• [0]
  • なんでも575、なんでも57577、なんでもポエム

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2012年 9月 2日(日)19時04分45秒
 
アコだけが人生では無い。 アコを弾くのは人間だ。 人間として生まれた以上、108の煩悩があり、痛みがあり、苦しみや、怒りや、喜びがある。 アコだけにかかわってばかりはいられない。 ちょっと、アコ仲間に訊いてみたいアコに関係の無い話。 旅行、事故、失せ物、失恋、なんでも書いてちょんまげのコーナー。

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

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sage

  • [254]
  • ( ;^^)ヘ..

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月23日(水)21時09分36秒
 
そうですか。
日本では、女性にアコーディオン奏者が多いのですか。
ここでは殆ど見かけませんけど。私が見かけないだけかもですけど。

私が若い年齢でないのが残念です。 楽器はやはり若い頃に習うことですね。
でも私の経験から思うのは、音楽または何でも才能がある人達が開花するのは
速いですね。私みたいに才能無き人間はいくら毎日練習しても進歩の程度が
知れてます。
小さい子供が無づかしい曲を弾いているのを観て思いますね。


( ;^^)ヘ..  記憶が混沌としておりました。

Schöppingen(Duitland )   -> Hillehom ->Ogden(USA)   ->Roelofarendsveen  ->
Leeuwarden  -> Fortworth(USA)   ->    Leiderdorp -> Rijswijk。

主人が主張などで留守中、夫の両親の所(TIEL)へ一人で何回か出かけました。
それには
Leeuwarden(3年間ほど住んだ町)から「締め切り大堤防 (Afsluitdijk)」を通らなければなりません。
Wikipediaをご覧になられるとお分かりと思いますが、凄い堤防です。

ご存知かとも思います。
若ければこそ、そのような堤防を一人で運転できたのだと思っております。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%A0%E3%82%81%E5%88%87%E3%82%8A%E5%A4%A7%E5%A0%A4%E9%98%B2


お話は変わりますが、
もうすでに川井さまの読破した本かもと・・・。
私費留学生(中島義道著)の赤裸々な文章に感銘致しました。

<学士号二つに修士号を一つ得ながら学問への心残り絶ち難く、33歳にしてウイーンに赴いた青年を待っていたのは、
”高慢”にして、”偏見”に満ちたヨーロッパであった。>

流石”ウイーン”という国という感じがしました。

私も一応ウイーンへ出かけましたが、旅行者の私にはそのような感はありませんでしたけど、
”住む”のと”観光者”との経験は雲泥の差があることが分かります。

オランダでは一番先に嫌な思いをしたのは、観光案内事務所でホテル予約する場合の若いオランダ女性の対応でした。
住むとウイーンほどでは有りませんでしたが、
まー、ヨーロッパでも住み心地よいのはオランダでしょうか。






  • [253]
  • 女性のアコーディオン奏者

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月23日(水)18時43分52秒
 
ところがぎっちょん、女性のアコーディオン奏者の方は、特に、若い方は、さらに、女性が多いように感じます。 それは僕が女性の方により多く注目をしているからかもしれませんが、すくなくとも、男女ともに、少なくとも同じぐらいのアコーディオン演奏者の数はいらっしゃると思います。



  • [252]
  • 女性のアカーデオン演奏

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月23日(水)12時48分27秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=ootf01EU7nc

女性が弾いているアコーデオン姿って 珍しいと思いました。




  • [251]
  • 長文をお許し下さい。

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月23日(水)11時30分43秒
 
竹内浩三詩人は凄い人生でしたね。

Wikipediaで読んで、戦争ならではの激務、逃げることのできない人生。
で、戦場で生命をかけて生き、運悪く死んでいった日本軍人さん達の一人 。
<'45年4月9日、フィリピン・ルソン島バギオ北方にて戦死(厳密には生死不明)。>

男性に生まれなくて良かったとも(失礼!)、
日本軍人さん達の、過酷な任務、戦死の 悲運等を読む度に思いました。

現代ではオランダ軍には女性も入隊、看護婦さん達ではなく男性と同等の仕事の女性軍曹で、
初期の頃には男性兵士(onderofficier)が女性上官に反発する者が結構存在したそうです。

一寸お話を逸らさせてもらいます。
オランダはインドネシアの植民地時代、日本軍の捕虜になっていたオランダ人達は、
白人が有色人種に虐待されたということで根に持っている人は今でも居ります。
有色人種に一時期でも支配されたという侮辱事件は一生忘れないでしょう。
戦争の勝ち負けだけではなく、白人人種は他人種とは別物という考えがある限り。
昔は欧州同士が戦争していたのですよね、でも根に持たないでしょう。

日本人は良いことづくめしか申しませんけど、白人はそれほど良い人たちばかりでは有りません。
白人と対等にやろうとするとキッと本性が見えてくるでしょう。
妻同伴で南米の方へ仕事で駐在3~4年した弟が、私が日本での休暇で姉弟などと会食した日、
私に、
”あんたは白人の本性を知らない” と、チラっと言いました。 お互いに長い会話もしたこともない人間同士なのに。

脱線して申し訳ありません。

そうですか、Haarlemの地域へ宿泊なさったのですか。
私はオランダをあちこち移転してますのでハーレムの近くに住んでた頃、Hillehomからハーレムへ時折出かけておりました。
毎年春に成ると車で田舎道をドライヴなどすると花畑で楽しめますね。
オランダはお花が安いので毎日お花をテーブルに飾ります。

私の移転先々は、Schöppingen(Duitland)->Hillehom ->Roelofarendsveen ->USA ->Leiderdorp -> Rijswijk。
で、「転がる石には苔が生えぬ」の様に日本人の知人は一人もおりませんでした。
語学学校へ行くとか、趣味の習いものへ行くとか、兎に角一人ですることが多かったです。

’70年代頃、よく近所の奥さん、子供たちがやってきておりました。
兎に角子供が居ないので子守役を頼まれました(外で働いている奥さん)。
男の子(5歳位)が私に顔に絵を描いてくれと頼まれましたが、私は日本でそんなことをしたことが無いし、
化粧品も種々の色を持っているわけではない等などで、描いてあげられなかったのは残念でした。
最近は難民や種々の外国人達がオランダへ移住して来てますので、そのような簡単な行き来は稀なようです。
ポランティアの方々は別として。
一言、
お医者さんにしても昔のお医者、看護婦、看護師さん達は優しかった。
一時期(1980年代頃)、患者さんたちの医療関係者に対する暴力沙汰が頻繁に起こって話題になりました。
そんな事情から医師も、看護婦達の態度を強硬にさせたのかもしれません。
兎に角オランダで住んで快適なのは若い健康な時だけではないかと、他人のお話も耳にして思いました。
私は今のところ殆どお医者さんとは縁がないので快適に暮らしております。


  • [250]
  • 北海の海岸

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月23日(水)07時10分24秒
 
マメ様、たしかに、思い当たる節の言葉が網羅されている詩の紹介ありがとうございました。
人は、自分の生をまっとうするためには、独りでは生きられないけど、群れの中では葛藤があり、それぞれのエゴがぶつかれば傷つくこともあり、群れの中で生きるときに殺さなくてはいけないエゴがあり、その痛みを我慢できないことへの不満を消せず、独りになりたいと思い、独りになると寂しがる、難しい生き物ですね。
この作者の達観は、最後の一節に集約されているのですね。 それは、同感です。 年を重ねると、結局それしか生きる道はない、という結論にたどり着くのかもしれません。 それが人なのだ。そのことに善悪は無い。 それが定めであり、業なのだ、と。 ということでしょうか。

さて、ご紹介いただいた、Hoek van Holland、デンハーグの近くの海岸なんですね。 その近くのHaarlemのユースホステルに1970年に民泊させてもらったドイツのEssenの家の3兄弟と一緒に古いVWビートルに載って、Amsterdamを見てから、宿泊し、Haarlemの海岸で散歩したことを思い出しました。
なぜか、スタンドで買って、みんなで分けて食べたポテトフライの味がいまだに忘れられない。

