開説 第十九願の大旨(無量寿経の中にある弥陀の本願、その第19番目の解説)
  第一項 所化の機類 ・・・に、以下のごとく解説があった。

    「然濁世群萌穢悪含識乃出九十五種之邪道雖入半満權実之法門真者甚以?実者甚以希偽者甚以多虚者甚以滋」

     **************
  ◎  読み方: しかる(然)に濁世の群萌(ぐんもう)、穢悪(えあく)の含識(がんしき)、いまし九十五種の邪道をいでて、
   半満權実(はんまんごんじつ=中身に薄い)の法門にはいるといえども(雖入)、真なるものはなはだもって(甚以)がた
  (?)く、実者(じつ=正しく行ずる者)はなはだもって(甚以)希(き)なり。偽者(ぎなる=偽もの)甚以(はなはだもっ
  て)多(おお)く、虚者(きょなるもの=中身の無い者)甚以(はなはだもって)滋(しげ)し。

  ◎  講 義:然るに五濁の世に汚された群萌(ひとびと)、即ち煩悩悪業の含識(ひとたち)は、今や諸仏の大悲に育てられて、
   しばらく九十五種の邪道の網を脱(のが)れいでて、仏教に教えるところの半字教、満字教、又は権教、実教などの法門を信
   受し修道するようになっても、真にその教えに入る者は甚だ得がたく、如実の修道者は甚だ稀である。之に反して仏徒と言う
   は名ばかりにてその実は偽者が非常に多く、内心空虚(から)の者が甚だ多い。
    *********************
 末法の世をどう捉えて,一人ひとりのこころある人間が、どう生きていくべきか ??
 残り少ない人生の日々をどう生きていくべきか??
  この本の中から探って、見つけたいものである。  
 
 

※ 『個性』を自覚のできない仏教国:日本 ※

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 6月 6日(火)07時49分47秒
   無我を美徳としてきた日本です。 しかし、混乱しているんです。
 「私」→も無しにする ? 「則天去私」と 夏目漱石。
 これにも同意できた日本人。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 しかし、混乱しているんです。
 ①「空気を読めよ!」と、無理強いされて「私」を滅却させた。
   **********
 我は、相手にも言う・・・「ワレ」 関西?
  手前、も相手にも言う・・・(テマエ) 関東?
  1人称と二人称の距離が遙かに近いが、
     三人称との距離は遙かに遠い日本人の文化。
  私とあなたの関係は近いが、国や地域のことは無関心。
   *********
 ② 明治憲法から昭和憲法へ・・・人権:個性に目覚めようと。
  現状は、殆ど、理解できていない日本人。急には変われない魂。
  人権擁護委員・・ほとんどが、解ったふりをしているだけの様子?
 ③ 年代格差が多きする。
  ・戦後七十年の今・
  ◇ 私は明治生れの祖父母に教育され、大正生まれの父母に育てら
    れ、昭和憲法の教育を受けました。
    育つ頃は,地域が協力して世話を焼き、子育ても・・。
  ◇ 拡散する宇宙のように、遠ざかる・・・
    世代・こころと真心・家族と家族・学校と教育も?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 家庭の父親の地位が変わりました。→家庭教育の変化
  地震/雷/火事の次に恐ろしかった父
  今、犬/猫/母の後に金魚。・・・
      その後を問われて、 ちち・父??
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 政治に無関心?・・・お上の仕事のまんまで・・ヤジ飛ばし
  批判だけなら、誰にでもできることだと言うことを忘れないこころ。
   人は皆、お互いに欠陥生物。
   聖者から愚者を叱責するかのような批判は、
    決して改善向上の効果を持たないことを、忘れてはならない。
   怒った欠陥政治家は、口封じに権力を行使したくなる。
 無宗教?・・・無宗教者に哲学や芸術は、深く理解できない。
   僧侶よ! 仏教解ったふりしないで、布教に努めようヨ !
   貴方たちは、仏の智慧を広めるのです。忘れていませんか?
 海の小魚のように、空飛ぶコウモリのように・・集団行動で付和雷同?
   意味の無い政治家の派閥?
  小物ほど,?? 群れを作りたがる?
    一人ひとりが、皆、違っても怖がらないで、
         今日を、いまを、Createするのです。
          一人ひとりが・・。個々に。
              それが個性
 

