• [0]
  • アコーディオン教育、ないし教師資格認定制度

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2012年 4月28日(土)17時59分46秒
 
ほぼ、語りつくされたかとは思いますが、古くて新しいテーマ。 はたして、アコはどのように教えることが可能か? どこまで教えられるか? 基礎は誰が教えても同じか? おけいこごとから入るのが本当にただしいのか? かわいい弟子は谷底に突き落とす方法が正しいのか? エンターテーメントだけを狙っていていいのか? 基礎ができてないと上達は難しいのではないか? 上達とは一体何か? 音楽をアコでするということはどういうことか? ちょっと、話題が飛びすぎたかな?

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
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sage

  • [71]
  • 素晴らしいプレゼント

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年12月12日(金)19時24分5秒
 
普通のストリートミュージシャンとは明らかに一線を画すローマの怪人のマーケティングスキルと、長期的プランに基づく投資、ビジネスに役立つ情報です。

  • [70]
  • チャイマロング(Chimalong)をテアちゃんにプレゼント

  • 投稿者:投資家1号
  • 投稿日:2014年12月10日(水)23時31分37秒
 
チャイマロングはメタルチューブラーシロフォンです。

先っぽがスーパーボールみたいなゴムばちでたたいて、とってもメタリック&ソフトな音がでます。
こんなかんじ
http://youtu.be/qdWKzk3HDf8

テアちゃんはよちらよちら歩くから、おおよそ、1歳とちょっとだと思いますが、毎度毎度、お父さんと一緒に必ず、目の前まで来て何曲か演奏聴いてくれて、そのまままた来た方角に帰ります。
自宅に楽器があるわけではないそうですが、いつも彼女はステレオの前で音楽がで体を揺さぶってるそうです。

とゆうわけでいつもききにきてくれるテアちゃんにクリスマスやからチャイマロングをプレゼント。!!!!

大きな収益を上げるためには惜しまない投資が絶対必要なのだ。
大きな収益・・・それはとーぜん、今、あるいは近日中にアコリュックの中に入るコインのことと違うよ、大きな収益とは、このテアちゃんが、音楽好きな子供に育ってくれることにほかならない。

お父さんに、『彼女が興味示さないときがあっても絶対片付けてしまわないで、いつでもどんなときでも、これをたたいて遊ぶことができる場所においておいてあげてほしい』とゆいました。

実際この10年間で,橋に見に来てくれる幼児客には、ことごとくチャイマロングをプレゼントしてるとおもいます。

たとえばはなし、アイドルコーナーでよく登場してもらってる現在7歳のサーラ(もちろん、彼女にもまだ3歳くらいのときにチャイマロングあげた)は、ピアノならいたくって6歳からないだして、好きで好きでどんどん練習して上達してるそうです。
音楽が好きな子供になること、そして成長して音楽の愛と喜びを感じることができる大人になること、それは、人間が生きるうえで、決してお金では解決しないこの上ない幸せだ、そして橋の上の男にはそのかけがえのない人間の収益を手助けして導き出す任務があるし、さらにそのことは、みんなだれでもができるわけではない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、ゆうわけで、地元で音楽好きな子供が増えてその子たちが成長していくよってに、チャイマロング投資は、はるか、10年、20年後まで見据えたアコリュックの中に入るコインがっぽりに導く最高の投資になるわけだ、やったね!!!!!。


  • [69]
  • 若いもんを、頭ごなしにたたきつけるような発言をしてしまって、、

  • 投稿者:アコ枯らし紋次郎
  • 投稿日:2014年 6月14日(土)13時58分47秒
 
メインスレッドにしちゃった投稿
『仁義なき戦い   投稿者:ヴォルガの調べマニア1号   投稿日:2014年 6月11日(水)00時23分31秒  』で

ぎぇ~~~~~、、どしろ~~とじゃん!!!!ゆるしてよもうこんなの!
こんなんでえ~はずないやろ~~~~~??

、、、、、、って、ほんま、びっくりしたから書いちゃったけど、若いもんを、頭ごなしにたたきつけるような発言をしてしまって、

ほんまやったら、若いもんがもっと成長するようにどーしたらええか考えなあかんのんが先人の役目でもあるわけやから、失言やったかなあっとおもって、

もしや??、、で、ネット検索もっとしてみると、このアコーディオン奏者は、以前ZEN氏が、問題視していた『 日本アコーディオン指導者協会 専任講師 』とゆう肩書きをもっていて
つまり、アコーディオン教えてるみたいで。

若いもんを、お~えんせんと、とは思う反面、

アコーディオンを、知らない人に
アコーディオンって、なんやこんなもんかあ、、、。って、おもわれたくないってうゆう気持ちつよくあるから、なんとも複雑な気持ちで。

もちろん、習う側にとったら先生を選ぶ自由があるんやから、
こんな先生ならいらん、、、とか、それでええんやから、勝手に、怪しげな肩書きつけて講師してみるのも自由やねんし、

いいように解釈すればこのことは、昔よりはるかにアコーディオン習いたいと人が増えたとゆうこと、つまり需要が高まってるわけだ、、だからこんないいかたして悪いけど、こんなど~しよ~もなくても講師ができるわけで、

前に、しまーちちゃんがゆってたよねえ、『自分みたいなんでも、アコーディオンやりたい人の役に立てるのなら』、、、もちろん、そういう志、だいじやとおもう、けど、

今回のアコーディオン奏者、少なくとも公開されている演奏ビデオみるかぎりでは、

人に音楽演奏教えることに先走る前に、もっともっと訓練積み重ねて、した働き重ねて、音楽を捉える心身につけてからにしてほしい、、とおもってしまう。

音大卒業すれば誰でも彼でも、ピアノ教える技量と心の大きさがあるのか???違うやん、それとおんなじで、誰かについてちょっと習って、なんとなくゆびさえうごくようになったら、もうアコーディオン教えます、、、ゆうのんはやっぱしぼくの感覚では、まちごーてるとゆうか、アコーディオンの侮辱であり音楽の侮辱やとおもうなあ。

まあ、ぼくみたいに、あかんと思うもんを、みんなの前ではっきし堂々と、これではあかんってゆうやつも、必要やろうから、ご了解ください。


  • [68]
  • 佐藤真希様、ご投稿をお待ちしています

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 3月24日(月)08時16分55秒
 
佐藤真希様、今後ともご投稿をお待ちしています。 

  • [67]
  • 佐藤真希さんの動画

  • 投稿者:千明
  • 投稿日:2014年 3月21日(金)23時55分39秒
 
わたしは施設訪問のビデオを見ても、ひどいとか気分悪いと思いませんでした。ほとんどが知らない曲だし、漫談のことはよくわからないし、自分が下手なくせにえらそうなんですけど、普通の演奏と思いました。
オカルトマニア2号さんのお話、一連の流れをきちんと読んで、やっと、あぁそうなんだ、とわたしにもわかりました。
わたしもかなりのダメダメです。
佐藤さんは精力的に活動しているようですし、歌もお上手、何かがくるっとかわって、素敵なことになるといいですね。
オカルト兄妹、すごいです。

  • [66]
  • とても重要だと思ったのでふたたび佐藤真希さんに、転送しました

  • 投稿者:オカルトマニアストロベリー
  • 投稿日:2014年 3月21日(金)06時18分47秒
 
先ほどの妹の投稿内容はあまりにも重要だと感じたゆえ、実際に実践する佐藤真希さんに、またもや転送しました、以下の内容です。今回は文面がさらに長いゆえYOUTUBEビデオコメント欄からではなく、メッセージ送信欄から発信したのでYOUTUBE上ではほかの人は、この文面見る尾とできません。

ひでしのいもうと、すごいよほんまに。本当の音楽家って、彼女みたいなひとのことだ。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
昨日は、コメントに早々にお返事いただき、ありがとうございました。
真希様から、早々にお返事があったことと、そのお返事の内容すべてを、当初ご指摘してくださった音楽療法士さんに、伝えたところ、引き続いて以下に記す内容のコメントをいただいたので、それをさらに転写して、お伝え申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の思いを佐藤様に伝えて頂き、ありがとうございました。
佐藤様も、受け入れて頂いたようで、とても嬉しく思います。

私が毎月行きます高齢者施設には、終戦後2年たってからやっと満洲から引き揚げて来られた
おじいちゃんがおられます。
そのおじいちゃんから、【誰か故郷を想わざるは、戦地に慰問に来た「渡辺はまこ」が歌っていたのを、
仲間と一緒に聞いたよ、皆で泣いた】と教えてもらったことがあります。
この歌は、戦地で孤独と死と向き合い戦っている傷ついた兵士の皆さんの心に、故郷を思い起こさせ、皆が歌い合い、
泣き合ったと聞いています。

私は、戦争経験者ではありませんが、この歌を歌うたびに、このおじいちゃんの歌う姿が思い浮かび、
涙があふれそうになるんです。

歌には高齢者一人ひとりの歴史が秘められていると思います。
歌の背景やその歌に込められた思いを感じて歌ってあげることで、
皆さんの心打つ、素晴らしい歌になるんじゃないかと思います。

佐藤様は歌がお上手なんですから、羨ましい・・・。
ご活躍をお祈り申し上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお、これまでの掲載内容は、千葉県で、生粋のアコーディオンマニアであり、趣味のアコーディオンコレクションとその趣味の販売、そしてアコーディオンマニアのコミュニティサイトakkordeon jpを運営しておられる川井 浩 氏の同サイト掲示板で記事を投稿された、お年を召したかたがたや知能障害のある方々に命のかぎりがんばって音楽の生きろ喜びを伝えようとしておられる音楽療法士さんの、その投稿内容からの転写です。

お時間と心に余裕のあるときがあれば、ぜひ一度このサイトの掲示板のぞいてみてください、気が遠くなるようなばかばかしい記事の合間合間に、きっと、あなたの演奏活動のために非常に役に立つ、しかも、とてもほかのどこでも得ることのできない重要な情報を得ることができるはずです。そしていつかサイトの掲示板に、参加して、あなたの志や意見を日本の多くの音楽とアコーディオンを愛好される方々に伝え、そして意見交換していただきたいです、あなたと、アコーディオンを愛するみんなのために。

ぼく自身は、長年、お年を召したかたがたのための演奏活動していないこともあり、

この音楽療法士さんのような、的を得た決定的なアドヴァイスのようなものはできないですが、今回こういうきっかけで真希様の演奏ビデオをいくつかは意見させていただくことができたので、

アコーディオン演奏のみにおいて、30年近くアコーディオン演奏続けてる先輩として、どーしてもよくないと思う点があるので、お伝えしますから参考にしてください。

それは、よく、譜面に置き換えてゆうと小節の最後の拍で右指を鍵盤から離すときに、
音量にアクセントつけて、その勢いとともに指を離してることです。これは、この癖は単純な言い方すると下品で、非常に音楽的でなくせっかくの心の抑揚をだいなしにしてしまいます。

音量の抑揚は、歌詞とメロディの抑揚に応じて変化するものです、けっして小節の最後の拍であることとは関係ないので、ぜひ、ご自分の出している音をよく聞いて、より音楽的な響きのある演奏になるよう、努力してほしいです。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

  • [65]
  • えらそうなこと言ってすみません・・・

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2014年 3月21日(金)02時35分57秒
 
オカルト兄様、私の思いを佐藤様に伝えて頂き、ありがとうございました。
佐藤様も、受け入れて頂いたようで、とても嬉しく思います。

私が毎月行きます高齢者施設には、終戦後2年たってからやっと満洲から引き揚げて来られた
おじいちゃんが見えます。
そのおじいちゃんから、【誰か故郷を想わざるは、戦地に慰問に来た「渡辺はまこ」が歌っていたのを、
仲間と一緒に聞いたよ、皆で泣いた】と教えてもらったことがあります。
この歌は、戦地で孤独と死と向き合い戦っている傷ついた兵士の皆さんの心に、故郷を思い起こさせ、皆が歌い合い、
泣き合ったと聞いています。

私は、戦争経験者ではありませんが、この歌を歌うたびに、このおじいちゃんの歌う姿が思い浮かび、
涙があふれそうになるんです。

歌には高齢者一人ひとりの歴史が秘められていると思います。
歌の背景やその歌に込められた思いを感じて歌ってあげることで、
皆さんの心打つ、素晴らしい歌になるんじゃないかと思います。

佐藤様は歌がお上手なんですから、羨ましい・・・。
ご活躍をお祈り申し上げます。







  • [64]
  • その後、佐藤真希さんから早々にお返事いただきました。

  • 投稿者:オカルトマニア1号
  • 投稿日:2014年 3月21日(金)01時28分55秒
 
以下のものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
hideshi kibi様、コメント有り難う御座います。
非常に的確なアドバイス、有り難う御座います。
これからは、この貴重なアドバイスを受け止め、
肝に銘じて、活動して参りますので、
これからも、宜しくお願い致します。
また、これからも、ご指導など、宜しくお願い致します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

、、、、、、、、『ご指導などよろしくって、、、、、』、、やばい、ぼくとちがうのに、、
じっさいには、妹の意見まるうつししてただけやねんけど、まあいいやあ妹とは炎に燃える仲、一心同体も同然やし(ど~してもセクハラいれんとき~すめへんからね)、なんかきゅうに偉い人になった気分。

そらもうぜったい、一曲ごとに出版にいたる時代背景まで調べて、おじいおばあひとりひとりの歴史を一緒に歌いながら共感してる妹のアドヴァイスやさかい、
そんぞそこらの養老所で披露してるひとやったら佐藤真希さんでなくても
胸に突き刺さるよなあ。

かってに行方不明の伴奏希望さんはもおどおでもええとして、
とりあえずこれで、少なくとも、実際にお年寄りの前で実践している佐藤真希さんの今後の活動に光がさした!!ことはまちがいない。
うれしいよね!!、きっと、今後これで佐藤真希さんが行く養老所の人たち、どんどん何もかも、かわっていくんだとおもう。

ほらね、ちゃんとめんとむかって意見してみたからこそできたこと、
みんなも記事読んでるだけとちごて、どんどん意見交わしてほしいよ、もちろんそれは、勇気がいることかもしらん、特に長年の歴史に育まれた日本民族の国民性がまとわりついてると、。

でももう21世紀何やし
それは預言者のことばでゆうエクセルスィオールとブガリアルマンド以外のもん以外めくらやった過去からぬけだして自由な目で世界を見ることに、少し似ていると思う。
そのためには、やっぱり、まず、自信を持った生き方できることが、まず根源やねえ。


  • [63]
  • 音楽は心、愛情の涙

  • 投稿者:オカルトマニア1号
  • 投稿日:2014年 3月20日(木)03時46分59秒
 
これが、妹がゆうてる、その問題の活動の風景のビデオだよね
佐藤真希(歌・アコーディオン漫談) 施設訪問の様子/茨城県那
http://youtu.be/OpH7AVGW0zs

彼女が『今日、たまらなくなって、投稿したのは、』とゆうのは、まさしく、毎回毎回、心の底から真剣に彼女の全愛情を向けてお年寄りと接している妹にとって、この光景は、高齢の人に対してとてもとてももうしわけなかったからにちがいない.