  • [249]
  • surfing

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月23日(水)06時30分41秒
 
Hoek van Holland の海岸

  • [248]
  • (〃⌒ー⌒)/どもっ♪ ご無沙汰~♪

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月23日(水)06時09分24秒
 
川井さま、
アコ―デオンと共に酷暑の夏をお過ごしで御座いますか?
貴方の貼り付けて頂いた詩は有名な詩ですね。 若い時に読んだ詩ですっかり
忘れておりました。

2020年の9月ももう一週間で10月に入ろうとしております。
日本では、秋はまだまだ感じられないでしょうが、
多分こちらでは明日から気温が下がるそうで(15℃)、秋気分に成ってくるのでは
ないかと思います。

買い物へ行く通路の脇にドングリの木が沢山植えられてあって、ドングリがあちこち
転がっているのです。通るたびに日本の童謡、「どんぐりころころ・・・」
と歌って通ります。
今年の夏は、珍しく30℃を越える日本の様な夏日和が続いたので、
早々と寒くなろうとも満足しております。

海岸へ行ってきました。 Hoek van Hollandの海岸は
サーフィンをしている若者は何名か居りましたが、砂浜には誰も散歩している
人は見かけられませんでした。 時間が遅過ぎたのかも知れませんが。
海岸のレストランで海を眺めているお客さん達は、もう秋気分だったのではないでしょうか。

処で誰にでも心に響きそうな詩を、偶然にみつけました。

[よく生きてきたと思う ]           竹内浩三

よく生きてきたと思う
よく生かしてくれたと思う
ボクのような人間を
よく生かしてくれたと思う

きびしい世の中で
あまえさしてくれない世の中で
よわむしのボクが
とにかく生きてきた

とほうもなくさびしくなり
とほうもなくかなしくなり
自分がいやになり
なにかにあまえたい

ボクという人間は
大きなケッカンをもっている
かくすことのできない
人間としてのケッカン

その大きな弱点をつかまえて
ボクをいじめるな
ボクだって その弱点は
よく知ってるんだ

とほうもなくおろかな行いをする
とほうもなくハレンチなこともする
このボクの神経が
そんな風にする

みんながみんなで
めに見えない針で
いじめ合っている
世の中だ

おかしいことには
それぞれ自分をえらいと思っている
ボクが今まで会ったやつは
ことごとく自分の中にアグラかいている

そしておだやかな顔をして
人をいじめる
これが人間だ
でも ボクは人間がきらいにはなれない

もっとみんな自分自身をいじめてはどうだ
よくかんがえてみろ
お前たちの生活
なんにも考えていないような生活だ

もっと自分を考えるんだ
もっと弱点を知るんだ

ボクはバケモノだと人が言う
人間としてなっていないと言う
ひどいことを言いやがる
でも 本当らしい

どうしよう
ひるねでもして
タバコをすって
たわいもなく
詩をかいていて

アホじゃキチガイじゃと言われ
一向くにもせず
詩をかいていようか
それでいいではないか

  • [247]
  • 「山のあなた」カール・ブッセ/上田敏 訳

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月13日(日)11時20分3秒
 
Uber den Bergen,
weit zu wandern, sagen die Leute,
wohnt das Gluck.
Ach, und ich ging,
im Schwarme der andern,
kam mit verweinten Augen zuruck.
Uber den Bergen,
weit, weit druben, sagen die Leute
wohnt das Gluck.

山のあなたの 空遠く
「幸い」住むと 人のいう
噫(ああ)われひとと 尋(と)めゆきて
涙さしぐみ かえりきぬ
山のあなたに なお遠く
「幸い」住むと 人のいう



これは詩ですから、どのようにも解釈はできますが、幸せというものを求めている限りは、幸せになれない、幸せは何かと問うているうちはそれがわからない、ともとれような気もしますし、夢や、手の届かないものにあこがれている間は、足元の幸せに気が付かない、ともとれるような気がします。

昔の人の言葉: 我唯知足

我ただ、樽を知る、となると、生ビール好きの言葉となり、これも幸せになります。 

  • [246]
  • 貴方の幸せ、私の幸せは異なるでしょう、きっと。

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月13日(日)01時19分9秒
 
川井浩様の
”ぴんぴんころり”は誰でもの希望でしょうか。

ところで、「幸せ」はお金では買えないって本当でしょうか?
私にとって大金持ちでなくとも、一応自分のしたい事、欲しい物が
買えるお金持ちで有りたい。

戦後の子供の頃、自分のしたい習い事はできなかった。
ペットも飼いたかったが駄目でした。
戦後に村を女子二人を抱えてお宮などで寝泊まりしていた
一人の母親にせめて寝泊まりできる宿に宿泊できる大金を差し上げたかった、
が助けることなど私には無理でした。

大金持ちであれば・・・、沢山の人を助けてあげられる。
お金のない程不幸な事はない、心配事ばかりだと思うから。
自分にとって『幸せ』を感ずるのは お金がないよりお金のあることでしょうか。
現代でも昔と変わらない姿で、
不幸な難民がワンさと金満国へ小さい子供達を抱えてやってくる。
これをテレビ映像で観て、お金持ちが幸せとは限らないと言えるだろうか。

***「お金持ちが幸せとは限らない」プロが語る『幸せ論』とは(インタビュー)***

ニッポン放送2017年12月28日放送『中川翔子 心に響くエピソード いいね!2017』

三菱UFJ信託銀行の正岡利之さん。普段は投資のセミナーを行っている正岡さんですが、
彼が話したかったことは、お金儲けについてではありませんでした。

【正岡】お金をたくさん持ったとしても、幸せになるとは限りません。
しかし同時に、お金は幸せになるための手段の1つです。

突然ですが、もし誰かに「あなたは、幸せですか?」と聞かれたら、どう答えますか。
2017年3月に国連が発表した『世界幸福度ランキング』によると、
日本は155か国中51位。 去年より順位を2つ上げたものの、先進国のなかでは低いようです。

それにしても、自分にとって『幸せ』とは何なのでしょうか。
また、その幸せをどのようにしてつかめばよいのでしょうか。

  • [245]
  • 死ぬ権利

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月12日(土)21時56分32秒
 
思いテーマですね。 でも、生きることで苦しみぬいていて、救いのない状態というのもつらいですね。

僕の理想は、ぴんぴんころり、です。

  • [244]
  • 自分が死にたい時に死にたい

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月12日(土)20時07分29秒
 
難病に成って自分の意思が容認される社会に住みたい。
苦痛で生きることを強要するのは拷問を強いるのと同じだと思う。
フランス国は近代的だと思いやすいが、案外と落とし穴がある。

自由、平等、博愛 の謳い文句。

     *****
難病のアラン・コック氏=8月12日、
フランス東部ディジョン(AFP時事)
 【パリ時事】フランスで難病の男性が薬物投与による「積極的な安楽死」の容認をマクロン大統領に求めたが認められず、
「死ぬ権利」をめぐる議論が再燃している。
 仏メディアには「男性の意思を尊重すべきだ」と訴える市民の声が多いが、慎重な議論を呼び掛ける医師らの声もある。
 男性は、東部ディジョン在住のアラン・コック氏(57)。

仏紙フィガロによれば、23歳の時、血管の壁が徐々に失われる難病であることが分かった。
意識ははっきりしているものの、「耐え難い極度の痛み」があり、自宅で治療を受けながら寝たきり生活を送っていた。

 現行法では致死薬投与などの「積極的な安楽死」は禁止されている。
一方、回復の見込みがなく余命が短い場合にだけ、患者の希望に基づき、鎮痛剤で苦痛を取り除きつつ延命措置を停止する処置は
容認されている。
 仏メディアによれば、コック氏は「余命が短い」とは判断されず、昏睡(こんすい)状態に陥る
強力な鎮痛剤の投与も認められなかった。
 コック氏は4日夜、宣言通りに治療や、栄養と水分の補給装置を停止した。
「患者に強いられる苦痛を示す」と述べ、絶命までの様子をフェイスブック(FB)で中継する意向を示したが、
FBは規約に反するとして、中継を遮断した。

