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sage

  • [619]
  • 演奏ありがとうございます

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2016年 4月 6日(水)04時31分41秒
 
右手はメロディ1本でも、ベースラインを伸ばしたり、伴奏のパターンを変えることで音楽を膨らませることができますね・・。

いろんな演奏法が出来るよう、頑張ってみます。


ところで、歌詞の意味ですが、日本の童謡・唱歌に関しては、私は、

ご自身の健康維持のために音楽を、歌を楽しもうと、集まってくださる高齢者の方々のために

その歌を、歌詞を探究しお話させて頂く事、続けていきます。

皆さん、とても熱心に聞いて下さいます。歌に纏わる発言もとても多いです。

私の目の前の方々は、日本の童謡・唱歌には 音楽を感じて心動くんじゃない、

日本の言葉、歌詞に、情景を、季節を、歴史を、自分の人生を重ねて、心動かされるのだと思っています。そうすることで、表情が変わり、

歌声が変わります。

ただ、ひたすら懐メロをたくさん歌いに通われる歌声喫茶の常連さん達とはちがいます。

勿論、歌を理解することだけでいいと思ってない。

私は日本の童謡・唱歌では、アコーディオン伴奏することで、音楽を心に感じてもらいたいんじゃないです。一番に気持ちよくうたってもらうため。

そして、歌詞から、様々な思いを、感情を、自分の人生を感じて歌ってもらう、その手助けがしたくて、より深く感じてもらうために

少しでもいい演奏をしたいと思う。


それで、皆さん興味ないでしょうけど・・・

「朧月夜」で歌う月とは西の空に細くかかる三日月であったようです。1番の歌詞にある「夕月」とは3月から4月頃にかかる

夕方の「三日月」を表すそうです。

そして「にほひ淡し」とは「源氏物語」や「百人一首」でもあったように「香り」を意味するのではなく「見た目の色の美しさ」を表す表現であったようです。

最後にひとつだけ

「ずいずいずっころばし」は無意味ではありません。子供の頃の手遊びは意味なんて必要と思いません。

どうでもよかった。

昔、宇治から江戸に向かう「お茶壺道中(5~6月、新茶を将軍に献上する行列)の一行が通る時、庶民たちは

子どもたちが粗相をして切られてしまうことのない様、みんな戸をぴしゃんと閉めて家に隠れていた。

大名行列も同じ。子どもに注意するために作られた歌だといいます。息をひそめて隠れていると、ネズミが米俵を食べる音、

井戸ではあわてた拍子にお茶碗を欠く音まで聞こえるというもの・・。

歌詞の話はもうおしまい。