いままでにこの掲示板で彼女自身が何度も記述してるように、妹は、

主婦としてがんばり,

3児(もうそこそこ大きいけど)とさらにオカルト男との隠し子(いちばんてがかかるときだよねえ)の母親としてがんばり

ピアノの先生としてがんばり、

そしてさらに音楽療法士として毎回の養老所で、活動で演奏する曲を1曲づつ、その時代背景も調査して、そして、必要に応じて、おのおのの対象の方の歴史との関連性も把握した上で、そんなお歳をめしたかたがたの本当の心に触れる音楽するために、時にはアコーディオンも使って一生懸命がんばってるわけだ、だからこそ、このビデオの佐藤真希さんのアコーディオンも利用したパフォーマンスの様子は、見るに耐え難い光景であったのだろう。

先日の笑星さんとこにきたピアノの人もおおよそこれと、さほどかわんないんだろうとおもう。

ぼくはね、やっぱし、毎日、やってないから

ひとつの曲が『高齢の男性が大好きな』、、てゆうのんも、やっぱしわからんかったし

ひとつの曲が『お年寄りなら誰もが 涙されるほど回想される』てゆうのんもわからんかったけど、

けれども、ぼくなりに、このビデオ見て、ぼくやったら音楽に命のかぎりの心ゆだねて、人の心にその愛情伝えるために努力している人間がするような芸では絶対ないとわかったよ。

ボランティアだから?こんなもんでええっとかって問題とちゃうんよ、プロとかボランティアとかそんな問題と違う、だって、『音楽は心、愛情の涙』やからね。

預言者のゆうように、お年寄りそれぞれの歴史に耐え抜いて生きている優しい心に甘んじて声援もらえることをいいことに自分の満足感を満たすために音楽やってはほしくない、と、少なくとも自分は思うし、

こんな音楽の利用の仕方で、おとしよりであろうがだれであろうが、つたわるものはなんにもないし、ビデオ見て実際こんなの見てるの、気分悪くなるだけやったよ。

だからこの佐藤真希ってゆうひと、YOUTUBEではenka kokoro てゆうペンネームやけど、

これじゃあいったいなにが心やねんっ?てゆうか、その、なんてゆうか、自己満足から、一歩も外に出ることのない心で、ど~しようもないから、ボランティアってゆう保護バリアーがあって歳いった人は特に人に対する敬意を大切にするからき~つこて、それでもありがたいってゆってくれるやろけど、真実はこれじゃあやっぱりおとしを召した方々の心を熱く愛情でささえることはてんでむりなんだよ。

それでね、預言者ピロシーストラ氏は
『佐藤真希さんへのオカルトマニア2号さんのアドバイスは的確だと思います。』
ってゆってるけど、佐藤真希に、伝えなければアドヴァイスにはならないやんかあ、

そして、いかなるときでも、やはり、勝手に、確証のないことに対してそれを、きめつけたらあかんやんかあ。ほいじゃあ、伴奏希望さん=佐藤真希さんだと、いままでのスィチュエイシォンからほぼわかりきってるみたいでも、絶対、きめつけたらあかんやんかあ、、、

だから、さきほど、絶対確実に佐藤真希さんにこの意向伝わるようにYOUTUBE上でぼくのアカウントから、妹の言葉を引用させてもらってこのビデオそのものに以下の文をコメントしました。これでかならず、佐藤真希さんにこのコメントは届きました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下に記述するのは、音楽療法士さんの貴重な意見です、ぼくも同感です。よく読んでもっと人に対して真剣に音楽活動してほしいです。
『「みそしるの歌」を気持ちよさそうに長々と歌われたあと、 美空ひばりの名曲「悲しい酒」を演奏すると思いきや、イントロのみで終わり・・・高齢の男性が大好きな「影を慕いて」も、イントロ弾いて、その気にさせといて、いきなり終わり、・・「北国の春」も笑い飛ばし、
お年寄りなら誰もが 涙されるほど回想される「誰か故郷を想わざる」もイントロ弾いて、ジョークで終わる・・・最後はご自身の大好きな「故郷の灯台」を満足そうに歌われて終わり・・・。 私が高齢者の立場だったら、笑えない漫談・・・高齢者の方はイントロを聴いて、昔を思い出される方もみえます。イントロあてクイズじゃないんだから、音楽で楽しんでもらうか、漫談で楽しんでもらうか目的をはっきりしてほしいと思います。』
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、ぼくかてさあ、長年、興行主からとちごて、まさしく音楽伝えてる相手からダイレクトに銭もろてるからこそ、わかるんやとおもう。それは音楽家として、とてもとても、幸せな境遇だ。

妹よ、がんばれ!、そして音楽するみんなと、音楽する若い世代みんな、がんばれ!

音楽は聴いてもらう人の善意に甘んじたとき、そこで音楽は止まり、愛情伝達は止まる。

音楽の中に生き続けるあなたの愛を本当に人に伝えたいのなら、ありとあらゆる困難を乗り越えて、必ず道は開いていく。



  • [62]
  • 同感です。

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 3月19日(水)07時10分6秒
 
オカルトマニア2号様、どんどんと成長するお子様たちの子育て、家庭でのお仕事、それにご自身おお仕事やボランティア活動、さぞやお忙しいことでしょう。私にはとてもできそうもありません。

私の投稿で、ほかの標的に向かって投げようとしていた投げ槍の尻で後ろに控えていた方のハートをぶつけてしまったみたいでごめんなさい。 それは本意ではありません。

歌やアコが単にうまいということでは人を感動させることができないというか、歌やアコが巧ければ、それはそれで大変結構なことだけども、それが、自己満足のためだけ、うまいだろうという自慢だけ、つまらない冗談をどうだ面白いだろうという押しつけの漫談、などなど、人のハートをまったく無視したような、パーフォーマンスはいわば自慰行為ですね。 下手をしたら人のこころを傷つけることになるかもしれない。

介護やヘルプの精神と活動に、私にはなかなかできそうもありませんが、真剣に取り組んでいる方々との演奏やお話とは全く別物です。 それはオカルトマニア2号さんが実際に聴いてもらっているお年寄りの反応で、毎回喜んでいただいていることを実感なさっているからお分かりになっているはずです。
むしろ、たとえどこかでミスタッチとか、ご自身が生まれる前に歌われていたような歌の表現とかが、100%満足いかない場合でも、むしろお年寄りたちの、がんばってね、の、応援が聞こえるのではありませんか?

佐藤真希さんへのオカルトマニア2号さんのアドバイスは的確だと思います。 

  • [61]
  • 高齢者に、練習台になって頂いている私・・・

  • 投稿者:オカルトマニア2号
  • 投稿日:2014年 3月19日(水)06時14分53秒
 
お久し振りです。
ご無沙汰してばかりですみません

掲示板の流れの速さについていけず、目を通すのが精一杯の毎日です。
長女の成人式後、長男の大学受験、そして無事合格し、4月より始まる独り暮らしの準備と、
今日に控えた末息子の小学校卒業、準備の追われ今日も寝そびれてしまいました。

毎日オカルト兄様の目の覚める鮮やかなアコーデイオンにうっとりしながら、
ふと掲示板を見れば、
川井様の、強烈に胸に突き刺さるお言葉・・・・・まさしく、私のこと・・・

アコーデイオンを初めて2年、
どれだけ多くの高齢者の方に練習台になって頂いたことでしょう・・・
そして、これからもそう・・・
相変わらず、図々しく、つたない演奏を聴いていただこうと思っています。 ごめんなさい・・・.

でも、自分のためだけではない、
音楽の楽しさを共感して頂きたい気持ちだけは、あるんです。
これでも、皆さんの心に、ちゃんと元気を届けられるように、いつも必死で、演奏しています。
もうちょっとだけ、お許しください・・・。

今日、たまらなくなって、投稿したのは、
伴奏希望様がご紹介された、佐藤真希さんの動画のなかで
「佐藤真希(歌・アコーディオン)施設訪問の様子」がひどいなあって感じたから。
掲示板の流れを少し戻してしまいます。ごめんなさいね。

このまま通り過ぎるつもりでしたが、誰かに伝えたく、書くことにしました。

「みそしるの歌」を気持ちよさそうに長々と歌われたあと、
美空ひばりの名曲「悲しい酒」を演奏すると思いきや、イントロのみで終わり・・・

高齢の男性が大好きな「影を慕いて」も、イントロ弾いて、その気にさせといて、いきなり終わり、・・
続いて「北国の春」も笑い飛ばし、
涙されるほど回想される「誰か故郷を想わざる」もイントロ弾いて、ジョークで終わる・・・

最後はご自身の大好きな「故郷の灯台」を満足そうに歌われて終わり・・・。

私が高齢者の立場だったら、笑えない漫談・・・

高齢者の方はイントロを聴いて、昔を思い出される方もみえます。
イントロあてクイズじゃないんだから、音楽で楽しんでもらうか、漫談で楽しんでもらうか
目的をはっきりしてほしいと思います。

音楽を用いたいのなら、心揺らす歌を使わず、せめて「いい湯だな」とか
「ああ人生に涙あり」とか「お座敷小唄」とか、楽しい音楽を使用して、お腹の底から笑わせてあげてほしい。音楽の素晴らしさを伝えたいのなら、ご自身の大好きな歌だけを歌われるのではなく、目の前の皆さんが大好きな歌を、聞かせてあげてほしい。
せっかくお上手なのですから・・・。

いろいろ書いてすみません。スレからもはずれていますね。

プロとして音楽演奏をされる方は、ピアノでもアコーデイオンでも、歌でも、
聴衆の心を元気にする、心に感動を与えることができるべきだと思います。
自己満足に終わるのは、ただの趣味・・・・
私も、自分の趣味を人に押し付けて、拍手をもらうのではなく、音楽療法士として、
努力あるのみです。





  

  • [60]
  • 練習台になっている老人たち

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 3月17日(月)23時02分1秒
 
人は年を取れば、言いたい文句も言えなくなるし、人の助けも借りないと歩けなくもなる。 思考能力や記憶、判断力までも衰える。 これは残念ながら、老いという現実だ。 もちろん進行状態の遅い速いはあるけど、若いころのようにはいかない。

で、ボランティアが来て、歌ってくれるとか演奏してくれるとなれば、寝たきりで無い限り、へやから集会場所に駆り出されて、これらの演奏を拝聴することになるのかな。 で、年寄りといえば、全員年寄りだけど、趣味や経歴、人生行路が画一ではないけど、見た目はどの人もじじばばだ。 だから、岸壁の母を歌い、兄弟船を歌えば、全員が喜ぶか、といえば、そうでもない。 手拍子をしろといわれて、やってるだけの人もいる。 もちろん、目のまで肉声で歌ってくれたり、演奏してくれたら、いつもとは違う見世物でおもろいかもしれないけど、また、そう思ってくれたらうれしいけど、そのようなサービス精神と思いやりのある人の演奏と、いつか笑星さんの紹介してくれたピアノ弾きのおっさんや、今回の伴奏希望さんなどの歌などを聴くと、なんだか、自己満足のため、拍手をもらうため、そのために老人たちを踏み台にしているようなそんな印象を持ってしまいます。 その現場に居合わせたわけではないけど、投稿やレポートからの印象だと、そんな気分になります。 独りよがりはもう勘弁してくれよ、といいたくてもいえなくなってしまったお年寄りもいるんじゃ、ないかなぁ。

  • [59]
  • インターネットの世界の中で、ありもしない架空の人物になりすますことができる

  • 投稿者:現代オカルト評論家
  • 投稿日:2014年 3月17日(月)22時21分16秒
 
あるいは、その架空の人物すらでっち上げる必要もなく、『どこかの誰か』がまったく無責任にインターネット上で自分のおもわくにある情報を公開することが可能な現代社会だ。

少なくともぼくの感覚ではね、外界の社会から『どこかの誰か』ではなく、はっきしこの自分なのだ!ってゆう認識されないまま、自分の思惑や発表したい事実を外界の社会に公表なんてしたくないやん、ふつ~はみんなそうやとおもうねんけど、だから

ありもしない架空の人物になりすましたり、まったく責任を負わない『どこかの誰か』として

外界の社会に公表しようとすること事態、そもそも心病んでるよねえ??、、、ぼくは、そうおもう。

長年の日本の外からみた自分の感覚でおもう日本のそういったインターネットの世界での現実に当掲示板でも発生してる差出人不明の情報の氾濫や、無責任な情報公開の現実は

その原因の根源のひとつに『個人プライヴァスィーの過保護』が、あるとおもう。

そこに、近年のインターネット発達が『個人プライヴァスィーの過保護』をわ~かけて擁護してしまうかたちになった。

つまり、昔は、発表する個人の人間としての責任を持って言論の自由があったが、

いまはもうまったく無責任な言論の自由が、存在しうる、いや、もう現実に存在してるし、その人間の狂気は、こんなマニアックな掲示板にすらすでにその魔の手をのばしだしているわけだ、

たとえばこの掲示板の(お気に入りYou Tube映像)のスレッドに突然出てきた伴奏希望とゆうペンネームの人なんかは、その典型的な初歩の例のひとつだとゆえると思う、ぼくは、ぼくの感覚ではそれは、ほんとうに人間の狂気だと思います。『個人プライヴァスィーの過保護』な世界で育ち、個人の人格そのものが形成されない、あるいは崩れ朽ちたまま、何の責任感もなく外界の社会に自由になんでも公表してしまう心の狂気だよ。

もちろん、『自分をあからさまにしないで外界に自分や、ほかの情報流しだす、しかも一方的に』そのことだけなら詐欺でも何でもないし論理的にはなんらとがめられることではないが、それは、実際には社会を欺き、人を欺き、自分の心を欺く、最も卑劣な人間になってゆく道だとおもう。