 その後、極度の脱水症状に陥り、8日に入院。AFP通信に「もう戦うことができなかった」と述べ、
苦痛緩和治療や栄養の補給を再開したことを明らかにした。

 インターネット署名サイトでは「コック氏に苦痛のない尊厳ある死を」と題したマクロン大統領宛ての嘆願書が作成された。
これまでに3万人以上が署名するなど、国内ではコック氏に賛同する声が多い。
 一方、緩和ケア専門の医師は仏テレビに対し、「積極的な安楽死」を禁止する法律について、
「特殊な状況が発生する可能性を考慮すれば理解できる」と指摘。
合法化については慎重に議論すべきだと主張した。

 フランスでは昨年7月、交通事故で約10年間植物状態だった
元看護師の男性=当時(42)=が、破棄院(最高裁)の決定に基づく延命措置停止の後に死亡した。
男性が延命を拒んでいたとして措置の停止を希望した妻と、
「植物状態ではない」として継続を求めた母親との間で5年以上続いた法廷闘争は、「死ぬ権利」
に対する世論を二分した。

【関連記事】
〔写真特集〕エマニュエル・マクロン氏~ブリジット夫人も~薬物での「安楽死」認めず 難病男性に回答-仏大統領

「死ぬ権利」各国で議論
認知症の意思確認問い医師訴追-教会反対、首相は賛成

  • [243]
  • 老人ホーム

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)18時31分54秒
 
シプケス氏の試みは素晴らしいですね。ぜひ、日本でも実現してほしいです。
どうしても、老人ホームは、なかば姥捨て山のムードがぬぐい切れない気がします。

アトラクションといっても、幼稚園の園児をあやすような程度のおままごとでお茶を濁しているという感じもするし。もちろん、いろいろなレベルというか、施設ごとに違うとは思いますが、喜んでいきたくなるような施設があるといいですね。
僕も、早晩、お世話になると思うので。

で、そこでは、ぜひ、勝手にアコーディオンを弾かせてもらいたい。 別に聴いてくれなくてもいいから。

最後まで、アコーディオンを抱いていたいのです。 それが最後の望みです。

  • [242]
  • アムステルダムでの出来事

  • 投稿者:オルガンサロンNOEL
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)10時01分18秒
 
今から40年もまえですが、北欧の福祉状況を見学するという県の事業に参加、施設保育園の代表者12人の第一回目の旅でした。
成人する殆どの若者は家からでるため、両親は高齢者施設に入るという 施設とは言わなくてアパートメントいう。大きな食堂は外部からの利用もできホールには大きな優しそうな犬がいて、今でいうアニマルセラピーてす。
知識のなかった私たちは不衛生だと眉をひそめたものでした。

アムステルの図書館の子供たちの絵本コーナーは円形でカーペットの上では、
4,5歳位の幼児が木製の足の義足で遊んでいたのです。驚きました。
各部屋がしっかりと独立し趣味のもので室内を飾っているのでとても個性的なお部屋であふれていました。

いつでも どこでも 誰でも というキリスト教の牧師の精神から出発した国の施策。高福祉 高負担という北欧の高齢者福祉の現状に、日本の福祉行政の遅れをひしひしと感じた旅でした。


  • [241]
  • 老人ホーム

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)09時15分44秒
 
独り者というのは、夫婦のどちらが先に死亡すれば、
いずれ独り者に成るという意味です。オランダでは一人住まいのご老人多いですよ。

私はオランダには老人ホームが無いに等しいと思って居りました。
老人ホームに入居するには最高齢に成ってから、80代過ぎても在宅でのご老人には、
掃除をしてくれる人、また夫々の役割の人が出入りするのです。

下記の記事にある老人ホームは試験的に始めたのではないでしょうか。
Deventerで成功すれば、そのような老人ホームがどこにでも開設するという可能性は有ります。
   *****


オランダ・アムステルダムから2時間ほど東、(Deventer)デーヴェンターに「ヒューマニタス」という老人ホームがある。

そこでは、簡単な一つの条件を満たせば、大学生たちに無料でそこに住むことを許可している。
その条件は、毎月30時間、高齢の入居者と共に時間を過ごすことだ。
現在、施設には6人の学生と、160人の高齢者が生活している。

このアイディアは、高齢者と学生の間にポジティブな社会的相互作用を作り出すことを目的としている。
それは、「ヒューマニタス」の住民であるすべての人たち、若者と高齢者の双方にとって有益だ。

「学生たちは外の世界を内部に持ってきてくれます」。

「ヒューマニタス」の最高経営責任者(CEO)であるジェア・シプケス氏は公共放送サービス(PBS)のニュースアワーで語った。
「その交流の中にたくさんの温かさがあるのです」

同施設には、食事の準備、コンピューターの使い方の指導といった学生ボランティアが提供するサービスが数多くある。
しかし、入居者のベッド脇で雑談したり、誕生日パーティーに出席するといったことも、学生たちの重要な役割だ。

ジュリアン・メンティンクさんはデーヴェンターにあるサクシオン大学で都市デザインを専攻する学生だ。
彼は2年前にプログラムが始まって以来、「ヒューマニタス」に住んでいる。
「大事なのは、良き隣人でいるということです」。彼はオーストラリア放送協会(ABC)のインタビューで語った。
「高齢者は活気にあふれています。 学生として多くのことを学ぶことができます」

プログラムは、オランダの高齢者介護のコスト増加に伴い、シプケス氏が始めた。
ヒューマニタスの160人の入居者に心理的に温かい環境を提供するために、学生の助けを借りることが効果的だと考えたという。

「そういう理由で、学生の賃料を無料にし、その代わりにここに住む高齢者たちの孤独感を取り除く手伝いをしてもらおうと考えたんです」。
シプケスはオーストラリア放送協会に語った。
「私は、ここを誰もが住みたいと願うような、最高に温かく素敵な場所にしたいと思っています」

  • [240]
  • またまた打ち間違い

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)08時14分59秒
 
誤字訂正しておきます。

奥さまが無くなられて  ー>  奥さまが亡くななられて


オランダにもご主人を亡くされてお一人で頑張って居られる日本女性達が結構居られます。
婦人会の中に独り者達の集まりがあるくらいですから。

処で下記の様な記事を読みましたが、全然このような事情を知りませんでした。
オランダ人には中国人、韓国人、日本人の区別などできませんから日本人も被害に遭っているのでしょうか。
私は、殆ど耳にしてませんけど。 下記の様な事に遭遇すると悲しいですね。

コロナウィルスの拡大によるオランダに住むアジア人への差別に

バスに乗ったら「コロナウィルス」と叫ばれ、顔をコートで隠す動作をされるなど、オランダに住む中国人そしてアジア人への
嫌がらせがあとをたたないという。
中国から発生した新型肺炎が脅威を増す中、オランダ在住の中国人やアジア人に対する人種差別的発言が増えている。

ワーヘニンゲンにある中国人学生が多く入居しているフラットでは、エレベータに人糞が塗られ「中国人は死ね」という落書きが発見された。
ロッテルダムでは中国人に罵声を浴びせたり脅しをかけるなどの事件が発生している。
今回の人種差別的行為の拡大に中国系オランダ人らは胸を痛め、これに立ち向かう署名運動を始めた。

引き金となったのは、ポップ音楽を流すラジオ局「ラジオ10」のDJが流したカーニバルの歌だ。
「おい、みんな。このウィルスは止まらないぜ。この国にはいらない。
あの臭い中国人がいけないのさ。
中華料理は食うな。そうすれば心配ない。そう、予防が一番。
中国人より予防さ。」これが流れてから、反人種差別団体に3000件の通報があったという。

中国系オランダ人の中には、「この歌はコロナウィルスを理由に中国人を差別しているにすぎない。
実際には長きにわたる中国人に対する差別と嫌悪がある。」と分析している人もいる。

1960年代からオランダに移住してきた第一世代の中国人は筆舌に尽くしがたい辛酸を嘗めたという。
「うんこ中国人(Poepchinees)」という中国人に対する呼び名や、子どもたちが誕生会で歌う「ハンキー・パンキー・シャンハイ」
といった中国人を揶揄する歌は小学校でも歌われている。
第一世代の中国人は我慢強いだけでなく声をあげることをしなかった。

オランダ人となった第2,第3世代の中国人たちは、差別に立ち向かう運動を開始した。

中国人とアジア人差別に関する嘆願書にはすでに50,000人以上が署名している。

「オランダは寛容の国だというが、表面下では人種差別的な考えがはびこっている。」と指摘する人もいる。

また、今回の事象はここ4-5年に政治家とメディアが「反中発言」を繰り返してきた結果だという意見もある。
また急速に経済的発展する中国が米国やオーストラリアで「黄禍」と見られていることも関係していると言えるだろう。

中国に対する恐れが、コロナウィルスを引き金に中国人に対する嫌悪に発展した。2020-02-12




  • [239]
  • アコーディオンは違う!

