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  • 一言追加させていただくと。。。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2016年 4月14日(木)06時36分47秒
 
アコ演奏の楽しさは言葉に言い尽くせないほどある、とすでに讃岐のアコ吉さんがご発言なさっていますので、一言追加も蛇足かとは思いますが、あえて一言申し上げれば、それは、自分で演奏して、自分が楽しい思いをするその音楽を、ほかの人が効いて一緒にその音楽を喜んでくれるということを実感するということではないかと思うのです。

それが、時として、自分としてはそれほど好きな音楽ではないとしても、聴く方が喜んでくれる曲を提供できたという喜びは、自分の好きな曲を弾いてうれしいという喜びよりも大きいのではないかとも思われるわけです。

おそらく讃岐のアコ吉さんは、そんなことをすでにこれまで幾度もご経験なさっていると思います。 で、そんな喜びは、やってみないとわからない異次元の体験ではないでしょうか?

普通に楽器を弾くという人は、お稽古事であれば、先生や同僚、あるいはその友人や親などの前で弾くときがたまにあるぐらいで、学校の試験と同様な捉え方をしている場合がある。 もちろん、そこではわが子の成長ぶりに感動する親もいるが、90%はお義理の拍手だけど、それでも、感動を与えた、喜んでもらえたという感覚を体験できる場でもあるかもしれない。
自分でギターなどを買って家で教則本をにらんでじゃかじゃか鳴らしているうちは、この感覚がわからない。 アコも同じ。 で、人前で弾くようになると、珍しい楽器だということで、子供らも寄ってくる。 徐々に、様々な年代の方が集まってきて、中には、どれかの曲に痛く反応する人もでてきて、おじゃべりにつながり、人との交流が芽生える。 そんなところから、演奏を通じた心の会話が生まれる。

あ、一言が、すでに多言になってきてしまった。 そんなことは演奏をして初めて感じる異次元の世界であり、演奏をしたことが無い人は、そんなことは想像はできるかもしれないけど、実感がわかない。

で、そんなレベルに達するにはある程度の練習も必要なことは言うまでも無い。 自分でもアコの練習を始めたころには、そんな人とのハートの交流のことなど考えも及びませんでした。

アコを自分で演奏するということは、自分の好きな曲を好きなように、いつでも弾ける。 これがまず楽しい。で、気がつくと、自分の音楽でほかの人の気持ちを楽しくしてあげることができる、あるいは、その人に忘れていた思い出を思い出させてあげることができる。 その人とある時代の同じ雰囲気をシェアすることができる。 で、新しい交流が芽生える。 そんなことは、アコを始めたころには考えもできない。

だから、アコを自分で演奏をするということには、言葉に言い尽くせない楽しさがあるのですね。

あ、すべて、讃岐のアコ吉様が短い言葉でおっしゃってくれていましたね。 まさに蛇足でした。。。