日本に限らずどこの世界にも、ほんねとたてまえはある、ましてや金銭がらみや、ビジネスの世界はなおさらだ、しかしながら、少なくとも、ぼくの大切にするこの掲示板では仕事ではないんやし、ちゃんとした人間同士のネットコムニケイションが続いていくことを望む。
もちろん意見の対立や、けんか、まちがってしまって、人に対して反省しなければいけないこともおおいにありうるが、そういうのんがまさしくコムニケイションやと確信するよ、

たとえ、周りから、いいように思われなかったり、反発受けたとしても、自分個人の存在と生き方に自信持って隠れることなく、意見し、行動できてこそ、人の心に向ける音楽演奏、芸術活動ができるはずだし。

『長年の日本の外からみた自分の感覚でおもう日本の若者たち』には
『個人プライヴァスィーの過保護』から脱却して、もっと自分をあからさまにして、
社会生活にのぞみ、自分の生き方をぶつけて、挑戦してほしい。


  • [58]
  • メインスレッド笑星さんの投稿:2014年 2月12日(水)22時59分41秒 に登場するど~しよ~もないピアノ奏者

  • 投稿者:オカルトマニア1号
  • 投稿日:2014年 2月14日(金)18時30分1秒
 
その笑星さんとこにきたおじさん、ほんとに善意で、奉仕の精神できてるんか??、、ぜったいちがうよ。

結果的に本末転倒ゆうことやね、その県外からきたキーボード奏者の方の自己満足のために、笑星さん含むスタッフや利用者さんたちがボランティアしたげたってゆう結末だ。

おそらく、経験豊富で機転が利き、みんなとの音楽の楽しみ方よーくわかってる笑星さんのすばやい対応がなければ、最悪の催しになってたことでしょう。その事実は彼女の
『「あちゃ~」と思ったのは。、だんだん利用者さんの表情がシラケてきたこと…。』で、てにとるようにわかる。

そのひと、ほんとに善意で、奉仕の精神があったなら、そんなんでは演奏会できへんはずやからね。

日本人の感覚優しいし人のプライドのことすごいきー使うから
『ボランティアをしてくださる、というのは、本当に貴重な社会資源ですので、もう少しこちらの事前リサーチがあれば、もっといい効果をあげられたかなぁと、反省もしました。』てゆう発想に、200パーセント下手に立ってゆうかもしらんけどさあ、

そのひとまず第一に
笑星さん含むスタッフに、きーつかわさせすぎ。

さらには
利用者さんたちにもきーつこてもーて、、、、

そして、オルガンサロンノエルさんが指摘するごとく一方的で対話がない
これでは話にならへんし、もっと具体的にはっきしゆうと、ほんま迷惑な人なだけ。

ぼくからゆわせてみたらね、デイケアーサービスの仕事はね、利用している方々に、体力&精神力&神経、その何もかも消耗するものすごい人間消耗させる仕事やとおもうからね、それ以上に今回、さらに笑星さんが消耗したみたいなたいへんなきーつかわすようなんはぜったい『ボランティア』とはゆわれへんし、笑星さんの投稿内容から察して、彼女なしでは利用者さんたちとその人の、音楽を通じての対話も、ありえなかったみたいやから、、さっきもゆーたけど『日本人の感覚優しいし人のプライドのことすごいきー使う』ことをええことにして、音楽を偽善行為な自己満足のために利用するに等しい、ぼくの音楽大事な大事な感覚からして、許されへん汚い行為やねえ。預言者があの子がいいこの子がいいってゆうのんは犯罪ではないがこれはあきらかな法で裁くことのできない一番たち悪い犯罪行為だ、まあぼくもオカルト妹セクハラしまくってるけどそんなことも今回のこれに比べれば軽犯罪法にすらひっかかれへんはず、と、ここでどさくさにまぎれて無罪主張。

『音楽に対する姿勢って、相手の人間に対する誠実さ、みたいなもの、あるよね。』、、て、前に誰かゆってたんだけどだれだっけなあ?とにかくそれがまざまざと、あらわに顕著に現れるのんがボランティア演奏だ。

ぼくもじょーだん抜きで、まあゆうてみたら誰からもお膳立てしてもろてないボランティア演奏やからね、愛情持って音楽で人と対話すること、毎回決して忘れないようにがんばらんとあかん。

そーでないと、それは、音楽を欺くことになり人間を欺くことになる、人として一番最低の行為になってしまうよなあ。




  • [57]
  • みんながやさしい掲示板

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 1月29日(水)07時37分11秒
 
みなさま、温かいお言葉ありがとうございます。 高校時代の友人にもアコ演奏の機会を与えてくれてありがとう。 もっとも、アコは勝手に持ち込んでしまったのですが。 しょーがねぇな、川井が、アコ持ってきちゃったよ。 という反応でしたが、会合のどこかで、だれかが、アコ演奏と水を向けてくれたので、お調子にのって、楽しく弾かせていただきました。

ただ、演奏数千回の経験を持つローマの怪人やコロポさんの言葉はまさにそのとおりですね。 言葉の重みがちがうわ。 アコの物珍しさは数秒の効果、これはまさにその通り。 自己満足陶酔の次元でははなしにならへん。 まさにそのとおり。

これでいいのだー! はバカボンのパパの撃沈の結末という漫画のような事態になってしまいました。 まぁ、友情でちょっとは、一緒に歌ってもらえたし、どうせこんなもんだとわかっているレベルなのと、余興なので、入場料を返せとまでは言われませんでしたが、まぁ、余興ということに限定すれば、余興にはなったかな、というところかな。

ただ、やはり、せっかくだから、聴いてくれる人にやはり音楽で感動をシェアしてもらいたい、という気分にはなります。 また、ひとつ場数を数えさせていただいたということになるのでしょう。 こんなやさしい人たちの前で弾かせていただいてありがたいことですが、それでも、自分の不完全燃焼を知るにはいい機会でした。 人前で弾くということは、日々の自己満足の演奏がちゃんとした目標に向かった練習になっていなくて、いい加減であったことを思い知らされるいいチャンスです。 今更ながら、自分で楽しむ演奏、自己満足の演奏といってもいいでしょう、は、聴いていただく演奏とは次元のことなるものなのね、とあらためて思い知らされたところでした。 ほかの人の演奏には評論家気取りであれこれ言えても、いざ自分で人前で演奏してみるとあらためて練習不足や、選曲、演出、コミュニケーションができてないなぁ、と実感できるもんですね。

これも、いまさらですが、とにかく人前で弾くという場数を踏むことはアコ上達にかなりいい影響を与えますね。 それも、厳しい反応がでたら、それこそ、そこが改善の余地があると教えてもらっているようなものなので、聴いていただく方の正直な反応というのは怖いけど、ありがたいものだと思います。

で、これがおけいこごとのお義理拍手だと(高校時代の友人の拍手もそうですが。。。)往々にして、その改善のチャンスに気が付かないこともあり、いつまでたっても、思い込みの演奏になってしまうわけだな。

ましてや、You Tubeへの演奏の投稿となれば、これは直接赤っ恥をかくことは無いけど、お義理の褒め言葉以外のコメントがでてくるので、励みにもなり、参向にもなるのでしょう。 これもいいよね。 

  • [56]
  • 音楽の溢れる同窓会

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月27日(月)23時24分39秒
 
川井さま、お疲れ様でした!
撃沈?! いえいえ、音楽に溢れた同窓会なんて、とっても素敵!

コロポ様、はじめまして
新参者ですが、どうぞよろしくお願いいたします
コロポ様の温かいお言葉群が、胸にしみます

超常現象研究家様、
〉『ひとつの曲への自分の感動の稲妻』を、こんどは人に伝えることが音楽演奏の原点やとおもうからね
〉具体的にどこが好きなのか?この曲の何に自分は感動で心が揺れているのか?をより具体的に解明して、それを、具体化した自分の演奏にすることが人に聴いてもらう次元のものにする大事な鍵なんだよ。

深いお言葉です。。
大変勉強になります、頑張って、これから気にして演奏してみます。ありがとうございます



  • [55]
  • 人に演奏聴いてもらうために

  • 投稿者:超常現象研究家
  • 投稿日:2014年 1月27日(月)18時07分39秒
 
はそらとーぜん自己満足陶酔の次元でははなしにならへんことはゆーまでもない。とりあえず長年アコーディオン抱いてる預言者ですら、なかなか予言どおり人の心に響く演奏にはなってけーへんで沈没してまうわけだ。

歌声師の預言者激励『楽器ができるというだけで同窓会のスター』、、うん。たしかに、アコーディオンやし、ほかの楽器よりは若干有利かもしらん、でも、
現実にはアコーディオンができるというだけなら普通は3秒、長くて5秒もてばええほうにきまってるよ。

もちろんそれが確かに今回ごとく同窓会なら同級生たちの暖かい暖かい友情に支えられてそれでええはなしやろうけど。

『ひとつの曲への自分の感動の稲妻』を、こんどは人に伝えることが音楽演奏の原点やとおもうからね、

そやから、やっぱし、演奏を人に聴いてもらう次元のものにするためには、漠然とこの曲が好きやから、弾いているんではあかん。

具体的にどこが好きなのか?この曲の何に自分は感動で心が揺れているのか?をより具体的に解明して、それを、具体化した自分の演奏にすることが人に聴いてもらう次元のものにする大事な鍵なんだよ。

そこで、その『具体的にどこが好きなのか?この曲の何に自分は感動で心が揺れているのか?』なんだけどそれをより明確に自分で理解するためにね、
先ほどの脳内映像ね、つまりぼくは同一作者の別の曲からつねに

① 同一作者だからこそ違う曲にも通ずる、作風のにたりよりたりだからこそ自分が好きな部分

② その作者の別の曲を選ばないで自分がこの曲を選んだ同一作者のものであるにもかかわらず別の曲にはないこの曲の持つさらに自分で美しく感じる部分

この2点に着聴することで、より明確に自分が演奏しようとするその曲の表現したい美しさや感動を理解して、具現化に導こうとしています。

そしてアコ修理のコーナーの歌声師のことば
『みんなで歌える歌はないんだ』は、まさしくそうかもしらんけれど、すくなくとも、じぶんが感動する美しいと思う曲を人の前で演奏し続けて感動を伝える努力で、時の流れとともに世代交代してもみんながその存在を忘れることのないすばらしい歌を残し続けることならできると確信して橋で演奏しています。

そしてたえまないリサーチ、おこたったらあかんことはゆうまでもない。
『みんなで歌える歌が無い』と嘆くのは、世代交代から逃げて、若者が求める音楽に耳をそむけているからにちがいない。

歳行った世代が若者と一緒に歌うことまではできなくても、彼ら若者がいったい自分たちと違う何に、その初々しい心を揺らしているのか?それを努力しだいで接して感じて、自分の音楽演奏に反映させる努力あってこそ、アコーディオンは、時代に取り残されない音楽演奏の主役でいつづけることができるはずだ。

そういうリサーチの一環のひとつで、ぼくのばあい具体的には橋にかならず『書くもん書かれるもん』用意して(意見聞いてるだけでは絶対忘れるからね、書いてもらうわけ)現実のお客たちの意見やリクエスト、自分がすぐ現実の形にできるかどうかはともかく書き残してくれたものをいつも保管してその検索探求は、書かさずやっています。

厚紙にお客自身の手で書かれたリクエスト、こういうかんじ。本人に書いてもらうことでぼく自身も誰の?意見だったか忘れずにすむ。


  • [54]
  • そして浮上

  • 投稿者:コロポ
  • 投稿日:2014年 1月27日(月)17時07分35秒
 
 みなさんおおいに楽しんだと思いますが、だいたいがあんなにアコーディオンにのめりこんでいるなんて誰も思っていないでしょうから、
 楽器ができるというだけで同窓会のスター。
とりあえずというか、「高校3年生」。
世代的にはこれ一つでOK,歌いだしだけそろうように気をつけて。

http://homepage2.nifty.com/coropo/index.html


  • [53]
  • 撃沈

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 1月26日(日)23時47分30秒
 
高校生時代の同窓生の気のおけない、というより、優しい友達。  アコを担いできたということで、気を使っていただいて、あこの時間を作ってくれました。 で、好きな曲を、好きな風にひいているうちに、川井君、みんなが歌える歌を弾いてよ、というリクエストが入り、結局、浜辺の歌と、故郷でおしまい、ということで、見事に撃沈。 友達の暖かい友情に支えられ、赤っ恥をかかずにすみましたが、友人の心に響く演奏ができたにかといえば、だめでした。
再度、勉強をし直して、でなおします。

  • [52]
  • 脳内映像 part8

  • 投稿者:川井浩
  • 投稿日:2014年 1月26日(日)11時53分37秒
 
コロポさんやヴィオレッタさんに背中を押してもらったので、今日は自分の好きな曲を、自分が楽しむ感じで、脳内には勝手な映像を垂れ流しにして、弾いて来ることにしようっと。
自分が楽しい事がいいのだ! これでいいのだ!(ほぼ完璧にバカボンのパパ状態)。

  • [51]
  • おぉ!!