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)08時05分25秒
 
なにが違うか? それは蛇腹というものがあることです。 それまで、チャルメラや、クラリネットなどのようにリードを口から出る息によって演奏していたものが、バグパイプのように革の袋に空気をためて肘で押しながら、息継ぎも無く演奏できるようになり、その革の袋の代わりに、今度はふいごをつけたら、アコーディオンの原型ができたという具合なのですが、このふいご、つまり、蛇腹ですが、この蛇腹が送り込む、あるいは、吸い込む、空気の流れが、あたかも人が呼吸をするように、人が歌うように、無段階に強弱をつけて演奏できるということに気が付いたのは、おそらく、そのあとからだったのではないかと思われますが、この蛇腹をつけてみたら、人が歌うように、いや、むしろ人が歌うよりももっと上手に、それも、複音で、かつ伴奏も一人でつけて、ならせることがわかったことから、アコーディオンでの音楽の表現の可能性がぐっと高まっているわけです。 ピアノは鍵盤をたたけば、音は減衰していくけど、アコーディオンは減衰も増幅も、持続も可能で、微妙な揺れも表現できたりもするので、人が歌うよりよほどうまく歌ってくれます。

で、ピアノもそうですが、右手を左手を別々に動かしながら、蛇腹の押し引きもしなくてはいけない。 その押し引きにも表現をつけて押し引きすることで、さらに微妙なニュアンスを付けられる、なんて楽器はほかに思い浮かびません。

で、それは脳の活性化を促し、100歳までぼけずに生きられるチャンスを高めるわけです。 で、心の若さもKeepしたうえに、アコーディオンを通じて人の輪が広がる。

人はやがては独りになるけども、生きている間は、独りになっては、いけません。 生きる活力がなくなります。 お互いに生きていることを見せ合うことで、さらに生きる力を得られます。

ヒマラヤの8000mの峰を超えて飛ぶ鶴の群れがいます。 単独では超えられません。 群れになって、声を掛け合って、酸素の薄い、極寒の、強風の8000mの峰を超えて、緑にの大地に向かうのです。

生きている間は、独りは避けましょう。 死ぬときは道ずれはやめましょう。 なんだこりゃ。

  • [238]
  • 人生いつかは独りに成る

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)07時01分9秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=S87jWwzvwd8

彼の曲は殆どヒットしていたと思います。 ユニークな歌手です。
奥さまが無くなられて、お茶飲み友達がいらっしゃるかなー、
あまりそのようなニュースは目につきませんが、長生きして欲しい
とおもいます。


  • [237]
  • う‘~~~~~ん

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)06時42分37秒
 
若ければアコーデオンやってみたいですね。

ユーチューブでアコーデオン演奏は楽しみましょう。

それにしてもAndré Rieu 氏は全て曲は楽譜無しでやっているので

感服してます。一体何曲ぐらい全部で楽譜無しで弾けるのでしょうね。

そこがやはりプロの素質を持った方なんですね。

私など一曲でも暗記するのに四苦八苦ですから。

  • [236]
  • USAでの

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)06時24分7秒
 
クリスマス

  • [235]
  • 有難うございます

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月10日(木)06時12分39秒
 
う~~~ん、
アコーデオン演奏はアコーデオンだけのソロが好きです。


アコーデオンで弾く音符とピアノの音符は同じなのですか?


電子ピアノは弾いても物足りないですね。

電子ピアノは調律師も必要ありませんし。

やはりピアノと電子ピアノでは音の出し方が違います。

ピアノでは上手な人の弾く音色と、全く素人の弾く音色は全然違います。

電子ピアノでは誰が弾いても同じ音色ですから。


  • [234]
  • Andre Rieu楽団の演奏だったとしたら。。。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月 9日(水)06時43分53秒
 
マキシマとオランダ皇太子の結婚式にAndre Rieu楽団が演奏していたら、マキシマは泣かずに、皇太子と踊っていたかも。。。あるいは、号泣しちゃったかな。

2017年アルゼンチンでの演奏。
ANDRE RIEU LIVE AT THE LUNA PARK STADIUM / ADIOS NONINO - LIBERTANGO / - BUENOS AIRES . ARGENTINA
https://www.youtube.com/watch?v=ZbObsa4xp0o

こちらは彼の生まれ故郷マーストリヒトでの2013年の演奏。
André Rieu - Adiós Nonino (Farewell father)
https://www.youtube.com/watch?v=wyRpAat5oz0


  • [233]
  • ピアノを弾ける人は、アコ―ディオインは簡単、だと思います。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)21時37分16秒
 
だって、楽譜が読めるでしょ? わたくし、読めるって、かんじではありません。 でも弾ける。

アコーディオンも、音域とか、リードの数とか、ベースの数など少し妥協して、小さいものであれば、5-6㎏からありますので、とても軽いですよ。

電子ピアノも素敵ですが、あ、電子ピアノだとアコーディオンの音色もだせちゃうのかな? やはり、蛇腹がある、というのが電子ピアノではできない芸当なんですよ。

人の呼吸のような、人が歌う時の感情を注入して演奏できるのがアコーディオンの素敵な部分の一つ。

で、世界に数百も数千もある言語や、さらに変化する文化を反映する、様々な曲や演奏法があり、アコーディオンの楽器の特長にも様々なものがあり、すでに、マメ様は、アコーディオン菌に感染してしまったようなので、もう治癒不可能です。
あとは、アコーディオンの世界にどっぷりと浸かっていただくより手はありません。 出口はありません。

というわけで、始めちゃいましょう、アコーディオン。 気分に合わせて、戸外でも演奏もできるし、きっとそれで、新しい友達や仲間もできると思います。

私も、30歳を半ばすぎてから、当時のドイツの、近所のおじさんにならったわけですが、今では、アコーディオンの無い人生は考えられません。

好きな曲、思い出の曲、耳に残った名前の知らない曲、など、弾いて喜んでおります。

ピアノとはまた違った表現と、心のビブラートが共鳴する、アコーディオンの世界にようこそ!

 

  • [232]
  • 左右の手を見ないで弾くのが難解そう?

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)20時23分6秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=CeYQYMmllog

アコーデオンを自然風景の中で弾くのは素敵かも、
でも重量はどうなのかな?

  • [231]
  • 複雑な・・・

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)20時16分37秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=CktWfrze40w

  • [230]
  • 易しそうですが難しいでしょうね

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)20時03分38秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=DSm1vp9zmds

  • [229]
  • 訂正しておきます

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)19時52分23秒
 
>3,4時間位は待たされるのかなー?と思いきや朝の
>10時頃から国境に入って

    ->

国境へ向かって

  • [228]
  • 3匹目の家族の一員

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)19時31分43秒
 
シェリーは以前の持ち主が手放して
シェルターに居た若い雌犬でした。

  • [227]
  • 旅は最高の娯楽

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)17時31分3秒
 
>私も、1970年の夏に、ヒッチハイクでドイツを中心に、
>スイス、イタリア、オランダ、オーストリア、チェコ、ポーランドを3か月で回り、
>ロシア経由で帰国しました。
>ちょうど同じころにヨーロッパにいたことになりますね!
>最近、よく、その時のことを思い出して、一人懐かしんでおります。

>1976年から1985年までたまたま日本企業の集まるドイツのDuesseldorfで
>仕事をする機会があり、多くの日本人がいましたが、
>やはり、かなりの割合の日本人が日本人同士だけの付き合いをし、
>現地の人たちとの付き合いのない人が非常に多くいました。