すばらしい!! 憲法にうっとりとする。

 投稿者:管理人苦縁讃  投稿日:2017年 5月30日(火)08時32分46秒
  (前文)  日本国民は,政党に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のため
に、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって
再び戦争の惨禍が起こる事のないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲
法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し,その権力
は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受すする。これは人類普遍の原理であり、この憲
法はかかる原理に基ずくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平
和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を
維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位
を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と缼乏から免れ、平和のうちに生存する権利を
有することを確認する。
 われらはいずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の
法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする
各国の責務であると信ずる。  日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成
することを誓ふ。

 それと・・
第10章 最高法規
    第97条 (基本的人権の本質)この憲法が日本国民に保障する基本的人権は,人類 の多年にわたる自由
獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試 練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すこ
とのできない永久の権利として信託されたものである。
    ********************
 憲法の前文(まえぶん)は、まるで大無量寿経を読んだときに感じるものと同じ心地になります。 仏教信
者の私には、感動的でさえあります。押しつけられた憲法とは思えませんね。
 明治憲法から随分大きく変わりましたので、前文だけでも十分にピンと来ない日本人の心。 戦後70年には
大きな意味があります。
 明治生まれの祖父母に教育され,大正生まれの父母に育てられた、70歳以上の世代がこの移り変わりを肌で
感じられるのです。 心も上手く転移しないといけない。

 若い政治家達には,真の平等が上手く理解できないのでは???格差の拡大に不感症になっている。自分が
よければの気持ちが本音でしかない。『志』が薄いのです。

 魂は100年単位で変化する。言葉は200年単位で変移する。 上手く伝える義務があるのです。70代以降の
日本人に・・・。
 

多賀城の件

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 5月26日(金)18時54分20秒
  山田久夫様 ご意見ありがとうございました。
 出典など具体的な記憶がございませんので確認できませんが、虚構であるとの意見が合ったと追記させていただきました。 拝
 訪問いただきましてありがとうございます。
 

多賀城

 投稿者:山田 久夫  投稿日:2017年 4月22日(土)16時53分46秒
  多賀城は陸奥国府ではないと思います。天平九年四月十四日 [続紀] 737年
 遣陸奥持節大使従三位藤原朝臣麻呂言、二月十九日、至陸奥国多賀柵一。与二鎮守将軍従四位上大野朝臣東人一、共平章。
(前略)
一分配番上兵士一千五百人 兵士一千人 健士五百人
胆沢城七百人 兵士四百人 健士三百人
玉造塞三百人 兵士百人 健士二百人
多賀城五百人 並 兵士
右城塞等、四道集衢、制レ敵唯領、儻充二臣所一レ議、伏望、依レ件分配、
以前奉レ勅、陸奥国司奏状如レ前、具任レ所レ請、逾勤二兵権一、
不レ可二簡略一、
  弘仁六年八月廿三日
上記の如く多賀城は陸奥城塞の一つであり陸奥国府ではない。
江戸時代に発掘されたとする多賀城碑文は他の正史と符合しない。
多賀国府と吾妻鑑にあるが、該当時代の遺物は出土しない。
宝亀十一年十月廿九日 [続紀] 780年
(前略)若以二今月一、不レ入二賊地一、宣下居二多賀・玉作等城一、
能加二防禦一、兼練中戦術上。
宝亀十一年十二月廿七日 [続記・紀略]  780年
陸奥鎮守副将軍従五位下百済王俊哲等言、己等為レ賊被レ囲、兵疲矢尽、
而祈二桃生白河等群神一十一社一、乃得レ潰レ囲、自レ非二神力一、
何存二軍士一、請預二弊社一、許レ之
多賀城が神亀元年に造られた国府とする説は江戸時代に創作された虚構である。
 

※ 無慚 哉 ※

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 4月 1日(土)14時04分44秒
   いのち・生き物の中で、ヒトほど哀しい存在は、あるだろうか?
 弱肉強食な肉食動物の常ながら、哀しみを意識する生き物は人間のみだ。
 朴・チョンヒさんは、天と地獄を体験している。
 哀れに思う。
 罪は、人間、誰にもありながら・・・、余りにも強く、権力と財に関連した。
 生い立ちと育ちも並外れて哀れだった。
 精一杯、彼女なりに生きた。・・・と思う。
   **************
 いつだって,誰かリーダーに頼りたい、人間。
 リーダーという、ただの人間を頼んでおきながら、ヒトは依頼心が強いだけ、身勝手な批判の目を注ぐ。
 人間特有な、むごい世界である。哀れな生き物である。
   ***************
 私は仏教に安らぎと堅固な理想を見いだしている。
  「教行信証」には、子どもの頃に感じた、優しい祖父母のあたたかい慰めを感じるのである。
  日本人よ !! 真実、心より深く(深心)、誠実に(至誠心)・・・、仏教を読んでみよう。
  新しい人間の生き方を、仏教の中から学んでみようではないか???!!! ・・・と思う
  (^_-)
 