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月26日(日)03時40分59秒
 
おもしろいですね~、皆様の 脳内映像 のお話。
私も掲示板開けてビックリ、part 5 とは、すごい~

▼長野のkazu様
初めまして m( _  _ )m
長野のkazu様と 脳内映像オカルト度がご同様だなんて、何だかすっごく嬉しいです。

遅ればせながら、先月のコンクールでの演奏、本当に素晴らしかったです。
おめでとうございます。


▼千明さま
千明さまのおかげさまで、皆さんの脳内映像を知ることができて、楽しいです。
ありがとうございます

…ポイ とは… また なんとマニアックな… (笑)


▼オカルト感覚ゼロの男さん

〉ぼくの場合それは、作者が壮大なオーケストラの前に立って指揮棒振ってる風景やなあ。、、......................
〉きっと彼『作者』は、今この旋律こう思って指揮棒振るってゆうイメージがあたまのなかいっぱいになって、なんとかそのとおりにひきたい!!っておもてるなあ。

スゴい~、スケールが違いますね。

以前、別の楽器をやっていた時、私もオーケストラの風景よぎったことがあったんですが、大失敗、
何だか、NHK音楽番組のカメラワークの影響か、
どんどん脳内映像が オケのヒキから 寄り に切り替わって、演奏者に近づいていってしまって、
挙句、「その第二バイオリンの、そのおじさまのヒゲが気になる~~~」
なんてアホな雑念だらけになって、結果、演奏乱れ倒したことがあります。

脳内映像、薬にも、毒にもなり。

以来、自分にとってはオケ映像が鬼門になってしまいましたが、
逆に、オケの指揮者的に壮大なスケールで演奏できる方、すごく憧れます。

〉脳内音像よぎるのは、その作者の別の作品のメロディやなあ。

スゴい、脳が、あっちこっちで独立分割活動しているんでしょうか…
凡人にはとうてい無理です~


▼川井様
昔TVでやっていたんですが、人間をザックリ大雑把に分けると、「文字で記憶するタイプ」と、「映像で記憶するタイプ」に分かれるんだそうです。

〉そろそろ脳のバッファーメモリーのバッテリーも老化しているため、なかなか先に進みませんが

…笑
私は完全に映像記憶タイプなので、脳のメモリーをやたら喰うし、すぐに一杯になるし、で、動画が若干やっかいです。
今は何とか、メモリー交換で対処してますが、川井様のおっしゃるバッテリー、私は人一倍劣化が早そうな。。。

ぁ、今日は、川井様は、同窓会での演奏会ですね!
どうぞ、楽しい時間をお過ごし下さいませ!


  • [50]
  • わぁ!!

  • 投稿者:千明
  • 投稿日:2014年 1月26日(日)00時10分41秒
 
『脳内映像』で、意味合っているかな?と思っていたのに、、、part5まで来ている!!
人によって映像の種類はいろいろだけど、よくあることで、やっぱり気分良く弾けている時が多いんですね。
人の頭の中はみえないので、いろんなお話が聞かせていただけて、おもしろいです!!
オカルト感覚ゼロの男さんの『その作者の別の作品のメロディ』が意外でした。誰が作ったのかも知らないで弾いてることも多いので、、、たまには気にしてみようと思います。




  • [49]
  • 脳内映像part5

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 1月25日(土)11時32分35秒
 
人の脳はLocation(場所)との関連で物事を強く印象づけて記憶するということがあるとNHKのがってんの番組でやっていた。 修学旅行のまくら投げや、温泉一泊つきのセミナーなど、思い出としても、お勉強としても有効であるらしい。

で、いくつかの音楽は、やはりいつもいくつかの情景として脳内映像となってつながっていることが多い。 昭和30年代の荒川区南千住、下町の場末ともいえるような場所だったけど、僕の子供頃にいた場所。 近所の三ノ輪銀座の入り口、都電早稲田線の始発地点、都電三ノ輪駅に近い、八百屋の店先で、一山いくらのミカンを見ていた時に、その八百屋の店先のラジオから流れてきたのが初めて聞いたElvis PresleyのKiss me quick。 まだ小学6年生か中学入りたてのころだったはずの僕には強烈にして心地よいその歌。 今でも、この歌が流れると、僕の脳内映像は一瞬にして昔の、南千住の三ノ輪銀座の都電の入り口ちかくの小さな八百屋の店先にならんだざるにやまもりの一山いくらというミカンを前にして、ミカンをかうのではなく、その曲に聞き入っていた自分を思い出します。
Elvis Presley - Kiss me quick
http://www.youtube.com/watch?v=VPDY8NU3N0o

自分でアコを弾く場合は、僕の場合は、楽譜はほとんど使わずに、気に入った曲を何度も聴いて、耳から入った音楽を自分のイメージで演奏して楽しんでいることが多いので、そろそろ脳のバッファーメモリーのバッテリーも老化しているため、なかなか先に進みませんが、そこそこ、まぁまぁ、納得の行くレベルに達するまでは、運指とアコから流れ出てくる音楽の出来具合に神経が集中してしまい、映像どころでは無い。 やがて、これがまぁ、そこそこ弾けるようになると、やはり曲の持つイメージから、さまざまな映像や思い出や、いろいろな事柄が浮かび上がってきますね。 聴いている人の脳内にもさまざまな脳内映像ができるはずなおので、その映像が途切れたり、ボケたり、しないような演奏をしないといけませんね。 緊張状態では脳内映像が乱れるのは皆様と同じのようです。 

  • [48]
  • 脳内映像 parte 4

  • 投稿者:オカルト感覚ゼロの男
  • 投稿日:2014年 1月25日(土)04時25分55秒
 
あかんねえ~~~、ぼく、ざんねんながらぜんぜんあかんわ、、これじゃあロボットダンスすらできへんわ。

曲のイメージの景色、自分なりの物語、ぜんぜんでてきたためしないよ~~~!!

大体そもそも曲で風景を思い浮かべたためしがない、とゆうか、曲は単なる曲で、どーさかだちしても、脳内映像が風景や踊りにならへんよもう~~~~!!

これってやばいよねえ、オカルトゼロパーセントやもん。

本番演奏中、心をよぎるのは『まちごーたらいっかんのおわり』ゆう極度の緊張しかないとゆうても過言ではない、いや、過言どころか実際それしかないでえ。

ただでも練習のときはその演奏だいぶとできあがってきだしたらおもいあたるもんはある。
ぼくの場合それは、作者が壮大なオーケストラの前に立って指揮棒振ってる風景やなあ。、、......................
そして、そのとおりにその指揮棒のタイミングどおりに次のおと出すことその指揮棒の表現どおりにその次のおと出すこと脳内映像してるとおもう。きっと彼『作者』は、今この旋律こう思って指揮棒振るってゆうイメージがあたまのなかいっぱいになって、なんとかそのとおりにひきたい!!っておもてるなあ。

あと、もうひとつ、よく練習中に脳内映像じゃなく脳内怨霊、あ、ごめん違う脳内音像よぎるのは、その作者の別の作品のメロディやなあ。

何でかなあ?作者の別の作品垣間見ることによって、今自分が弾こうとするその作者の曲のメロディが音の動きが、なぜその違う曲ではなくこの曲のようになってるのか?

を、その曲だけを見つめてるよりも、はるかに高い次元で解釈できるようなきーがするから、あるいは、その同一作者の別の曲を脳内によぎらすことで、今まさしく弾くこの曲のメロディの意義・輪郭がよりはっきり見えるから、、ゆうかんじやねえ。


  • [47]
  • 脳内映像 part3

  • 投稿者:長野のkazu
  • 投稿日:2014年 1月25日(土)02時36分54秒
 
よかった! 私も同じです。
弾く時は完璧に風景や、実体験を勝手に自分なりに物語にして曲にすり替えて弾いてますね。
それと暗譜はしてるんだけど、頭の中では五線譜の真ん中で音符の中を泳いでる様な感覚かなぁ~?
まさしく調子の良い時は自分を自分で客観的に観てる様な感覚です。(幽体離脱か~!)
ギャーッ、オカルトですねー!
失礼しました、


  • [46]
  • 脳内映像 part 2

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月25日(土)00時07分4秒
 
わぁ。千明さまも、ですか☆

私も普段は千明様と同じように、曲のイメージの景色の映像が多いんですが、
踊りに関連する曲限定で、踊り手の映像のようです。(踊っている人物は、自分じゃないことの方が
多い)
曲の完成度が低かったり、緊張しちゃうと、残念ながら見られませんね~~


  • [45]
  • 脳内映像

  • 投稿者:千明
  • 投稿日:2014年 1月24日(金)23時17分22秒
 
弾くとき、頭の中に映像が流れます!わたしは曲のイメージの景色です。緊張すると消えてしまうのですが…
ヴィオレッタさんとは違うタイプの映像なんですけど、「みんな映像が流れたりするのかな?」と思っていたので、ちょっと、うれしかったです。

私はかなり鈍いけれど、機会があったら光るポイを使ったダンスがしてみたいなぁ。

  • [44]
  • 追記

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月24日(金)14時13分28秒
 
月刊ディスコサウンド編集長様

過日ご紹介いただいた、ロマンス、拝見しました。
懐メロ番組で耳にしていた程度で、リアルタイムでは聴いてない曲ですが、
素敵ですね~
ひょうたん島 も他も、見入ってしまいました

〉踊り子てゆうてもいろんなタイプがあるやろうよってに、ヴィオレッタさんどんなタイプの踊り子なのか、さわりだけでもいいからおしえてよ!

あまり詳しいとちょっと差し障りがでるので、「さわりだけ」で。。。

〉① 伊豆の踊り子 みたいなタイプ
〉② フラッシュダンスっぽいの
〉③ マイムマイムetc.フォークダンス
〉④ マイケルジャクソン タイプ
〉⑤ サタデーナイトフィーヴァー / ザナドゥ 系
〉⑥ 盆踊り 阿波踊り 系
〉⑦ タンゴ/ワルツとか社交ダンス 系
〉⑧ ゴーゴー
〉⑨ 能楽
〉⑩ ロボットダンス
〉このうちの、どれかに、あてはまりそうなのんありますか?

ぁ、残念。。。ありませんデス
(ただ、3、は、機会があればやってみたい気も。。)

〉『踊るための曲を、踊る時と同じ呼吸とテンションで、弾いておりました。』
〉、、、って気になる気になるいったいどんなん????

え…と…文字の通りなんですが、
う…ん、別の言い方をするなら、
弾いている間、頭の中では、自分が踊ってる映像が流れてた。。。

…って、
オカルトですかね…
まぁ、たとえそれが邪道だとしても、どうぞご容赦を…

〉ヴィオレッタさんは『自分の選んだ路線が間違っていないんだ』とゆうことですがヴィオレッタさんから見てぼくの選んだ路線は間違ってたでしょうか???

え~と……
文字の省略はいけませんね、すみません
『自分の選んだ【自分の】路線が間違っていないんだ』でした

  • [43]
  • オ~イェ~イ!!ヒロシナイトフィーヴァーの火がついたぞ!

  • 投稿者:月刊ディスコサウンド編集長
  • 投稿日:2014年 1月23日(木)22時27分40秒
 
次回ヴィオレッタさんが預言者の館にいけば、ヴィオレッタ様には、特別ちゅうの特別で『アコ1台につき2台がおまけでついてくる』、ぐらいの勢いまでいってるやん、すごい!!

それでまあ預言者も『まだ踊っていらっしゃるところを拝見したわけではありませんが』てゆうことらしいけど、

踊り子てゆうてもいろんなタイプがあるやろうよってに、ヴィオレッタさんどんなタイプの踊り子なのか、さわりだけでもいいからおしえてよ!

① 伊豆の踊り子 みたいなタイプ
② フラッシュダンスっぽいの
③ マイムマイムetc.フォークダンス
④ マイケルジャクソン タイプ
⑤ サタデーナイトフィーヴァー / ザナドゥ 系
⑥ 盆踊り 阿波踊り 系
⑦ タンゴ/ワルツとか社交ダンス 系
⑧ ゴーゴー
⑨ 能楽
⑩ ロボットダンス

このうちの、どれかに、あてはまりそうなのんありますか?

ぼくのヴィオレッタさんに描く勝手なイメージでは②かな??

『踊るための曲を、踊る時と同じ呼吸とテンションで、弾いておりました。』
、、、って気になる気になるいったいどんなん????

シュトラウスの皇帝円舞曲??オリヴィアニュートンジョンのフィズィカル??


ねえねえ聞いて!!ぼくも一回だけディスコいったことあるよ。
ジルダってゆうローマで一番の老舗ディスコ。

知り合いのロシア人の女の子2人組みに無理やりついてこさされたねん。(15ねんくらいまえかなあ?)

ほいじゃあなんでか?ディスコん中で、やっとその子たちなんでぼくについてこさせたんかその作戦わかったよ。

ぼくんとこに
男たちがどんどんやってきて、交渉もうしこまれてね、
つまりそのロシア人の女の子2人組みは、ディスコでただ単に踊りたいだけで男たちに絡まれたくないから用心棒置く発想でついてこさせたんだよ。

よーするにディスコの中にいた女の子引っ掛けようとしてる男たちの大半が、ぼくのこと『ロシア人娼婦たちを操る中国人マフィアのボス』とおもったみたい。

、、、、幸か不幸か、とにかく、そんなあんまりにもまちがったスィチュエイションのおかげで普通の客は はいることできないVIPゾーンに招かれて、自動的にサービスされるシャンパン飲んどったんおぼえてる。

でも、その女の子たちに絡んでこようとしてくる男が現れるたんびに、応援にいかなあかんくって、その男さえぎって、ロシア女の子の手をとって踊らんとあかんかったから体力的にアコーディオン演奏以上にきつかった。

ちなみにそのときに踊ってたぼくの踊りは ⑩ ロボットダンス でした。

ヴィオレッタさんは『自分の選んだ路線が間違っていないんだ』とゆうことですがヴィオレッタさんから見てぼくの選んだ路線は間違ってたでしょうか???

あ、ちょとまって、ヴィオレッタさんの選んだ路線とゆうのんは近い将来ヴィオレッタさんのアコーディオン伴奏で預言者ピロシーストラ氏がサタデーナイトフィーヴァー踊 ってことだよねえ??

