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  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月23日(水)11時30分43秒
 
竹内浩三詩人は凄い人生でしたね。

Wikipediaで読んで、戦争ならではの激務、逃げることのできない人生。
で、戦場で生命をかけて生き、運悪く死んでいった日本軍人さん達の一人 。
<'45年4月9日、フィリピン・ルソン島バギオ北方にて戦死(厳密には生死不明)。>

男性に生まれなくて良かったとも(失礼!)、
日本軍人さん達の、過酷な任務、戦死の 悲運等を読む度に思いました。

現代ではオランダ軍には女性も入隊、看護婦さん達ではなく男性と同等の仕事の女性軍曹で、
初期の頃には男性兵士(onderofficier)が女性上官に反発する者が結構存在したそうです。

一寸お話を逸らさせてもらいます。
オランダはインドネシアの植民地時代、日本軍の捕虜になっていたオランダ人達は、
白人が有色人種に虐待されたということで根に持っている人は今でも居ります。
有色人種に一時期でも支配されたという侮辱事件は一生忘れないでしょう。
戦争の勝ち負けだけではなく、白人人種は他人種とは別物という考えがある限り。
昔は欧州同士が戦争していたのですよね、でも根に持たないでしょう。

日本人は良いことづくめしか申しませんけど、白人はそれほど良い人たちばかりでは有りません。
白人と対等にやろうとするとキッと本性が見えてくるでしょう。
妻同伴で南米の方へ仕事で駐在3~4年した弟が、私が日本での休暇で姉弟などと会食した日、
私に、
”あんたは白人の本性を知らない” と、チラっと言いました。 お互いに長い会話もしたこともない人間同士なのに。

脱線して申し訳ありません。

そうですか、Haarlemの地域へ宿泊なさったのですか。
私はオランダをあちこち移転してますのでハーレムの近くに住んでた頃、Hillehomからハーレムへ時折出かけておりました。
毎年春に成ると車で田舎道をドライヴなどすると花畑で楽しめますね。
オランダはお花が安いので毎日お花をテーブルに飾ります。

私の移転先々は、Schöppingen(Duitland)->Hillehom ->Roelofarendsveen ->USA ->Leiderdorp -> Rijswijk。
で、「転がる石には苔が生えぬ」の様に日本人の知人は一人もおりませんでした。
語学学校へ行くとか、趣味の習いものへ行くとか、兎に角一人ですることが多かったです。

’70年代頃、よく近所の奥さん、子供たちがやってきておりました。
兎に角子供が居ないので子守役を頼まれました(外で働いている奥さん)。
男の子(5歳位)が私に顔に絵を描いてくれと頼まれましたが、私は日本でそんなことをしたことが無いし、
化粧品も種々の色を持っているわけではない等などで、描いてあげられなかったのは残念でした。
最近は難民や種々の外国人達がオランダへ移住して来てますので、そのような簡単な行き来は稀なようです。
ポランティアの方々は別として。
一言、
お医者さんにしても昔のお医者、看護婦、看護師さん達は優しかった。
一時期(1980年代頃)、患者さんたちの医療関係者に対する暴力沙汰が頻繁に起こって話題になりました。
そんな事情から医師も、看護婦達の態度を強硬にさせたのかもしれません。
兎に角オランダで住んで快適なのは若い健康な時だけではないかと、他人のお話も耳にして思いました。
私は今のところ殆どお医者さんとは縁がないので快適に暮らしております。