本当に偶然の出来事のように思えますが、同じ時期でしたね。

あの頃には多くの若者たちが海外へ出かけ始めた時代だったと思いました。

ヨーロッパ旅行では、日本の旅行者達にも出会いましたが、

北欧で何をやって居られるか分からないようなぶらぶらした若者達もよく見かけ、

時に会話したこともありましたが、まー、あまり記憶を呼び返すことは無いのです。

何故って、ヨーロッパと対面して初めて感じたのは何と奇麗な街々なのかという思いと、

これから一人旅のワクワクさで気分が高調。

特に最初に、わー!綺麗な街、おとぎ話の国と感じたのはモーツアルトの住む街でした。

ベートーベンの記念館はドイツらしい居住地でした。

あのベートーベンの生家で
 https://www.youtube.com/watch?v=z1eJlm_2Y-0
https://www.youtube.com/watch?v=V04yzw-JcgE

テンペストなど弾いているのをその場で聴けたら天国に居るような気分でしょうね。

普段には起こらないことは現在では時々思い出します。

例えば、ヨーロッパ人達の夏休暇にポーランドへ車で出かけて国境に入る前、

まー、3,4時間位は待たされるのかなー?と思いきや朝の10時頃から国境に入って

夕刻時間に国境に到着、ホッとした瞬間でしたが、これだけは忘れることのない出来事かな。

自家用車の長蛇の列、道路の周辺は一面に麦畑(?)、何処にも飲み水も無く、トイレも無く、

どう解決したのか忘れましたが、兎に角待つしかない状況でした。

ジュッセルドルフには1975年頃以降だったかなー、オランダに日本書店が開店するまで隣国へ出かけました。

海外住まいの田舎での住人には日本雑誌は唯一つの娯楽でした。

田舎方面では先ず日本住民は全く見かけませんでしたね。

オランダには日本書店が当時には皆無で、日本食品店も無くジュッセルドルフまで出かけたものでした。

  • [226]
  • こんにちは、誤字に気がづがず

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 8日(火)15時59分16秒
 
<[200] 河合さまは、すごい博識のお方ですね。>

河合=川井

あちこちと間違いが散見され申し訳ございません。

スマホは間違って打ちやすいようです。


  • [225]
  • とんでもない誤字

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 7日(月)19時59分37秒
 
私の故郷は、福田諭吉の故郷の大分県と隣県に跨る山国川の川が
県境になっている福岡県です。 ->

福沢諭吉の間違い

  • [224]
  • test

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 7日(月)18時55分44秒
 
test

  • [223]
  • 文化の違い

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月 7日(月)18時41分20秒
 
台風10号、九州は台風銀座とも呼ばれる地帯ですので、そちらにお住いの方は、備えは常日頃からされているとは存じますが、昨今の台風はけた違いなのが多いので、過去の常識では対応しきれないものがあるようですね。 たしかに、千葉県はほかの関東地方でも昨年は、予想を超える被害がありましたが、これからは、予想を超える被害がでることが当たり前という時代になったのだという共通認識が必要だと思われます。 日本という国に住むには、われわれの準備は十分か、といえば、火災、地震、原発、台風、洪水、地滑り、おまけにクレイジーな隣国、とくれば、現状の生活と対策でいいのか、という気にはなりますね。

ところで、マメ様のご投稿のいじめの件では、似たような経験を私もしております。 どうも、一般的に、という言い方は、自分としては嫌いなのですが、やはり、そういことが多い、ので、まぁ、よくある話ということで、申し上げれば、まずは、仲良しグループの形成と、それを仕切るボス、そして、その取り巻き達と、それにへつらうように仕向けられる上下関係。 で、少しでも、そんな序列の下の順列に加わることを潔しとしない人が出てきた時の村八分攻撃とか、しかと攻撃。

いやー、僕の大嫌いなパターンですが、日本国内でもよくある光景ですが、実は、海外の日本人の集まるところでも、このパターンが結構あるような気がします。 というより、むしろもっと強烈に現れるというお気もします。 といっても、それほど多くを経験したわけではありませんが、島国根性というか、封建主義の名残というか、儒教の影響か、とかく、上下にこだわるのが、日本の文化の底流に流れている気がします。 で、これは男女の区別なくあるような気もするのですが、女性同士の場合は、どうも、さらに陰湿になりがちな気もします。

それは一方では、礼儀や社会的秩序の保全に役立つものの、ひとたび、権力の上の座につくものが現れると、それにこびへつらうもの、仲間以外は疎外する傾向、そして、誰かをいじめることで、その仲間に仲間意識を示したり、上の者への忠誠を示すなんていう力学が発生する。

これは、単に、いじめはいけません、やめましょう、なんてきれいごとのお題目をとなえるだけで、消えるものではありませんし、そのような攻撃を受ける身になってみれば、よほど精神的に強くない限りは、群れから疎外されて、生きる力も失ってしまう、ということは十分あり得ます。この陰湿な傾向は日本独特なものなのか、朝鮮あたりでは、もっとひどいとも聞きますが、それはさておき、日本人としては、非常に残念な部分だと感じます。

大陸からの引き上げでしたか、それは筆舌に尽くせぬご苦労がおありだったこととお察しします。 今や、そのことを語り継ぐ人も少なく、マスコミも、まぁ、マスコミ自体に過度な期待をするのをやめていますが、まさに命からがらであったことでしょう。 私たちの親の世代は、当時の日本の、あるいは、世界の、激動にもみくしゃにされましたね。
まぁ、今が太平の世の中か、といえば、一見そのようでもあり、実はそうではないのではないか、という気も致しております。

謙遜。。。 たしかに、これも日本独自の文化でしょうね。 度が過ぎると、自慢や、嫌みにも聞こえてしまいます。 ずうずうしいひとより、控えめで、節度をわきまえている人のほうが好感をもてますが、いつまでたっても、自分の本性を隠しているのも、いやなもので、ざっくばらんで、あけっぴろげな人だと、お付き合いしやすいし、相手の好き嫌いもわかって、すぐに、本音の付き合いができるってのはありますね。
いつのことだったか、ご自身のお子さんのことを、うちのバカ息子が、うちのバカ息子が、と枕詞に使う方がいて、どんなバカ息子なのかと思って話を良く伺うと、どこぞの町の市長さんをやっている、とおっしゃるので、まぁ、市長をやるのはバカなことなのかどうかはわかりませんが、おそらく、とても自慢に思っていらっしゃるのだろうなぁ、ということがわかりました。 オランダあたりでは、もっとストレートで、オープン、ですよね、きっと。文化の違いですね。両方を理解してお付き合いをすれば、角が立ちません。


  • [222]
  • 誤字訂正

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 7日(月)18時31分51秒
 
いやはや、競争の激化と言ったら、何にも知らない人間には想像だに出来ない状況です。
職場の敵ガイドさんでは、あちこち電話して回り”出席しないで下さい”とやるのですから・・。
全く呆れましたね。
こういうことですから日本婦人短気者達は会に出席しても大人しいのです。





日本婦人短気者達 ―>  日本婦人の短期者達


  • [221]
  • 優秀な女性のご意見番

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 7日(月)18時16分22秒
 
偶然にメルマガで下記の文章を見つけました。
***
謙遜は美徳か

日本とオランダの“作法”には、いろいろ違いがありますが、一番ストレスを感じるのが「お詫び」のあり方でしょう。
オランダ人しかいない環境に暮らしているので比較的すぐに慣れましたが、移住当初は、あやまらない人たちに腹が立ったものです。
ほかにも作法の違いは色々ありますが、大抵は常識や前提、考え方の違いによるものなので、自分の尺度にこだわると文句が増えてしまいます。

最近もうひとつ、こちらでは見かけないため、完全に失念していた日本の作法を思い出しました。
「謙遜」です。
コロナで本業が停止して以来、オンラインレッスンやセミナーを受講しているのですが、
参加者の大半が日本在住の日本人なので、日本的な人づきあいに触れる機会が急に増えました。コロナもデメリットばかりではありません。

さて、ある日のレッスンでの出来事です。
講師が、生徒の提出物をひとつサンプルとして使ったのですが、それに選ばれた生徒さんは、第一線で活躍されている実力のある人でした。
しかしご本人は、突然先生に指名されて、やたらと狼狽えました。
皆に見せられるような仕上がりではない、あまりやり方を分からずに作成した、と全力で謙遜しはじめます。
何を言おうと他の人にお鉢を回せるわけでなし、こういうときは、大人しく俎上の魚になるのが一番なのに。