本日も妄想が爆発して申し訳ありません。きょうにかぎったことではないんであきらめてください。

あのさあ、日本ではとても想像つかない世界事情はなしたいから

さらにはなしがそれちゃうけどね、その知り合いのロシア人の女の子たちね、そのうちの一人はもう一人のほうの友達で事情よくしらんかったけどとにかくロシア人観光客相手の観光ガイドしとって、そのもう一人のほうが、よく知ってて、その子はアリタリア航空のスチュワーデスやっとって、その後イタリア人と結婚、イタリア国籍獲得してそしてその半年もせんうちに離婚してた。

つまりね、彼女はロシア脱出のためにそのすべてを計画的におこなった子だったよ。

国民一人ひとりは何の罪もない何の悪意もないのに、ロシア国家は残念ながら完全な軍事国家で、彼女に限らず、何人も脱出したい人まのあたりにみてきたねん。

世界事情は深刻だよ。

日本民族は本当に、世界各国の人の想像を絶する安全の中にいるよ。もちろんぼくが日本はなれてるからこそそんな悲壮な諸外国の現実をかいまみることができるわけやけども、

ちょとでも、少しでも、ぼくことあるごとにこの掲示板で、そんなあんまりにも違う世界事情とその緊迫を、アコーディオンやるみんなに理解してもらって、

日本で演奏できること、日本で音楽できることの幸運をぜひ実感して、おのおのの音楽に反映させていってほしいと思っているのです。。


  • [42]
  • ぁら。まぁ。照れ。嬉しぃぃ。

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月23日(木)08時20分8秒
 
WOW!
開けてビックリ、掲示板。
ありがとうございます!すんごく、嬉しいです☆

オカルトマニア1世様のお話を、ずっと、考えていたんです。

〉本当は何のけがれも罪もない子供たちに『音楽の喜びと感動』との出会いをつくってあげるのが先生の重要な仕事だ、しかしその子供の親がそもそもお稽古事の一環のつもりでしかない
〉『生きる喜びや感動を知らない子供』が育ち、そんな子供が大人になり、親になる

どうして、そんなことになっちゃってるんだろう…と。

で、そこで思い当たっていたのが、
日本では、生まれてまだものごころもついていないうちから溢れる音楽で踊り狂う現場…みたいなものが、あまりないからなあ。と。
(沖縄では違いそうですけどね、小さい頃から自然に、琉球民謡に合わせて身体が動いちゃう、親戚一同集まる会ではどこからともなく三線登場…みたいな)

話はちょっと飛びますが…

ロマ (いわゆる、欧州のジプシー) を観察してると、
彼らは理屈抜きに、心から音楽を楽しむDNAや、環境を持っているなぁと。
彼らにとって、音楽は、生活そのもの、心をあらわすこと。
表現すること、イコール、奏でること、踊ること。

でも彼らは楽譜は全く読めないし、文字すら読めない、書けない。そもそも、文字が、無い。
音楽と踊りは一体で、感情も一体で、それらは切っても切り離せず、理屈じゃないんですね。。。

で、私は踊り子でもあるので、そういう、総合的な音楽表現を目指しているわけなんですが、
そんな変わった表現者は、日本のお稽古ごと文化で受けいられるわけもなく。。。

なんて矢先に、柏にアコを探しにうかがったわけなんですが。。。


まさか、そんな、悶々(?)が、
過日の柏滞在の数時間の間に、川井様に伝わってしまうとは思いませんでした!
音楽って、コワい、音楽って、スゴい。

〉彼女の演奏を聴くと、なにか、ダンスと音楽というのはかなり近い関係にあるような気がします

まさに、踊るための曲を、踊る時と同じ呼吸とテンションで、弾いて(つま弾いて)おりました。
伝わるんですね~~。感動です。
過大評価していただき恐縮ですが、
川井様のお言葉は、自分の選んだ路線が間違っていないんだ、と、励みになります!
ありがとうございます!




  • [41]
  • フロイト的無意識の存在

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 1月22日(水)23時02分44秒
 
日本舞踊評論家様はもしかして、心理学をおやりになられるのでしょうか? たしかに、私の中の無意識がVioletta様をあこがれの対象としてしまったことに私が気が付かずに、その無意識の命ずるまま、Violettaさん=踊り=ダンス=二人で踊るダンスと揺れ動く内なる欲望を隠さんがために無理やりアコーディオンに話題をくっつけた。。。。 うーむ、そうだったのかもしれない。。。。

あくまで無意識ですが。 そういえば、Violettaさんは和舞なのか、洋舞なのか、ラップなのか、ジルバなのか、ツイストなのか、マンボか、ドドンパなのか、盆踊りなのか、御立場の上の羽の扇をもってのディスコなのか、知らないのです。 もしかして、また、無意識が暴走して勝手にあらゆる場面を想定している可能性がある。

ただ、ここで、正直に白状すれば、少なくとも、小生はViolettaさんを「尊敬」する多くの人の一人である、ということは申し上げても間違いではありません。

ウィーンの楽友協会のニューイヤーズコンサートを聴きに来る正装の聴衆の身じろぎもせず、拍手のタイミングも間違えず、お行儀の良い硬い態度が、トリのラデツキーマルシュで拍手をしてもいいぞと指揮者に許可された時の幸せそうな笑顔を見ると、やはり、音楽は参加型が面白いし、Andre Rieuの演奏会の聴衆の酒は飲むは、踊り出すは、チューチューして抱き合うわ、一緒に歌っちゃうわ、という全員参加型演奏会のほうが断然楽しいね。 彼はむしろ聴衆を歌わせたり、積極的に参加させてコミュニケーションを取っている。 むしろじっとして聞いている人たちのほうがまれなのだ。 音楽を聴けば、心を開いている人なら、身体が動くのではないか。 聴衆がかしこまって固まっていては演奏者とコミュニケーションが取れない。 レシプロアクティブな関係が大切なのだ。 人が踊り出すような音楽は楽しいし、感動を体の動きで表現することで演奏者と感動をシェアしたという意思表示ができることが大きいのではないか。 これが相乗効果となり、会場に感動の渦ができるように思える。 だ・か・ら、か・ら・だ! と無意識がまた何かを言い出そうとしている。  

  • [40]
  • よーするに預言者ピロシーストラ氏はヴィオレッタさんにぞっこんってことだ。

  • 投稿者:日本舞踊評論家
  • 投稿日:2014年 1月22日(水)20時03分16秒
 
この突拍子もないあんまりにもいきなりの音楽=ダンス説

怪しげなディスコに誘ってヴィオレッタさんといっしょにおどりたいわけだよね?

『素敵なダンス文化が育てばいいなぁ。』ってゆうのんは本来
ヴィオレッタさんと『素敵な関係が育てばいいなぁ。』ってゆーてるにひとしい、いや、まさしくそうだ!

『そんなところにもアコは合うはずだから。』、、、なにもかもこじつけとまではゆわへんし、

まあ、ひとのことぶーぶーゆーてるぼくかてオカルト妹ぞっこんでセクハラ三昧やってるよってになあ。。人は幾歳になっても恋の炎に燃え上がらなければ音楽なんてできっこないこことはゆーまでもいから決して犯罪ではないとゆーことにしておこう。

『自己を表現するのにあまりにも引っ込み思案ではないのか?』てゆーのんは日本やから大いにあると思う、つまり島国で守られてて安定して自己を表現する必要なくたやすく生きていけるからね、ヨーロッパでは貧民国連中やアフリカ人アジア人を主とする出稼ぎ連中がわんさかの生存競争の嵐やから。

そんな安心の日本から多くの外国人が日本での居住権を獲得したがっていることは、ゆうまでもない。


  • [39]
  • ダンスと音楽

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 1月21日(火)21時58分57秒
 

麗しのViolettaさんはダンスを生業にしている(らしい)素敵な女性です。 まだ踊っていらっしゃるところを拝見したわけではありませんが。 で、ダンスと音楽って切っても切れない関係。 で、彼女の演奏はダイナミック。 ダイナミックというのは、ピアニッシモからTuttiと5本指とベースで鳴らす大音響までの演出がうまい。 彼女の演奏を聴くと、なにか、ダンスと音楽というのはかなり近い関係にあるような気がします。 音楽の無いダンス、ダンスの無い音楽、よりは、音楽のあるダンス、ダンスのある音楽のほうがより感動が高まる感じがする。 ダンスを知る人の音楽、音楽を知る人のダンス。 これはどちらも奥が深そうだ。 

そもそも日本人はダンスが不得手ではないのか? 自己を表現するのにあまりにも引っ込み思案ではないのか? よろこびや、悲しみや、可笑しさや、怒りを身体で表現できるダンスという文化が未成熟であるように思える。 それも、男女のペアで踊るダンス、一人で踊るダンス、ラインで踊るダンス、手をつないで踊るダンス、肩を組んで踊るダンス、組で踊るダンス、いろいろなダンスがあれど、バブルがはじけて、怪しげなディスコも消えて、本来のダンスも消えてしまったように思える。 もっと、素敵なダンス文化が育てばいいなぁ。 そんなところにもアコは合うはずだから。



  • [38]
  • ヴィオレッタさん まじめに演奏みてくれてありがとう。

  • 投稿者:オカルトマニア1世
  • 投稿日:2014年 1月17日(金)22時53分49秒
 
『 おけいこごとの 』音楽教育を子供にさせるだけで安心してる親にも、問題があるとおもうねえ。

本当は何のけがれも罪もない子供たちに『音楽の喜びと感動』との出会いをつくってあげるのが先生の重要な仕事だ、

しかしその子供の親がそもそもお稽古事の一環のつもりでしかないから、教える先生側も、だんだんそんなんでええようになってくる。

そういえば そんなんではあかんことを、オカルトマニア2世が、アコーディオンを始めたことで気づき、自分の音楽も教え方も何もかも変わったこと時々記事に書いてくれること読んでて、すっごいうれしいなあ。

さて、親のそういうお稽古事感覚が、音楽だけにかぎらず
『生きる喜びや感動を知らない子供』が育ち、そんな子供が大人になり、親になるから、お稽古事文化がはびこり、まさしく悪循環なわけだ。

『愛を感じて感動することが人の生きる意味、そして音楽で感動を分かち合うことこそ宇宙から与えられた自分の使命』と信じて生きてきた自分には、本当にこのお稽古事感覚文化が理解不能とゆうか、その、それでは生きてて幸せを知らなすぎるとおもう。

、、、、、、、、、ってちょっとすごい!こんなにまじめな文章が続くのは何十年ぶり??てゆうかんじやけど、よくできました!、と、じぶんでほめておこう。

『感動』が音楽やからさあ、たとえば、YOUTUBE で見る日本のアコーディオン演奏では、特に、ときどきあるほんとうにど~しよ~もない歌謡曲演奏にがんばってるんをはげますとかゆうのんでなく大絶賛のコメントの嵐になってるのんは、
ぼくはほんまにげ~はきそ~なくらいきもちわるくなるねえ。

そんなひとたちって音楽に『感動 』したためしないんだろうか??
あるいは『感動』しないもんに『感動した』って平気でゆうことできるいんちき人生のひとなのか?

ゆーとくけど歌謡曲には感動がないとゆーてるんとちがうでえ、そのまったく逆やからね。
そして演奏するひとはいったいぜんたい生きていて本人にとっても『感動 』したことないんかねえ?したくないんかねえ?そして感動のない演奏ではあかんことを奏者につたえたくないんかねえ??

まあいいやあ、とにかくそんな日本の『お稽古事でよかれ』文化がはびこるからこそ、頭のさえた青少年少女たちは日本の音楽から遠ざかり西洋音楽にあこがれるのかもしらん。
一見 日本ではなじみのうすい曲ばっかししかやってへん風にみられがちかもしらんザキングオブポップアコーディオンやけど、

実際には日本の歌謡曲にもとっても造詣が深い?、、、
かど~かはともかく、とにかく金剛コロ二ーでみんなと一緒にやってたころからアコーディオンでどんどん日本の歌謡曲弾いてたし、それはもちろん自分の演奏でみんなと感動を分かち合うためだ。

ザキングオブポップアコーディオンは、自分が心に受けた感動をいかに人に伝えるか?を、生演奏のアコーディオンに託して音にします。

岩崎宏美ちゃんの 『ロマンス』この演奏はぼくのYOUTUBEビデオの中でも、特にすきな演奏のうちのひとつです、ぜひみてください。歌謡曲はこうやって弾くのだ!!
http://youtu.be/EGO5JJBG4-k


  • [37]
  • 音楽性

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月17日(金)13時00分45秒
 
週間オカルトタイム編集長様、なんて素敵な美女と野獣なんでしょう!
(他、ダンシング・クイーン等 にも見入っちゃいました。)
キングオブPOPsの名を欲しいまま。。。

素人には、ゆったりとした抒情的な曲は、アラが目立つことハンパないので、相~当ハードルは高いです…
が、とにかく、一歩一歩、ですね…


〉ゆったりとした豊かな音楽表現を生徒に見出さしてくれる先生に欠けるのが日本の音楽教育事情みたいなきーがする。つまり預言者ピロシーストラ氏のことばでゆう日本の『おけいこごとの』音楽教育なわけだ。

ぁ。それが、川井様の度々おっしゃる、「おけいこごと」の意味なんですね! ガッテン。
ぁぁ。そうなんですね!
私も、ソレの、ドロップアウト組(?) なので、わかります…
音楽性を犠牲にしてまで、メカ (アコーディオン) に振り回されるのを推奨される(?) のは、どうも相に合わなくて。。。


  • [36]
  • 『テクニックに追われない、そういった、抒情歌や懐メロ的な、ちょっと日本的で豊かなジャンルクラス』

  • 投稿者:週間オカルトタイム編集長
  • 投稿日:2014年 1月17日(金)00時51分31秒
 
がいつの日かできれば、わるいけど優勝候補オルガンサロンノエルさんおさえてキングオブザポップアコーディオンが優勝だ!!

いや、じょーだんゆーてるわけやないでえ、みてええ~~~!!
『アコの原点と言える、懐かしさや、ゆったりとした豊かな音楽表現 』
ウォルトディズニー 美女と野獣 もう6年前の録画だよ
http://youtu.be/9rqWtq0RxVc

ほんまにこういう抒情歌こそオカルト男の超得意分野やからねえ。じぶんでゆうのんもなんだけど、オカルト男の演奏は、いつも ちょっとどころかものすっごい日本人的神経質さがあふれ出してる。

ほんでまあぎゃくにゆうてみたらそういうゆったりとした豊かな音楽表現を生徒に見出さしてくれる先生に欠けるのが日本の音楽教育事情みたいなきーがする。つまり預言者ピロシーストラ氏のことばでゆう日本の『おけいこごとの』音楽教育なわけだ。

そうおもうとやっぱしオルガンサロンノエルさんが『高齢施設での演奏を目的に始めたアコ』だからこそ、その確固とした人に愛情を伝えるための音楽演奏の目的持ってるからこそ、先日も入賞したに違いない。


  • [35]
  • 大きな励みになりました

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2014年 1月16日(木)18時52分19秒
 
ヴィオレッタ様 ありがとうございます。大会後 実行委員長さまに私の感想文という形でメールした文だったのでしたが、いつの間にか全国の皆様が読まれる機関紙に掲載されて、恐縮してしまいました。

 高齢施設での演奏を目的に始めたアコなので、上達できた暁にはたのしく私らしい演奏をしたいと思います。ありがとうございました。

  • [34]
  • 豊かな音楽表現

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月16日(木)18時31分8秒
 
オルガンサロン NOEL様、ありがとうございます。

ちょうど、たまたまなんですが、
先日、とある楽器店に置かれていた、某団体の会報誌をみつけたのですが、
その中に、なんと、オルガンサロン NOEL 様の投稿記事発見!
グッドタイミング!