 

人間、世間に居てあれこれ考える

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 3月 7日(火)16時41分20秒
  言志後録
    名を求むるに心有るは、固(もと)より非なり。名を避くるに心有るも亦(また)非なり。

      有心求名、固非。有心避名、亦非。             佐藤一斎

名声を求めるのに、無理な心があるのは、よろしくない。また、名声を無理に
避けようとする心があるのもよろしくない。(身分不相応な名誉を求める心はよ
ろしくない。また、当然受けるべき名誉を受けないと言う心もよろしくない)
            川上正光 訳 (1912~1996東京工業大学学長)
     *******************
    漫述     佐久間象山(佐藤一斎の門下生、吉田松陰の師)
          謗(そし)る者は、汝の謗るに任(まか)す。
          嗤(わら)う者は、汝の嗤うに任す。
          天公(てんこう)、本、我を知る。
          他人の知るを覓(もと)めず。
      ***************
    大志と遠慮                 佐藤一斎

    真に大志(だいし)有る者は、克(よ)く小物(しょうぶつ)を勤(つと)め。
  真に遠慮(えんりょ)有る者は、細事(さいじ)を忽(ゆるがせ)にせず。

    真有大志者、克勤小物。真有遠慮者、不忽細事。

    真に大志有る者は、小さな事をも粗末にしないで励み、真に遠大な考えをもって
 いる者は、些細なことをもゆるがせにしない。
                                  川上正光 訳 (1912~1996東京工業大学学長)
 

仏教で「孤独」ということ

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 2月16日(木)15時15分5秒
  ある日娘から真顔で涙を流して,詰問されたことがあった。

 「孤独だなんて・・・! お父さん! 私たち子どもが側に居るじゃないですか?!」と・・・。

 私は、言った。「子どもが三人居るが子どもは皆違う。」「私たち兄弟も三人居るが性質は皆違う。」

 「『孤』・『独』・・・と言うことなんだよ。」・・・・と。

 その時、その場に妻も居た。二人とも、理解しようと努力しようとしていた。孤独の意味は以下の如くだ。

     *******************
  「教行信証大綱」 曽我量深より

  如来を信ずることによって、はじめて本当に孤独に徹していくというのが機の深信の意味である。だから、

如来の本願を信ずるということは本当に孤独に徹していく。そのことによって、われらは現生に正定聚・不退

転の位に住することができるのであります。

  われわれは、人間は孤独なものということにおそれを懐くおそれを懐いて、孤独ということに触れないよう

に、ぼかしをつけていこうとしておる。しかし、ぼかしをつけることもできない。できないけれども、どこま

でもごまかしていこうと人間はいろいろ努めておるのであります。そういうことが無効であるということを人

間は本当にわかっていない。けれども、乗彼願力(衆生済度の願の力)ができることによって、我々は自分自

身を本当に知り、孤独に徹して何ものにも頼らない。孤独に徹するということは、本当の意味の自主独立とい

うことでありましょう。それは自己の主体性をまっとうするのであります。絶対の如来によることによって、

自己の本当の主体性を全うしていく。それが機の深信の意味であります。そういう意味において機の深信は尊

いものでありましょう。孤独に徹して本当の意味の自由が全うされているから、如来の本願を信ずる心が本当

に堅固にして破れざるものである。いわゆる「金剛心」と名づけられる所以でありましょう。

  われわれは感謝を表するときに「ありがたい」と申しますが、それは単なる感謝ではありません。ありがた

いというのは本当の懺悔でありましょう。本当の懺悔が転じて感謝になる。純粋な感謝でしょう。人間が単に

幸福だとか自分がただ幸福だとか、そういうので感謝するというのではありません。幸福だから感謝するので

は無くて、本当に感謝できるから幸福なのです。ありがたいということは、わが境界ではないということで

す。         「教行信証大綱」 曽我量深より

 
 