他の受講者たちとともに謙遜の嵐が通過するのをじっと待っている間、私の頭に浮かんだのは、(なぜか)おばちゃん2人がレジ前で「私が払うわ」「いやいや今日は私が!」
と押したり引いたりする場面でした。要するに、非常にじれったかった。

やがて画面で共有された提出物は、確かに簡略でしたが、さすが勘所を押さえた内容でした。
また突然の指名にもかかわらず、的を射た説明をされて、ご本人は面目を保たれました。さっきの狼狽ぶりはなんだったんだろう、という展開です。

このときふと思ったのです。そもそも謙遜とは、一体なんのためにするのだろう?と。
状況によると思いますが、基本的には周りとの摩擦を減らす、社交マナーのひとつ…だったはず。

でも、本当に下手くそな人が謙遜すれば、下手さが返って注目されて、本人も周囲も余計に居心地が悪くなるだけだし、
上手な人が謙遜すれば、大抵はただの嫌味になります。
仮に、本当に自信がなくて謙遜したのだとしても、その背後にある完璧主義やエゴの強さ、見栄っ張りな性格まで露呈しかねません。
要するに、謙遜をしても自分にはデメリットしかないし、周囲にも特にメリットはありません。
強いて言えば、
謙遜を聞かされた方は「そんなことないですよ」とフォローしないといけないぶん、面倒くさいです。

オランダには、謙虚な人(=自分の評価は下げないが控え目な人)はよくいます。
でも、話し相手に謙遜する人(=自分の能力や価値を低く評価してみせる人)はまず見かけません。
オウンゴールを入れたい人などいないし、当地の教育の基本が、良いところを伸ばす、褒めて育てる、というやり方だからだろうと思います。

その反面、自己評価がインフレを起こしているお子さんもかなりいて、それはまた学習や成長の妨げになるので、はっきりと別の弊害があります。
しかし、オランダの子供たちが「世界一幸せな子供たち」に選ばれた実績を考えると、とりあえず自己肯定感を持つことが、幸せの第一歩だと言えそうです。

パソコン画面上ながらも、急に多くの日本人と出会う生活になり、思いがけず「謙遜」の再洗礼を受けましたが、
私には懐かしくも新鮮な体験で、オランダ人とのやりとりにはない要素だと気づかされました。

  • [220]
  • こんなことも

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 7日(月)16時43分0秒
 
>1976年から1985年までたまたま日本企業の集まるドイツのDuesseldorfで仕事をする機会があり、多くの日本人がいましたが、
やはり、かなりの割合の日本人が日本人同士だけの付き合いをし、現地の人たちとの付き合いのない人が非常に多くいました。
それも、何年たっても、ドイツ語を覚えようともせず、近所付き合いもせず、もっぱら日本人同士の付き合いに終始している人のなんと多かったことか、
いまさらのように思い出されます。
どうも、単に海外に行けば価値観が変わる、とも簡単には言えない部分もありますね。
それぞれの人の考え方や性質、などにもよるのかもしれません。
*****

そうですね、でも海外に出ただけでも何かを学んでいると思います。
日本国内だけに居ては海外を想像できないでしょうから。一度も出ない人より出た方が宜しいでしょう。

外国人で日本に居る間は日本人に優しいですよ。 でも彼等の国で同じ態度と言うと疑問です。

イヤーな事に一度出くわしました。
アムステルダムの食べ物屋へ行って食事しました。(お寿司などの日本食を出しているお店で、店員さん達がアジア系かどこかの国)
その時私一人が客でした。
私が食べ終わって支払いをして店を出る時、給仕さん二人が腕を上に挙げてお互いに叩いてお互いに喜んでる姿を見たのです。



それ以後外国人給仕の居るどのような日本食店にも、入らないようにしてます。
”気味悪い食材を混合して出したが食べてくれた!” と喜んでいる姿だと解釈したからでした。

今でも思い出すと吐き気気分を味わいます。

  • [219]
  • 台風10号が通過

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 7日(月)16時37分44秒
 
川井様、こんにちは。 台風10号は九州で大あばれしましたね。


>まぁ、海外に行けばすべての人が開眼する、ないしは、新しい考えを持つということではない、ということも海外にでるとよくわかりました。
あるとき、1969年に青少年海外交換のグループのメンバーとして多くの同年代の若人と訪独したのですが、
そこで、日本の価値観の防御に入ってしまう人たちがかなり多くいたことに驚きました。
海外に来てその国の価値観や、生活、考え方を否定して、いかに日本の生活や考え方が良いか、
ということを日本人同士で集まって、価値観を共有することで安心感を得ようとする人たちでした。
*****

海外に居られる方々で、短期者と長期者と永住者たちの考え方は違うと思います。

そうですね、日本の知人が多い人たちは同種と固まるでしょうね。
日本婦人会など有りますが、開けた思考の人達は居るか居ないかですね。

短期滞在の主婦たちも入会している婦人会です、が彼女たちは他の方々の反応が怖くて声をあげません。
意見を出すこともありません。
役員さんが会員の皆さんを撮った写真をお見せするのです、が、欲しくても声を挙げません。

私が初めて入会した時、その様な雰囲気を察して、”私達にも頒布して頂けませんか” と声をあげました。
それ以後撮影した記念写真など等を誰にでも頒布してくれるようになりました。
いずれ日本へ帰国なさる主婦達には良い思い出になる写真ですから喜んでおりました。

凄いですよ、日本婦人の役員さん、脅迫するのですから。
一度、会員の奥様では有りませんが、その旦那様が絨毯の商売をなさっている方とかで、
絨毯についての説明を特別に婦人会の為にさってくれると広報に何月何日と記載されました。

で、私はその日に用事がが有って出席できなくて欠席届を出しましたら、役員サンの一人が電話で、
”出席無さならいなら、今後村八分にされても宜しいのですか?” 相手の欠席理由も訊ねもせずにです。

この絨毯商売の旦那様の奥様がガイドさん(物凄い競争意識の強い職場)で多分その日の出席者が少なかったようです。
いやはや、競争の激化と言ったら、何にも知らない人間には想像だに出来ない状況です。
職場の敵ガイドさんでは、あちこち電話して回り”出席しないで下さい”とやるのですから・・。
全く呆れましたね。
こういうことですから日本婦人短気者達は会に出席しても大人しいのです。

兎に角役員の遣り放題、デモクラシーなんてどこの国のお話?です。
長期に居られる方々で後に私が知った事では、創価学会などの何らかの会に入って居るお方が普通みたいです。
私など一匹狼、
一人で、知り合いなど無く日本からやってきたものですから、一人で図々しくオランダ人の中へ入って行きました。
と言いますと語学が達者と思うことでしょう、ではなくて日本人の姿など皆無な地方に住んでおりましたから仕方なく、
っていうことでした。よく移転をしましたし。

日本婦人グループって恐いですね。
よく日本人の奥様たちから子供の虐めの愚痴を聞かされましたし、助けてくれとも依頼されました。
当方はペット、犬、猫が子供でした。
日本人の奥様で子供が居ないとなると相手にしない方もいらっしゃます。

虐めは、日本人間だけではなく私の主人の職場でメキシコ人と結婚している奥さまからも耳にしました。
兎に角オランダでも虐めはお盛んです。

以前虐めに関しての番組が有りました。
苛める側と苛められる側、それについて意見を述べる聴衆たちが同席してのテレビ放映。
虐められた側が何故苛めたか虐め側に質問、そして今でも精神的なダメージを受けていると発言。

これで虐めが解消するかって? しないでしょうね。

  • [218]
  • 10号の台風は?