その中で オルガンサロン NOEL様は、
(おそらく、受賞者としてのコメント依頼があったのでしょう、)
過日のコンクールのことに触れていらっしゃいました。

周りが難易度の高い曲の中、
アコの原点と言える、懐かしさや、ゆったりとした豊かな音楽表現を、
ちゃあんと審査で (会場からも) 、評価してもらうことができた、あたたかいエールに励まされた、
といったことを、コメントされていました。
(↑私の解釈が間違っていたらすみません)

すごく貴重な体験をされ、NOEL様が、それを糧に、前に前に進まれていることを感じ取りました。

素晴らしいです…
尊敬します…

テクニックに追われない、そういった、抒情歌や懐メロ的な、ちょっと日本的で豊かなジャンルクラスが、
いつの日かできれば嬉しいですね。。。


  • [33]
  • ポイントがずれてしまった感じですが

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2014年 1月16日(木)01時26分58秒
 
 コンクールの審査は、高度な技術面だけを評価している訳では決してないという事だけをお伝えしたいのです。

 稚拙な演奏でも、自分の選んだ曲としてどんな曲に仕上げようか 何を伝えたいのか など 考え楽しみながら弾く演奏をしっかりと、評価して下さいました。励みになりました。

  • [32]
  • ありがとうございます

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月15日(水)12時19分59秒
 
川井様、オルガンサロン NOEL様、トマトソース評論家様、
早速のご回答、ありがとうございました。
はぁ~、納得、ほぉ~、ナルホド、と、独り言しきり、で、読ませていただきました。
スッキリしました、うかがってよかったです☆


〉ジャンル別とまではいかなくてもせめて 唱歌や抒情歌などゆったりとした演奏曲が対象となるクラスがほしいと感じました

〉技術の高さを競うコンクールであるがゆえに、難易度の高い曲が多い

そういうことなんですね…


〉所詮コンクールなんてものは面白いもんじゃない、と思っていれば済むことかもしれません。 そこは、技術の力量を競う場所であって、人に感動を与えるとか、楽しさを与えるという場所では無い、ということだと思います。

それが現実、なんだかちょっと残念な気がしますが。


…そう言えば、川井様のお話で、自分も、その昔、スケート選手やってた事を思い出しました。
大会では、必死で、心から楽しむ余裕もなく、滑れ、回れ、跳べ、
勝敗が絡んで無いものの方が、はるかにのびのび楽しく…
ひと様のを観るにしても、エキシビションの方が、楽しく心躍る 、まさにソレでした。


〉でもコンテストでは『感動』の演奏ならどんなジャンルの音楽であっても審査員はとーぜん高得点つけたくなり、
〉それとは逆に『感動』がない演奏にも、とにかく点数つけんとあかんからめんどいよなあ。

長野の神様の演奏を拝聴していると、
前者の方なのでしょう、弾かれるのがたとえ何のジャンルであっても関係ないほど、
会場を感動の渦に巻き込んでいたので、
結果、ぶっちぎり。。。

極限状態での、そんな感動付きの演奏…

う~ん。。。
十年かかっても二十年かかっても、そんなすごい演奏を、
方向性として、目指せたらいいです。。。

ありがとうございました☆

  • [31]
  • YOUTUBEでは、人呼んで『The King of POP ACCORDION 』

  • 投稿者:トマトソース評論家
  • 投稿日:2014年 1月15日(水)01時01分58秒
 
の男の経験ではやっぱりそういうなんちゅうか、

『感動』に点数つけれるわけがないところを、無理やり点数つけるのんがコンテストなわけやけど、音楽は『感動』がないと意味がないとはっきし断言するよ。

でもコンテストでは『感動』の演奏ならどんなジャンルの音楽であっても審査員はとーぜん高得点つけたくなり、

それとは逆に『感動』がない演奏にも、とにかく点数つけんとあかんからめんどいよなあ。

そしてもちろん審査員たちもより公正な審査のために長時間にわたり緊張するから、コンテストは弾くもんも審査するもんも精神極限状態においこんでしまう過酷な出来事であることはゆうまでもない。

ただ、
ヴィオレッタさんやオルガンサロンノエルさんのゆうように、演歌もロックもクラッシックも、何でもかんでもおんなじ土俵で戦うことは

審査員だっておのおの専門分野があるからね、もちろん本人の得意分野でないときはおやつ食べながら聴いてるわけではないがライヴ審査中の極度の緊張状態では、自分の専門分野の音楽でなければ、本当は感動するはずだった音楽演奏ですら、その感動を逃してしまって審査判断ミスおこすことがありうる。

ゆえに、普通アコーディオンコンテストなら、割と多方面にわたる複数審査員 プラス音楽に精通しているがアコーディオンに関してはどしろーとである専門家にも一人か二人は審査員になってもらうことによって全体得点で何とかできるだけ公平な得点設定ができるようにしてあるわけだ。

つまりたとえば審査員5にんなら

審査員 い = ジャズアコーディオニスト
審査員 ろ = クラシックアコーディオニスト
審査員 ひ = ザキングオブポップアコーディオン
審査員 に = 音楽評論家
審査員 ほ = 月刊ピッツァ編集長

てゆーよーなぐわいだ。

さて、もしこれがヴィオレッタさんやオルガンサロンノエルさんが夢見るようなのを考えて日本の童謡アココンテストだったと想定しよう。

つまりたとえば審査員5にんなら

審査員 い = 日本の童謡アコーディオニスト
審査員 ろ = 小鳩くるみ
審査員 ひ = ザキングオブポップアコーディオン
審査員 に = 日本の童謡研究家
審査員 ほ = 月刊パスタ編集長

てゆーよーなぐわいだ。

音楽とゆうものは、かたよった聴線の感覚と、ごく一般的な感覚とゆうのんはおーおーにしてちがうもんだからどんなジャンル別にしたとしてもこの審査員ひ・ほ のような別の聴点から審査してくれる審査員がいることはとても大事だけれど、

とにかくこんなかんじでよりいっそう日本の童謡アコーディオニストナンバーワンを決定するのに、より平等性の高い審査が可能になってくるはずことはゆーまでもない。

ヨーロッパではたとえばスロヴェニアでスロヴェニアのフォークソングばっかしのスタイリッシュハーモニカコンテストみたいなんあるのYOUTUBEでみたことあるしジャズ専門アココンテストもあるよね。

そのことおもたら日本の童謡アココンテストや演歌アココンテストやってもなんにもおかしいことはないけど参加出場者数が今の日本のアコマニア絶対数からすると、そういうじゃんるわけして参加出場者数が、厳選されて人数減るとコンテスト運営の採算が取れないとゆう現実もあるやろうなあ。

ほんでまあちょっと話し変わるけどさあ、その、オルガンサロンさんがゆってた『シニアの選曲が定番の曲が多く』、、って、それゆっちゃあ悪いけど、ものすごアタマ悪いとおもう。

だって、コンテストでもなんでもそうやけど音楽演奏は,選曲で、もう、半分以上『勝負』ついたようなもんやからね。

そやからコンテストで定番なんて、それはまちがいなく頭悪い先生について習ってるいまななぱっとせーへんお弟子やねえ。きっとそういうお弟子さんは楽器も先生の言いなりのもん買わされて一生疑問におもわないで生きていくタイプなんやとおもう、かわいそ~~。。。

ぼくがもしコンテスト参加出場するなら???

ぼくやったら、ジャンル別に分かれていないほうがいいなあ、自分の演奏であらゆるタイプの音楽の『感動』をくつがえす感動になるかどうか??てゆう勝負いどみたいから。


  • [30]
  • 審査も難しいようです

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2014年 1月14日(火)21時27分13秒
 
ヴィオレッタさんの書き込み 私も似たような印象を受けました。関東アコの演奏コンクールの初級(初めて1年10か月)で出場したのですが、皆さんの演奏曲について違和感を覚えたものでした。

 初級は別として、シニアの選曲が定番の曲が多く 私の様な高齢者対象のゆったりとした曲などが殆どなかったのです。審査員数や会場の関係上 クラスを増やす大変さは理解できるので、ジャンル別とまではいかなくてもせめて 唱歌や抒情歌などゆったりとした演奏曲が対象となるクラスがほしいと感じました。

ただ審査員の中にはジャンル別に細分化が必要という意見もあるらしいので、今後が楽しみです。

  • [29]
  • アコ コンクール

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2014年 1月14日(火)21時19分4秒
 
ヴィオレッタさんへの直接の回答にならないと思うのですが、下記雑感。 私は熱心にコンクールを見に行ったことはないのですが、海外の場合は、やはり選曲により難易度の違いを評価したり、演奏技術を評価したり、ということが中心のように思われます。 ジャンル別というのはあまり聞いたことはありません。
ところで、過去になんどか、どこどこのアココンクールの入賞者の演奏が入ったCDとかをもらったことがあるのですが、どれを聴いても、大概の場合、あまり面白くないんですね。 技術の高さを競うコンクールであるがゆえに、難易度の高い曲が多いわけですが、そればかり聴いていてもちっとも面白くない。 僕の場合は、むしろ、聴いて楽しいかどうか、感動するかどうか、という基準でのコンクールは無いものか、と思えてしまいます。
アイススケート競技がもっぱら何回転できるか、を競うあまり、結構つまらないものになっていて、むしろ自由演技のプレゼンテーションのほうが見ていて楽しい、みたいなもんかな? しかし、それは主観の問題になるので、むしろコンクールという形式そのものにふさわしくないのかもしれない。

所詮コンクールなんてものは面白いもんじゃない、と思っていれば済むことかもしれません。 そこは、技術の力量を競う場所であって、人に感動を与えるとか、楽しさを与えるという場所では無い、ということだと思います。
だから、ジャンル別にしたところで、コンクールであれば、客観的に評価できる内容の演奏の弾き比べということになり、むしろ選曲は一曲に絞って、演奏を競争させるほうがフェアな評価ができるというものでしょう。 もちろん、かなりつまらない演奏会になると思いますけど。 ただ、コンクールとはそんなもんでしょう。 そんなもんのはずなのに、いろんな曲を弾かせて、あたかも楽しさも求めているかのごとき運営をするので、当然「違和感」が出てくるのだと思います。 そのコンクールが、楽しさや、感動を与えることを評価の基準にするのであれば、ジャンルはともかくとして、いろんな音楽や演奏方法があって楽しいコンクールになるのだと思うけど、それを納得のいく評価をしてもらえるのかどうか? それを評価できる人がいるのかどうか? となると心細い。

であれば、やはりコンクールという形式ではない演奏会のほうが間違いなく楽しいに違いない。 

  • [28]
  • ジャンル別なコンクール…?

  • 投稿者:ヴィオレッタ
  • 投稿日:2014年 1月14日(火)19時18分19秒
 
テーマがこのスレッドには適していないかもしれませんが、
メイン板に書くのもちょっとお恥ずかしので、こちらに失礼いたします。

素人な質問ですみません。

過日、初めてアコーディオンコンクールというものを拝見して、ちょっと違和感がありました。

ジュニア、シニア、一般、上級、ソリスト、パフォーマンス、的な区分があったのですが、
(他に経験年数を考慮する団体さんもあるようですが)

アコーディオンコンクールって、たいがい、こんな区分けなんでしょうか?

(音楽で競い合うことの善し悪し、賛否両論 は置いておいたとして、)
選曲のジャンル別に、同じ土俵に立てる…なんてことはあるんでしょうか?
日本で、世界で、どうなんでしょう…?

どうも、過日拝聴したがぎりでは、
クラッシックとミュゼット、日本民謡、ナツメロ、タンゴやジャズ、バルカン音楽等が、
一括りで同じ土俵で賞を競う…っていうのに、ものすご~く無理があるような……

もちろん、無差別級ジャンル不問のゴージャスな土俵もあっていいとは思うんですが…(長野の神様ぶっちぎり的…な)


(例えば、ですが
大学の文学部…と言ったって、日本文学、英文学、仏文学、独文学etc…学科別になっているわけだし、
いっそ、世界の音楽とは別に歩んでいる、日本民謡や唱歌、
加えて、世界中にファンがいる、J-popやアニメソング、などもひっくるめて、
日本的カテゴリーを別途確立しっちゃっても、
むしろ若者取り込みになるんじゃないかしらん…?なんて、くだらないことも、薄っすら思います)


選曲によってカテゴリーが分かれる、ジャンル別コンクールって、無いんでしょうか?

  • [27]
  • みなさんお願いします、たのむから、写真をみてください。

  • 投稿者:アコリック1世
  • 投稿日:2013年 7月22日(月)20時04分14秒
 
いつもながらの、目をそむけたくなる悲惨な衝撃写真ですみません。

これでは若葉マークの人も、まだ無免許の人も、これじゃあどー考えても演奏不可能なのわかるよね。

なぜなら、アコーディオンの定石ではないからだ。!!!

しかし、そんなことですら、まったくのどしろーとなら、これでは演奏不可能であることすらわからないのだ。

音楽に定石は存在しない。
しかし楽器演奏には、おのおのの楽器の特性にかなった演奏法の定石は存在する。

けれど、現在若葉マークの人や無免許運転中の人がいきなり定石の光を鮮明にみいだして実態をつかむことができるなら、

すでに27年楽器抱いてるオカルトマニアは永遠に棺おけのなかにほりこまれ封印されて、にどと、どーでもええはなしやセクハラ聞く必要なくなるに違いない。

いいじゃあないですか、定石なんにもみすかすことできなくても
すでに一歩ずつ、確実に
何が定石ではないか?が、わかってきている。わかりだす。

それこそが、おのおのの、音楽演奏の進歩、始めなければ、やらなければ決してわかることないままに人生あっけなく終わる。

アコーディオン始めるからすばらしい、つづけているから、すばらしい、音楽で人と心をわかりあい音楽の美しさに再び喜ぶことができる。!