十人十色 哉

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 2月 8日(水)07時31分21秒
  ※消えてしまったホームページデータを復活させています。
 それで発見したことがあります。
 実に当たり前のことなんですが・・・。
 ヒトは他の動物と違ってきわめて多様性があります。
 カエルも昆虫も品種が同じなら殆ど同じです。雨蛙は雨蛙。
 どれを見ても同じ反応・行動をします。
 人は「百人十色」です。思うことも、悦びも違います。
 ・・が、この作業をしながら、しみじみと感じました。
    **************
 10年の間に、私の思ひは実に変わったと言うことです。
 過去に、ホームページを立ち上げるに当たって、必死になってその構成を企画して、蓄えていましたデータを入力したのでしたが、
 今なら、これほどの思いとエネルギーは・・・・?
    **************
 ① 関心事がまるで変わりました。
 ② 従って、ここまでこのことに必死になれないでしょう。
 ③ 過去の私に、呼びかけるように作業しています。
   こんなことを必死に考えて、読書したんだ??!! っけ。
 ④ 改めて、己の小ささを実感して赤面。それでも、尚、
   愛おしく過去を振り返りつつあります。
 人は変わるモンです。
  変わることによって,尚、自分で在り続けているんです。ネ?
 

小椋佳の詩 「と・も・だ・ち」 & 「人間の贅沢、ひとつ」

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 1月19日(木)09時57分40秒
   「と・も・だ・ち」                  作詞作曲 小椋佳

生きてきて 心に尋ね
これが宝と 言えるもの
富でなく 名誉でもなく
それは「ともだち」
長い旅路の 道連れだった
同じ時代の 戦(いくさ)の仲間
或いは時に 競い合い 挑(いど)み合い
今打ち解けて 和み合う
微笑(ほほえ)み浮かべる 互いの瞳に
自分の歴史を ふと垣間見る

在るだけで 只居るだけで
嬉しい価値と 言えるもの
紛れ無く 躊躇(ためらい)も無く
それが「ともだち」
糞真面目(くそまじめ)とは 言わないけれど
一所懸命 生きてきたこと
言葉無用で 映し合い 感じ合い
今目を細め 響き合う
命の深みに 居座る孤独も
恋人のような ぬくもり抱く
嘆きやくどい愚痴も
頷(うなず)いて 掻き散らしてくれた
面と向かって 言うことも
無いだろうけど
友でいてくれて
ありがとう

数々の その振舞(ふるま)いは
助け救いと 言えるもの
報(むく)い無く 見返りも無く
それは「ともだち」
褒められるほど 立派じゃないが
それぞれの目に 恥じないことに
心を尽くし 務め合い 励み合い
今 足らなさを 支え合う
互いの眼差(まなざ)し 迎える明日を
上(のぼり)り坂として 背中を突(つつ)く
密(ひそ)やかな悦(よろこ)びも
共に居て 膨らましてくれた
不器用だから 口に出す
こともないけど
友でいてくれて
ありがとう

    「人間の贅沢、ひとつ」       作詞作曲 小椋佳

訪れては去る月日に 人それぞれ心尽くし
力尽くし 何事かを 刻み付けて 自分史書く
顧みれば その殆(ほとん)ど 不充分か 未完成か
けれど人間 知り得たものの
積み重なりに悦び知る
思えば学びは 人間が味わえる
それ自体贅沢(ぜいたく)の一つ
望めば学びは 誰でもが手に出来る
最高の 贅沢の一つ
どんな神の依怙贔屓(えこひいき)か 人間にだけ 与えられた
知ろうとする探求心 学ぶことの 充実感
闇に光り 見る快感 向上という 満足感
人の歴史に その密(ひそ)やかな
一歩一歩が 煌(きら)めいている

押しつけられ 義務付けられ
学びをただ 疎(うと)んだ日々
今にすれば 懐かしさに 微笑みを浮かべ 思い返す
今は言える 楽しいから 嬉しいから 好きだからと
学び続けて 昇る坂道 実りの明日が 垣間見える
思えば学びは 人間が 味わえる
それ自体贅沢(ぜいたく)の一つ
望めば学びは 誰でもが手に出来る
最高の 贅沢の一つ
いつか言おう 精一杯善い命を 生きてきたと
いつの時も 瑞々(みずみず)しい 青春気分 抱いていたと
真実へと 飽くことなく 可能性を 追いかけたと
学び重ねて 書き終わらない
その自分史に 悔いは無いと
 

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