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 7日(月)16時26分19秒
 
テレビで10号の台風の様子を観ながら、故郷は大丈夫かなーと、
被害情報で地名が出てくるかと放映を長い時間眺めてました。

川井様は確か東京の隣県だったと思いましたが、やはり大変でしたね。
10号はやっと朝鮮半島へと吹き荒れて行きました。

関東地方は強風は吹き荒れたでしょう、が屋根が飛んで行く、電柱が倒壊するなどなどは免れたようですね。

私の故郷は、福田諭吉の故郷の大分県と隣県に跨る山国川の川が
県境になっている福岡県です。
どうもその大分県中津も、吾ふるさとも被害状況が映像では
観られなかったので被害はなかったようでした。
私は、兄弟などが皆県外へ出てますから現在は誰も故郷に居りません
ので長い事帰郷せずです。
母親は40代で癌で死去、父親はその10年後に死去で親が生存せずで
私は海外へ出たので、日本には心残り、
心配事は一切ありませんでした。母の時代の癌とは死を意味してました。
私一家は新京からの引揚者で両親は大変な苦労しただろうと思います。
私などもパッチワーク式に引揚げ時を記憶してます。

私の子供の頃には山国川が氾濫してたそうです、
その証に私の小学生の頃までは濁流が室内まで侵入した記録が
襖に残されてました。
 現在はその川には頑丈な以前よりは高い土手が建造されていて
水害のお話は聴きません。


  • [217]
  • 海外経験

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月 6日(日)07時42分42秒
 
私の場合は、22歳になって初めて海外を経験したのですが、その衝撃というか、影響は非常に大きかったと思います。
今は、テレビもインターネットもあるので、昔に比べると得られる情報量が、特に当時に比べると、圧倒的に多いように思われますが、日本の中の、自分の身の回りの情報と当時の新聞・テレビからの情報だけでは、なんとも形容のしようがない一方的に作られていく自分というようなものを漠然と感じていたようなことさえ気が付かずにいたように思います。
全く別の判断基準、価値観の違があり、その背景となる歴史や地理的な違いがあることに気が付くと、日本の状況というものがある種、特殊なものであったのだ、ということにも、海外に出ると逆に見えてくるという経験をしたことを思い出します。
それまで日本の学校や新聞・テレビなどから与えられる情報から一生懸命に作り上げてきた世界観というか、知識などが、勝手な、あるいは、作られた思い込みに過ぎなかったということを嫌というほど鼻先に突き付けられた気がしたことがありました。
そのような価値観や世界観がどこか自分の体の中というか、頭の中で、音を立てて崩れていくような気がしたことを鮮明に覚えています。
昔から、かわいい子には旅をさせよ、と言います。 いろいろな意味合いを持つ言葉だとは思いますが、旅をするということは、ほかの国を見ること、ほかの国の人たちの暮らし、地理、歴史、背景を知ることだ、と理解すると、その意味もさらに深まる気もします。
違いが分かれば、さらにその違いに対する興味も沸くし、一方的な極端な方向性のある情報や、情報操作にも耐えられる体力というか、判断力が付くようになると思います。
その意味で、未だに、マスコミを含む一方的な情報操作に操られてしまう人々、おかしな宗教や占いにのめりこんでしまう人々、はては、オレオレ詐欺に簡単に引っかかってしまう人々が多いのは、まぁ、日本に限ったことでは無いとも言えますが、自分なりのしっかりとした判断力が欠如している、大衆操作されやすい状況にあるひとが多いということではないかという印象をもってしまいます。

まぁ、海外に行けばすべての人が開眼する、ないしは、新しい考えを持つということではない、ということも海外にでるとよくわかりました。
あるとき、1969年に青少年海外交換のグループのメンバーとして多くの同年代の若人と訪独したのですが、そこで、日本の価値観の防御に入ってしまう人たちがかなり多くいたことに驚きました。 海外に来てその国の価値観や、生活、考え方を否定して、いかに日本の生活や考え方が良いか、ということを日本人同士で集まって、価値観を共有することで安心感を得ようとする人たちでした。 1976年から1985年までたまたま日本企業の集まるドイツのDuesseldorfで仕事をする機会があり、多くの日本人がいましたが、やはり、かなりの割合の日本人が日本人同士だけの付き合いをし、現地の人たちとの付き合いのない人が非常に多くいました。 それも、何年たっても、ドイツ語を覚えようともせず、近所付き合いもせず、もっぱら日本人同士の付き合いに終始している人のなんと多かったことか、いまさらのように思い出されます。 どうも、単に海外に行けば価値観が変わる、とも簡単には言えない部分もありますね。 それぞれの人の考え方や性質、などにもよるのかもしれません。
もちろん、日本の文化が低いとかそういうことを言っているのではなく、それは、逆に、日本の文化を改めて、評価というかありがたいものとしてさらに世界に向けて発信できるベースにもなっていることで、違いが分かれば、違いを説明できるということだな、と思います。 あー、海外経験あるある談義になってしまいました。

たまには、いいでしょ。



  • [216]
  • う~~ん

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 5日(土)21時54分48秒
 
[13]  観光客の質投稿者:笑星
<  う~ん、海外旅行を楽しむ日本人は、一昔前に比べ、格段に増えているはずですが、本当に旅を楽しめているのか?>
                  *****
自国以外へ足を踏み入れればそこで自分の人生は開花する。
観光だけが旅ではなくて日本以外の空気を吸う経験は何ものにも
かけがえの無いことだと思う。

日本国へ一歩踏み込んで歩いた外国人とそうでない外国人は
日本人を見る目に大きな差が出てくるだろうから。

  • [215]
  • 日本を出た人だから理解できること・・かな

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 5日(土)21時35分58秒
 
[9]  新米のスズランちゃんが、美しい川柳つくるよなあ。投稿者:新日本民俗学研究家
投稿日:2012年 9月 7日
自分はそーとー才能無いのんか???ええと、テヴェレ川には今はどぶ川やけど,おそらく、こいやフナはいてます。
かもめやかもが生息してるからわかります。つりしてるひともおるし。
しかし、こんな汚い川でつれた魚をいったいドーするんか??
いつもふしぎにおもってます。

まあ、それはさておき、、ぎゃくに振り向く日本人は?
声かけてくる日本人は?まずトップ賞は、ローマに住んでる日本人だ。
これは100パーセント声かけてきて、日本人であることを確認してから、応援金と、応援の言葉が必ずある。
FAO(国際連合食糧農業機関)働いてる日本人店員さんの女の子のお得意さんも一人いてます。ちかくに住んでるんだと思う。、
やっぱりそれはおおかれすくなかれ異国に住む不自由や差別を経験した結果から、
同民族の人をそのつど確認してがんばる姿を応援したい、てゆうきもちになるからだろう。
そのつぎは、やはり、何回もイタリア旅行してる日本人。
そーなってくると、預言者ピロシーストラ氏の語る、ふつうはどう対応してよいかわからないのだ。
きっと、てゆう面はあるんかもしらん。
しかしながらですねえ、
その預言者ピロシーストラ氏の語る
韓国中国ベトナムフィリピンといった連中は、やはり声かけてきて、
国は違っても東洋人であることで
すでに応援のお金とことばを贈るひとたちがよくあるのよ。

そーなってくると、日本が離れ島で大陸続きではなく
異民族と接することにことごとく慣れていないめんもなきに島あらず。
しかし、じっさい、ほんとに、預言者ピロシーストラ氏の語るのんと、
かわらんような日本人観光客の、橋の東洋人に対する
『汚いもんに触ることなかれ』
てゆう空気は、どーしてもあるなあ。
なんちゅうかね、彼ら日本人観光客がカンツォーネレストランいけば
楽しむことできるのに橋の上では、楽しんでみようとゆう気持ちが一切なく、
汚いもん見るみたいなかんじなんだよなあ。

つまりなんてゆうか、マスメディアがきめたものだけしか、見ようとしない、それ以外は見たくない 経験したくない、、なんか、そういう、民族的傾向は、現代の日本人にはあるよーな
きーがする。
       *****

日本人の演奏家が何か演奏しているとかを商店街通路で拝見したことは
殆ど無いけど、これは参考にしておきます。


  • [214]
  • 共感する

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 5日(土)21時02分39秒
 
[1]  人はアコだけで生きるわけにはいかない。 パンとワインも必要だ。投稿者:川井 浩
  と預言者ピロシーストラは語った。 Also sprach Piroschistra.
なんつったって、
この政治の空白、戦後アメリカGHQ教育の成果、日教組、
どこに責任の所在を探そうかと思っても、
アメリカにやられる前の大日本帝国時代の負の資産の把握と反省が
出しきれていない現状では、なにをやってもだめ。

震災対応しかり、
原発問題しかり、
首都圏地震対策無防備の愚策しかり、
無為無策、
目先のバブルに踊り、
基本の防衛が全くできていない不能集団。

戦わずして負けている日本。

国を憂いて立ち上がるのに、戦争・戦力に頼らず、知恵を使ってしぶとく
したたかに生きるにはどうすべきか。

なんて、論議を特にしたいわけではないのですが、

なんでも書いてちょうだい。

             ^^^^^

海外で活躍している日本の若者達のドキュメントを観るにつけ、
日本人は日本について一寸悲観し過ぎると時折私は思う。
外国人に
「何故日本人は日本を愛せないのか」などの題で<Karel van Wolferen著>
本を出版されるって、一寸情けないなーと思いました。

これって日本だけでのお話ではないのかなー?