あせることなんか何にもない、おのおのが、今日も一歩、明日も一歩あるけばそれが生きる喜び、音楽の喜びだ、。


  • [26]
  • 確かに定石がアコの上に載っています

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)22時05分12秒
 
成程アコの定石が見えます。軽石の様な石と綺麗に摩耗したような石が載っていますね。まさしくアコの定石です(笑) これ考えるのに何時間かかったのでしょうね。
 保育園長だった父が園児に「手品見せて~」といわれると、掌に砂をのせて「ほら 手砂だよ」って、言ってたのを思い出しましたよ。

 また 全国TVクイズ番組中 あと一問で優勝というところまで行った宮城県の人のことです。アナウンサーが「あと一問です。さ~。身体の部位でヒのつく部位はどこでしょう」と優勝を意識して叫んだところ。宮城県の回答者はなんと「 膝 というべきところを しじゃかぶ」と。絶叫したアナウンサーはおまけして再度質問で、今度は「セのつく部位はどこ」と。それには「しなが」と回答しました。
残念ながら優勝を逃したというお話は、当時大変面白おかしく報道されたものでしたが。

 さてアコの定石でしたね。若葉マークの私にはその実態は殆どまだわかりません。ベローイング 指使い スイッチの使い方 伴奏法 和音付け などの定石のことでしょうか。

  • [25]
  • みなさんお願いします、たのむから、写真①をみてください。

  • 投稿者:オカルトマニヤ1世
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)19時21分28秒
 
『アコーディオンの定石』

やばいとか、白い目とか そんなんはるかにと~りこした、なんか、寒~い無言の反応なんかもしらんけど、

ゆるしてやっておくんなせ~
こんなことしかできね~古~い男なんでござんす。

『兄様がよく言われる「アコーデイオンの定石」というのは、、、、、、』
正確には、兄きだけがよくゆってるんであって
もしかしたらあんましみんなゆわへんポピュラーなことばではないのかもしれない。
けれど

定石とゆうことばは、結構ポピュラーにちがいない。
テニスやサッカーetc.といったスポーツ競技にも、もちろん定石があるし、

碁石並べ大会や将棋名人戦に定石はつき物、だがしかし魔物がとりついたわけではない。
定石どーりに駒 打たんことには、どんどんどんどん負けがちかづくことはゆーまでもないからだ。

花札やポーカーといった、次に出てくるカードが かなり未知な部分のあるのんですら
確率表その他の試合方程式に基づいた定石が存在する。

ちょっとまてよ、未知な部分はまだしられていないんだから『未知な部分がすでにある』とゆうのは表現に誤りがあるかもしれない、ただしくは『未知な部分が未知』かなあ??

そして、ほとんどの人がレオナルドダヴィンチやアルベルトアインシュタインみたいな天才的な才能無いからね、

奇をてらって定石ではないことやっても、あとがつづかんとおおよそ失敗してしまう。
逆に定石さえ守って駒を進めれば、だ~れでもええせんいくこともゆうまでもないのである。

つまり『定石』とは、だれもがやることなんで めあたらしさこそないが安全確実絶対大丈夫な手段にちがいない!!とゆうことが、うっすらながら見えてきたのではないだろうか?

つまり定石やることは

転ばぬ先の杖
石橋を叩いてわれる
ぐらいに人間の社会生活には必要不可欠なこと。(注。きょうはどーぶつでてけーへんからもうやんぴ)

さて、ここで はなしをよ~やく『アコーディオンの定石』にもどそう。

彼女がゆっていたように、もちろん蛇腹の使い方にも定石はある。
たとえばそのほんの少し例を挙げてみたら
『曲の頭は蛇腹完閉の状態からスタートすること』、とか
『ベロベロシェイクを蛇腹完閉の状態からスタートすること』、、とか、。

しかしこの2項目に関してゆうと、
必ずしも蛇腹完閉の状態出なくても、観客とのタイミングとか、なんかの事情で蛇腹開いてる床から曲開始することもあるし、さほどむつかしいことではないよねえ。
ベロベロシェイクを蛇腹の途中からでも、練習したらできるようになるもんだ。

では、音色切り替えスイッチに関してゆーてみたら、曲の前奏が終わってこれから本題に入るときに、スイッチ切り替えて音色変えてみよか、、ゆうのんもまあ、定石やし、
では、そういう定石に対してど~ゆうのんが めあたらしい定石ど~りでないことかとゆうと
曲の前奏が終わってこれから本題に入るときに、スイッチ切り替えて音色変えてみても、いまろく感じきりかわらへんから
前奏メロディ左でやって
本題メロディで初めて右にする、、とか

もっと意表をついて
前奏なしいきなり本題とかね。

もちろん讃岐の光源氏氏や、妹愛用のブランドーニ ピッコラのごとく、定石もなにも、切り替えスイッチそのものが無いゆえ物理的にそういう定石不可能で別の手口かんがえんとあかん場合もあるし、

本人の技術的に、定石どおりにやったらまちごーてしまう可能性が高くなるよってに、
定石どーりにはしないことだってある、そういうのんってもしコンテストなら審査員にどんどん
バツイチ、バツニ,バツサン、、、、てゆうかんじで減点対象の標的にされるこたーゆーまでもないが

人前で演奏するときは、まちご~てしまうよりまちがわへんほうがええにきまってるから、

『音楽観点的な演奏の定石は、かならずしも実際の演奏でそーするかいなか??
は、本人の演奏技量とのかけひきもあるし、もちろん才能豊かな新しいアイディアがある場合もあるし、別問題なのである。』

さて、ぼくがよくゆーてる、アコーディオンの定石なんだけど、

一つの曲の起承転結を
アコーディオンに精通したひとがアコーディオン独奏用編曲しようとすれば、
とーぜん、このぶぶんは、こーする、あのぶぶんはこーする、といった、定石編曲がおのずと見えてきますが、
そのうちでも、とくにだれにでも明確にわかる定石は、左の箱の音、右の箱の音、の、それぞれの音の特性を生かした左右の仕事のさせ方の使い分けに関してです。

さらにそのなかでも曲中、ずしっと重~いベース音を聞かせたい場所なら、とーぜん太く重い音の出る左の箱に仕事させるとゆうのんが定石の中の常識。

そういう定石の中の常識のごく一般的な二つの例を挙げます。

譜面の写真②が、ぼくほどではないが、あるていど有名なカールタイケさんのご自慢行進曲、『旧友』で、どーしても左側ベース音で弾きたい、とゆうか、その、だから左側ベース音でひくのんが定石の部分

譜面の写真③が、これはひょっとしたらぼくより有名なビア樽ポルカの、クライマックス直前、ぜんぜんほかの部分から浮き出たわけのわからんとっても特徴的な間奏部分(このメロディの意味不明の安っぽさがこの曲の楽しい雰囲気決定付けてるよねえこの間奏考えた人天才だと思う)、ここも定石的にはどーしてもどーしても左側ベース音で弾きたい部分だよね。

、、、もちろん先ほども説明したごとくアコーディオンとゆう楽器の特製を把握した上で音楽演奏的観点からみた定石だとゆいたいだけで、決して実際の演奏がそーでないとゆるされないはずはないし演奏者の技量にももちろんかかわってくることだし、定石以外の発想ももちろん存在しうるんやけどね。

ぼくね、みんなしってるように音楽に関しては、ごく普通の感覚のとっても古い型の男なので~す!!

だからね、一つの演奏したい曲の、曲聞けばその起承転結からすでにその時点でアコーディオン独奏どうするか?つまりアコーディオン独奏用編曲ね、そのだいたいの骨組みがいきなりみえてきますが、それはすべてその音楽的な観点でのアコーディオン演奏の定石にもとづいてみえてくる発想のアコ編曲で、
決して、独創的な誰も今まで無かったアイディアなんかしたことないのです。

ただ、ぼくは音楽的な観点でのアコーディオン演奏の定石に基づいたアコーディオン編曲したら、とーぜんのことながら自分の技術で現実の演奏実現が難しい部分が、いっぱいでてくる。

しかし、その難しい部分を決して妥協しないで現実の形にできるようになるまで練習しつづけた、そのことの限りのない繰り返しが、
おおよそ現在までの、自分のアコーディオン演奏技術の進歩になっています。

「野ばらに寄す」、妹はピアノ演奏したことあるんだ、いい選曲するなあやっぱり。
ぼくの演奏ビデオ見てくれたのんすっごくうれしい!!、ありがとう。

でも『完敗です。』、、、て、やっぱり兄きと 対抗意識燃やしてるんや。ぎゃ~!も~すぐまけるかもしらん~~。

でも

『他の2名のアコーデイオン演奏とは全然ちがいました。』、、って、そんなんとーぜん
YOUTUBEでは他の2名のアコーデイオン演奏どころか、ありとあらゆるもんききたおして、どんなピアノの演奏より、どんなほかの楽器での演奏より歌より、

自分の演奏のほうが素朴でいて、凛として、美しい、そしてさらに現代的な、そんな野ばらを表現できると思うようになって始めて録画、公開してるもん。

YOUTUBEみたいな世界規模で一般公開できるインターネットサイトがあり

一つの曲

だれもまだ独奏ビデオ公開されてないのなら
将来的にもおおよそ誰も自分を超える演奏するの難しいってゆう自信できるまで曲構成を練って、そして練習つみかさねたもの、

もうすでにいろんな演奏ビデオが公開されているなら、
その、どの演奏よりも、勝るとも劣らないと確信できる演奏できるようになって

その時点で初めて演奏録画、公開することが

真の音楽家が自分の演奏ビデオをインターネットで世界に公開することに関する定石だよ。

ぼくは橋の上と同様YOUTUBEでも
世界のすべての人々に愛を放出し
世界のすべての音楽家に勝負かける。


  • [24]
  • オカルト兄様のアコーデイオン演奏「野ばらに寄す」

  • 投稿者:オカルトマニア2世(あんだんて)
  • 投稿日:2013年 7月14日(日)02時40分58秒
 
本当はもっと早くに感想書きたかったんです。遅くからごめんなさい。
しかも、今、ほとんど書き終えていたのに、誤って全部消してしまいました・・
ショックです・・・。

でも、気を取り直してもう一度書きます。
あのね、「野ばらに寄す」この曲、私はピアノで弾いたことあります。
ピアノだからこそ、きどらない、素朴でいて、凛として、美しい、そんな野ばらを表現できるのだと思っていました。
でも、兄様のアコーデイオン演奏に負けました。完敗です。

兄様の演奏からは、やさしい心、素敵な野ばらが感じられました。
それは、他の2名のアコーデイオン演奏とは全然ちがいました。

私はド素人だから、きっと思いのまま、感じたまま、感想かけるのですねー。
それに、見た目ですが、K氏の演奏では、蛇腹の開閉がとても小さいですよね?
兄様の演奏では、その2倍以上蛇腹を大きく開閉されていますね・・。
座奏と立奏のちがいもありますよね。

あとね、以前から気になっていたんですが、兄様がよく言われる「アコーデイオンの定石」というのは、いったいどんなことなんでしょうか?
蛇腹の使い方とか、そういうことでしょうか?

アコーディオンの魅力を音楽に託して、聴者に心が伝えられる演奏、早くできるようになりたいなあ・・・・

  • [23]
  • 詳細な説明をありがとうございます

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2013年 7月 4日(木)02時25分42秒
 
早速のご説明ありがとうございます。とりあえずプリントしてこれからゆっくり拝見させていただきますね。でもまだまだ若葉マークの私には残念ながら理解できる部分が少ないかもしれませんが。

 私が目と耳から入って感じとれた演奏が、実際の演奏内容と違っていたようです。曲の聴き取りというか まだまだ理解する力がついていないことだけははっきりしたようですが(涙)

ベースボタンについてはよくわかりました。

右鍵盤部分の旋律演奏と、左ボタンの部分の演奏とのバランスが音楽性の高さにつながっている様ですね。各メーカーによって 右 左の 音量等の特徴があるというのも別スレですが 勉強になりました。

 時間をかけてじっくり勉強します。ありがとうございました。

  • [22]
  • なんども演奏ヴィデオ見てくれてありがとう!!

  • 投稿者:アコリック教祖
  • 投稿日:2013年 7月 3日(水)23時10分1秒
 
残念なことに作曲のエドワードさん死んじゃってから100年以上も経過して現在はミイラなのか否か?????てゆうこたーどおでもいいかもしらんが、パブリックドメインとゆうことなんでわかりやすいように譜面載せました。
さて、この譜面の写真ではすごいわかりにくいから、みんなそれぞれインターネットで譜面みてほしいねんけど、

よくかんがえたら当スレッド第⑲項でちょうど1年前にぼくがゆーてたんだよねえ、各国のことばで、演奏する人が判りやすいように書くのがとーぜんあるべき姿で、決して、ことばの意味わからんままにイタリア語で丸覚えすることが音楽演奏じゃあないんやから、、て。
エドワードさんは、アメリカ人です、ほいじゃあ、まあp,f,mp(ピアノフォルテメッツォピアノ)
とかは、イタリア語のまんまだけど
いきなり譜面の頭から
With simple tenderness
て、書いてあるし、
Increase とか
Still increase とか
Slightly marked とか、、大事な、演奏の表情に関する指示が、ちゃんと英語でかかれているんだよ。。!

まあ、その話はいいとして、YOUTUBEで見てたらね、パイプオルガンでの演奏もあったし
リードオルガンでの演奏もあったよ。!!

しかしながら、はっきしゆうけど、譜面に目ざといひとやったらすぐわかると思うけど、各小節の頭のポ~ン、ポ~ン、てはじかれる和音の響きをとっても大切にした曲構成なんだよねえ。
ほいじゃあね、とーぜんのことやけど、これってピアノ曲なんだよ!各小節の頭ではじかれた音はだんだん減衰して次の小節の頭まで曲が進んでいくのだ!!、そういう、ピアノの音の美しい響きがあるのだ!!それをしてエドワードさんつくってはるよ、現在はミイラやけど。
それをさあ、オルガンでね、よーするに、この譜面に書いてある音符のとーりに、だらだらだらだら、各小節の頭に押さえたキーをそのまんまおとだしつづけっぱなしで、何の対策も無く済ましてしまう演奏ばっかで、ぼく自身、頭ええとはよーゆわんし算数苦手やけど、これじゃあ
どいつもこいつも、あたまわるすぎる~~~~~~!!!

