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  • [227]
  • 旅は最高の娯楽

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)17時31分3秒
 
>私も、1970年の夏に、ヒッチハイクでドイツを中心に、
>スイス、イタリア、オランダ、オーストリア、チェコ、ポーランドを3か月で回り、
>ロシア経由で帰国しました。
>ちょうど同じころにヨーロッパにいたことになりますね!
>最近、よく、その時のことを思い出して、一人懐かしんでおります。

>1976年から1985年までたまたま日本企業の集まるドイツのDuesseldorfで
>仕事をする機会があり、多くの日本人がいましたが、
>やはり、かなりの割合の日本人が日本人同士だけの付き合いをし、
>現地の人たちとの付き合いのない人が非常に多くいました。


本当に偶然の出来事のように思えますが、同じ時期でしたね。

あの頃には多くの若者たちが海外へ出かけ始めた時代だったと思いました。

ヨーロッパ旅行では、日本の旅行者達にも出会いましたが、

北欧で何をやって居られるか分からないようなぶらぶらした若者達もよく見かけ、

時に会話したこともありましたが、まー、あまり記憶を呼び返すことは無いのです。

何故って、ヨーロッパと対面して初めて感じたのは何と奇麗な街々なのかという思いと、

これから一人旅のワクワクさで気分が高調。

特に最初に、わー!綺麗な街、おとぎ話の国と感じたのはモーツアルトの住む街でした。

ベートーベンの記念館はドイツらしい居住地でした。

あのベートーベンの生家で
 https://www.youtube.com/watch?v=z1eJlm_2Y-0
https://www.youtube.com/watch?v=V04yzw-JcgE

テンペストなど弾いているのをその場で聴けたら天国に居るような気分でしょうね。

普段には起こらないことは現在では時々思い出します。

例えば、ヨーロッパ人達の夏休暇にポーランドへ車で出かけて国境に入る前、

まー、3,4時間位は待たされるのかなー?と思いきや朝の10時頃から国境に入って

夕刻時間に国境に到着、ホッとした瞬間でしたが、これだけは忘れることのない出来事かな。

自家用車の長蛇の列、道路の周辺は一面に麦畑(?)、何処にも飲み水も無く、トイレも無く、

どう解決したのか忘れましたが、兎に角待つしかない状況でした。

ジュッセルドルフには1975年頃以降だったかなー、オランダに日本書店が開店するまで隣国へ出かけました。

海外住まいの田舎での住人には日本雑誌は唯一つの娯楽でした。

田舎方面では先ず日本住民は全く見かけませんでしたね。

オランダには日本書店が当時には皆無で、日本食品店も無くジュッセルドルフまで出かけたものでした。