生意気言って申し訳ない!


  • [213]
  • ペットは子供

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 5日(土)14時22分48秒
 
>マメ様、実は、私も、1970年の夏に、ヒッチハイクでドイツを中心に、スイス、イタリア、オランダ、オーストリア、
>チェコ、ポーランドを3か月で回り、ロシア経由で帰国しました。
>ちょうど同じころにヨーロッパにいたことになりますね! 最近、よく、その時のことを思い出して、一人懐かしんでおります。

そうですか、
私は家族でペットを連れキャンプをした夏休暇の思い出に現在は浸っております。
ペット同伴のキャンプ写真を眺めながらです。

ドイツでは誰からも文句も言われずケーブルカーに犬同伴で山に登りました。
日本では不可能な事が可能で、沢山のそのような経験が懐かしいのですね。

グランドキャニオンでは犬をキャニオンが見えるところに座らせて写真を撮りました。
写真を見つけたら貼り付けます。

残念ながら、アコーディオンは周辺に誰も持っておられる方がいらっしゃらないので、殆ど耳にしてません。

私の人生は、主人が出張でしばしば私が一人生活のことが多かったので、
子供の頃から夢だったグランドピアノを買って(アメリカで)夢を果たしました。

兎に角一日中練習で弾いておりました、アメリカの優秀なピアノ教師を知り合いから紹介して頂だきましたので。

オランダでは学校くらいしかしないピアノ発表会でしたが、
アメリカでは個人教授の先生でもそれをなさるので練習に励みになりました。

それが、人生で一度の自動車事故を起こし(自分一人運転)背骨骨折やらあちこちを痛めて
それ以後楽器演奏は止めております。 グランドピアノを引っ越しする前に手放し、
全くキーを触らないと寂しいので、稀にでも触れられるようにと電子ピアノを置いております。

まだ家事をこなしてますので、それが卒業出来たら、ピアノに触る時間が出来るかなと思いますが・・・。
で、100歳までは生き延び無くてはと・・・。

高齢者は多忙。
金銭の余裕と時間の余裕とが若い頃よりできたから、故にすることは沢山在ります。

  • [212]
  • 魅了された歌手の声には沢山あります

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 5日(土)13時20分36秒
 
>It's A Man's Man's Man's World
>マメ様の青春時代にショックを受けた曲なのでしょうか?

映画のシーン内に、又テレビドラマに一部が挿入されていたりと、

耳にする曲、声、歌詞、忘れることのない得々の歌声です。

それがまた効果的に使用されているのが魅力でもあるのですね。

私の好きな声は、
https://www.youtube.com/watch?v=cd5AXGwvL8s

日本に居る時私の20代に、
ジュークボックスで偶然に彼らのヒット曲を聴いて、
アメリカ人の歌手だと思って居りましたら違いました。
アメリカで最初は活躍していたのですね。




  • [211]
  • ここには「返信」という項目無しなんですね

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 5日(土)13時03分26秒
 
>差し支えなければ、オランダで何をなさっているのかと、
>何を見聞きしたのかとかオランダ特派員として
>ご投稿いただければ嬉しいです。

時折読み過ごしていないか、と読み返してみたりします。

川井さまはご丁寧に、マメに私の書き込みにお返事を戴いておりますが、
どうも私は”知らんぷり”の”風潮みたいで申し訳ありません。
集中力の不足でしょうか。

処で ”オランダ特派員” みたいな堅苦しい言葉を使われますと、
委縮してしまいます。
”ざっくばらんに” って気楽に行きたいものです。

どの道人生の遊び場所の一部でしかありませので。
オランダ特派員なんて申されても・・・、最近はメルマガなどで
豊富な記事が読める時代ですから。

それに川井さまも海外旅行、滞在経験者ですし、日本だけに居住して
おられる方々とは全く違います、私の舌足らずでも理解の仕方は速いと思います。

私が海外へ出て一番良かった経験と言えば、
海外に出ている方々で、日本ではその様な方々とは
面識など絶対ないだろうという女性たちにお会いできたことでした。

最近ではユーチューブなどで辺鄙な国、または辺鄙な地域などに住んで
活躍なさって居られる日本女性達のドキュメントが観られますので、
余り驚くことも無くなりました、が、
現実に人物を目の前にしてみるとまた違った感慨深いものが有ります

  • [210]
  • James Brown - It's A Man's Man's Man's World 1966

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月 5日(土)07時35分32秒
 
マメ様の青春時代にショックを受けた曲なのでしょうか? タイトルや歌いだしからは、男尊女卑のひでぇ歌なのか、と思われましたが、James Brownが歌い進むうちに、でも、女がいなけりゃなにもできねぇ、みたいな、歌詞が入ってきて、結局、男がこの世を作ったなんて大上段に振りかざして歌い始めたものの、最後は、男は荒野をさまよう、なんて、みじめなエンディング。
結局、女性に慰められたい、女性の手のひらでしか生きられない、働きバチとしての男の哀歌、のように聞こえますが、いかがでしょうか?

https://ameblo.jp/teruteru-g13/entry-12541682875.html

男なんて、かわいいもんです。



  • [209]
  • 強烈な歌

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 5日(土)00時31分24秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=7rq9OvaJyRc

  • [208]
  • 家庭の悲劇

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 4日(金)22時46分5秒
 
>彼女のお父さんは、元のアルゼンチンの独裁政治の閣僚

オランダでもこの問題は結婚反対グループが騒いだのです。
母親のベアトリックス元女王も反対だったとかでしたが、愛する息子の為
母親が折れたのでした。

マキシマ妃の母親は、私と同年代で現在マキシマ妃とお住まいでは?

でも定かでは有りません、いくら娘とはいえ、仕事があり自由な主婦では
有りませんから、彼女の母親もArgentinaに住んでる様なわけには
行かないでしょうから、
結局オランダ生活は寂しい生活ではないでしょうか。

Argentinaとオランダは似ても似つかない雰囲気の国ですから。
それにマキシマ妃の妹さんが自殺死なさったことは母親にとって
大変な痛手だったことでしょう。

何処の家庭にも、一つ、や二つのドラマは存在しますね。

  • [207]
  • 困った、恥ずかしい間違い

  • 投稿者:マメ
  • 投稿日:2020年 9月 4日(金)22時22分26秒
 
204] 国変われば品変わる 投稿者:ただのキツネ
投稿日:2020年 9月 4日(金)20時10分27秒
ドイツには住んた経験はありませんが、

^^^^^^^
お恥ずかしい! スマホで打ち込んでいて以前の狐さんの名前に
乗り移っていたとは。 大変失礼致しました。
それに
ドイツの田舎に住んでいたことは、もうすっかり忘れておりました。
短期間でした。
その頃ドイツの田舎の個人店では昼間に休憩を取って閉店するので
困りました。その頃はスーパーマーケットとかが田舎では見かけない
時代でした。

ドイツの田舎はオランダの国境から車で往復1時間半ほど、
買い物はオランダの国境の商店街へ出かけていたのでした。

間違いや忘れていたって、これも認知症の始まり?

そうならない前に点検、点検、、その上に点検ですね。

  • [206]
  • ただのキツネさん、ようこそ。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2020年 9月 4日(金)21時39分31秒
 
ただのキツネさんも、その当時にドイツやヨーロッパにいらっしゃった方のようにお見受けしますが、差し支えなければ、簡単な自己紹介をお願いします。
また、アコーディオンはお好きですか? 弾いたりなさったりしていらっしゃるのでしょうか?
あるいは、現在、オランダにお住まいとかでしょうか?
あるいは、マメ様のお仲間さんでしょうか?

不思議なご投稿なので、ぜひ、ただのキツネさんのご正体をご紹介ください。


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