だからゆってんだよねひつこく、、口の中にとーがらしやレモンいれてるわけではないが
ピアノの譜面なら、その譜面に書いてある音符を別の楽器でおんなしに弾いたらとーぜんその曲にはなってこない!!、、って。もちろん、違う楽器で演奏するからこそ新たな面白みが見出される可能性があるわけだが、ぼくがYOUTUBEで見たこの曲のオルガン演奏、これでは、原曲そのものの美しさが台無しだったよ、そもそもの、曲の美しさを大事にしての話だからねえ。

それでもちろんどんな曲でもそうやけど、ベースラインや内声の動きが大事にされている部分もある、それをアコでやろうとするときに
スタンダードベースの場合、いちおー自分のアコーディオンの左、最低音がどの音か、把握しとくことは、アコ編曲考えるときに役立つよ。アコリック号はね、最低音Eです。ほいじゃあ、この譜面の写真。

4段目の1,2,3小節の左手の音程がだんだん上に上がっていくいい場面、
そして6段目の1,2,3,4小節の左手の音程が下降するいい場面のとこ見て!!
この二つのいい場面がアコリック号はね、最低音Eだから、何にも考えんでも勝手にクリアーできてたわけだ、いや違う、考えてみた結果、考えんでもええことがわかったといいたいのでした。

自分のアコの左最低音を考慮しつつ,原譜の写真3段目5,6,7,8小節のところは
その次の譜面の写真のように細工しています。

ノエルさんは『今 ベースボタン (CBボタンも含めて)が一部分に入っている曲を先生がアレンジしてくださった曲にチャレンジ中です。』とゆうことだけど、
おおよそ普通はね、左ベース音は、一番低い音のリードの列も音出してるからね、人間は音程が低いと、あんまりオクターブ音の高さのちがい感じ取ることができないから、ベースラインの動きの音符並びさえそのとおりにひけばそういう低声部の動きにきこえてしまうもんだ。
つまりたとえばなし、もし、最低音がCならCBAG,とひけば本来Cからいっきに音程7度上がったBに音程があがったにもかかわらず、
CBAG、、と、きれいに音程がさがっいていってるように聞こえるものだ。

しかしながら、今回のこの,野ばらの演奏は、左ねえ一番低い音のリードの列も音出すと低声部の音がどきつくなって、につかわしくないとおもったから左一番低い音のリードの列は、使っていません。ほいじゃあ音程があんまり低くは無いから低声部の動きが、はっきり聞こえてくるので、こういうときは、やっぱり自分の楽器の左の最低音をよーく踏まえた演奏が必要だねえ。

原譜の写真の4段目5小節目以降の左手は一気にオカルト細工が増えてきて曲が一段とアコーディオンの曲に変身していくけど、ここからの左の細工はねえ、
YOUTUBEのピアノ演奏で左手をねえ、小節の頭の音符をわざと分散させて、あたかも吟遊詩人あるいは耳なし芳一が、琵琶を、びろ~んびろ~んってばちで各弦をはじいて、分散和音してるみたいな弾きかたしてる人が何人かおったのをヒントにして左の動きの細工を考えたのでした。

1段目4小節目、2段目4小節目、4段目8小節目、6段目7小節目の4箇所のみ左のボタンはB7一つだけおさえています、それ以外の部分は、おおよそこのピアノ譜面の左手部に書かれてある音符のごとく左のボタンおさえています。
よーするにはやいはなしが、B7以外は、たいてい、譜面に書かれてある左手の音符のおとそのまんまのベースボタンを押さえてるってゆうことです。つまり、1段目1小節目ならAとEを押さえ、2小節目ならAEDを、おさえたとゆうことです。

ただし、とーぜんのことながらピアノみたいに必ずしも、鍵盤たたかんことにはおとでーへんのではない。つまり1段目1小節目にAとEを押さえたまんま、ゆびはそのまんまで2小節目Dを押さえるのんをさらに追加するだけで、蛇腹動かしてりゃあ、またさらに音が出る、さてほいじゃあどーするか?指押さえっぱなしにしとくか、あるいはダメ押しでもっかいおさえなおしてみるか?、そのあたりを右手で弾いている音量とのバランスの問題がね、何度も何度も、ピアノ演奏聴いたり、ほかの演奏聴いて自分なりにどうしたら、いい音の鳴りかたしてくれるか試行錯誤することが、アコーディオン演奏とゆうものなのだあ!

あと、特にぼくが注意した点は1段目1,2,3,4小節と、4段目5,6,7,8小節では、譜面内容はほぼおんなじだけど、4段目のほうは、1段目と違いその手前の気持ちのピークの後の、新しい気持ちの音であることです。

『教えてください質問ですが、スタンダードベースボタンのコードボタンとはどこの部分をいうのでしょうか。』、、確かに変な話でアコーディオンの左のボタンはベース音の音が出るボタンとコード音が出るボタンがあるにもかかわらず、80ベースだとか120ベースだとか、、十羽一からげ、いや、120なら120羽ひとからげで、ぜんぶ120ベースってゆうもんねえ。

スタンダードベースのコードボタンとは何にも深く考えずに、ひとつだけ押してメジャーやマイナーやディミニッシュのコード音の出るボタン、ベースボタンとはそれ以外の、ベース音と、そのオクターブ上の音、さらにまたオクターブ上の音しか出てこない、よーするにボタン一個で3和音の出てこないアコーディオン抱いたときの一番蛇腹に近いほうの2列のボタン群だととらえたらいいでしょう。



  • [21]
  • 改めて感動しました

  • 投稿者:オルガンサロン NOEL
  • 投稿日:2013年 7月 3日(水)10時00分12秒
 
私はあえてアコリックさんと呼ばせていただきますが、野バラに寄す の演奏に音楽性の高さと その感性の豊かさに感銘させられました。
 和音の分析などはとても難しくて全くできませんが、ベース(CBも含めた)を十二分に効かせて全体を作り上げている素晴らしさ 表情豊かでこれこそアコーディオン故たる演奏ではないかと 何度も効き比べをしました。

 コードは殆ど使用していないのですか。ベースを基本としてその部分をメロディーで補っているのですか。
 教えてください質問ですが、スタンダードベースボタンのコードボタンとはどこの部分をいうのでしょうか。

 私は今 ベースボタン (CBボタンも含めて)が一部分に入っている曲を先生がアレンジしてくださった曲にチャレンジ中です。

  

  • [20]
  • アコーディオンの曲ではない曲を、アコーディオンで弾くとゆうこと

  • 投稿者:オカルトマニア1号
  • 投稿日:2013年 6月30日(日)06時27分35秒
 
預言者ピロシーストラ氏から、コンバーターフリーベースの手に入りにくいアコーディオン買った縁もあって一時当掲示板に投稿してくれてた木下隆也くんがフリーベースで、バッハのなんかの曲の演奏YOUTUBEに公開してくれてて、

『一音も原曲からたがわさずに演奏しています』、、と、当掲示板で、自慢げに語っていたのを、ぼく、どーゆーわけか、きになってて、ずっとおぼえててね、


あのね、つまりね、なにがきになってたかとゆうとね、彼がアコーディオンで弾いてたのはバッハのオルガン曲だったんだけど、、、

ほいじゃあね、それをアコーディオンで演奏する時点で、まーゆーてみたらすでに譜面内容全部たがわしてるわけやん。つまり、彼がやったことは
『原曲の譜面に書かれている音符ならびに関してとにかくそのとーりに演奏した』だけやねん。


バッハのオルガン曲に限らず実際問題、オルガンの場合、右手用左手用足鍵盤用で、3種の音色指定があるやろーし、アコーディオンの場合は、左右あわせて最高2種類の音色切り替えしかできへんから、もうその時点ですでにオルガン曲をアコーディオンでそのまま弾くとゆうのはバツイチやん。

仮に、原曲どおりの楽器で弾くにしても、まあゆーてみれば時代が違うとかさあ、昔の曲であればあるほど、21世紀対応とゆうか、現代的な音の捉え方で再考察して今の人に理解しやすくうったえやすくしようとするのが、まあ、演奏家の務めといえよう。


それでつまりね、ひとつの曲を演奏するにあたって、当初の指定楽器でない楽器で演奏するとゆうことはね、バツイチバツニとかのもんだいとちごて、

原曲の譜面に書かれている音符ならびにきーとられること以前にまず、

その原曲当初の楽器で演奏された響きそのものをどれだけ深く捉えて、次なる別の楽器で
響きを作るか???ゆうことがだいじだよ。

それはすなわちゆーとくけど、はっきしゆーけど、かならずしも原曲の譜面に書かれている音符ならびをとにかくたがわさずに演奏したらいいとゆうもんだいではない!!

、、、とゆーことにもっときーつかなあかんし、現実には、その譜面にかかれてある音符ばっかにきーとられて現実の原曲の響きにきーついてないひとがおおすぎるねえ。


それってアコーディオンに限った話じゃない、でも具体的にもっとアコーディオンに関してゆうとね、それはたとえばYOUTUBEで見てると、ピアノ曲やオルガン曲をフリーベースでやたらとそのさっきの楽譜のなかの音符並びばっか気にして音符並び正確に弾いて納得してる頭悪い連中おおすぎるよおなきーがするなあ。

もっかいはっきしゆうけどねつまり
アコーディオンでアコーディオンの曲でない曲の譜面内に書かれてある音符に関してたがわせへんかっても、だからとゆってその曲の美しさになるわけがないんよ!!、、そもそも楽器がちがうんから。

譜面の中の音符じゃなく、その原曲をよく聞いてよく聞いて響きをよく捉えて、ほいじゃあアコーディオンでその曲をそれなりに響かせるにはどーすればいいか????試行錯誤して演奏に挑むことこそアコーディオン演奏なんだってば!!


とゆーわけで、いつもながらながながとぼやくとこからはじまったけど

偉大なピアニスト、ウィルヘルムバックハウスとゆうかたの
『 野原いっぱいに美しい花が咲いているのに、なぜ樫の木から花束を作ろうとするのだろうか?ぜんぜん難しくなくて美しい作品がたくさんあるのになぜその美しさに耳を向けないで難しいものばかりを求めるのだろうか?』といった言葉があるそうです。

そのウィルヘルムバックハウス氏がかつて、『絶妙な花』と呼んで選んだ25曲のピアノ作品の中のひとつに、エドワードマクダウェルの、『野ばらに寄す』とゆう作品があります、、(、、そうなんです、、、ぜんぶきいたはなしね。)

この、『野ばらに寄す』は、そのうち各国で歌詞がつけられ日本でも唱歌の本にのってるので当掲示板でも、何度か話題になったし、ぼく自身この曲とても好きだとゆったことがあるけど、本当に本当に、さりげない、押し付けがましくないうつくしさにみちあふれたまるでぼくのオカルト妹のような素敵な素敵なきょくだとおもいます

YOUTUBEなら、もちろん原曲どおりのピアノ演奏を始め、いろんな楽器で演奏されたものがほぼ毎日のごとく公開されています。

日本人の演奏もたくさんあるよ。
森のスケッチより「野ばらに寄す」 (マクダウェル) MacDowell 横内愛弓
http://youtu.be/0U8bjHexTEc

ぼく、彼女の演奏どれきーてもぜんぜん特徴ないテレビコマーシャルみたいな演奏で好きじゃないけど、割と自分が弾こうとする曲、この子YOUTUBE入れてること多いから、結構そのつど聞いて参考にしてる回数多い。

ちなみに譜面はすでにパブリックドメインてゆうの??ごくかんたんになんぼでもネットで手に入ります。
そして

アコーディオンで演奏する人もおった。そのなかからとりあえずこれ
http://youtu.be/RClhlbfIta0
これちなみに典型的なピジーニフリーベースのいいとこで、左右の箱の音がとっても公平に出てくるので、やはりフリーベースの凄みが強調できるよねえ!!!しかし残念ながら奏者が、先ほどなが~い前置きでゆったごとく譜面の音符どおりにひくことにばっかきーとられて、最後のほうなんか、五線紙の音程順にどーしても音の高低たがわしたくなかったんだろうけど、ピアノの左手の部分をわざわざみぎてでひいたりもしてる、そのわりに肝心の音楽が、ぜんぜんなってないし曲の終わらせ方が最悪にセンス悪いよね。

そして、北海道アコーディオン協会会長の久保達夫氏もYOUTUBEにいれてるよ。
To  a  Wild Rose (野ばらに寄す)E.A. MacDowell Accordeon Solo Tatsuo Kubo

http://youtu.be/yTP62dTbZ9w

日本ではなかなかこんな気のきいたピアノ曲アコーディオンでやろーと思いつくひとおらんとこをさすがは久保達夫氏だ!!!こーゆー発想がアコーディオン演奏のセンスといいたい!!

彼のYOUTUBE公開演奏は、とっても参考になるいい演奏が多いから
これからの日本の若いアコマニアたちもぜひ彼に演奏、いっぱい参考にしてほしいところだ。年寄りがおんなじことばっゆうみたいやけど世界的に若い人のアコーディオン演奏YOUTUBEで見てるとアコの定石知らんわかもん多すぎるからね。久保達夫氏は、いつもちゃんと定石踏まえた的得た演奏するからぼくは絶賛します。

まあほんでこれに関してゆえば、スタンダードベースのコードボタンおさえりゃあすんでしまうところをコードボタンおさえすぎかなあ?コードボタンおさえりゃあすんでしまうところでも、そうじゃなくって、ベースボタン押すことで違う響きになる場所を原曲のピアノ演奏参考にもちょっと吟味してほしかったねえ。

ほいじゃあ、やっとさきほどながながとぼやいたオカルトマニアの演奏で~巣。やっぱし、ピアノからオルガンから弦楽からかたっぱしからYOUTUBE検索したことはゆーまでもないが結局一番ぼくがいちばんきにいった女性のピアノ演奏をよくきいて、すっごい研究したねえ。

あ、それから、生身の人間実験に使うみたいで悪いけど橋のリハーサルやはり何度もしたことはゆーまでもないがいちおーゆーとく、橋で目標の曲それ一曲でお金はいるようになりゃあ、まあまちがいないよ。

ピアノではないアコーディオン演奏の魅力で、
いままでのTo a wild Rose の美しい響きを超えるとはゆわんけど、
別の魅力のTo a wild Rose になるようがんばりました。

ぼやいたからには、ぼやいたなりの自分のこのピアノ曲をアコーディオン演奏する意地と音への曲への愛情だ。
http://youtu.be/TYl4sGLG9X4



  • [19]
  • ええっとまずね、まず最初に、アコ上達のコツ、のコーナーで、

  • 投稿者:KMAN
  • 投稿日:2012年 6月13日(水)18時00分53秒
 
五線紙1段とコードや、ピアノ用適当にアレンジした譜面なんかとちごて
クラシックの原譜や、もともとアコーディオン用に書かれた曲の譜面は、本当にこと細かく音色指示まで書かれてあったりするから、譜面をヨーク見て、わからん言葉があったらちゃんと確認せんとあかんとゆーことかきたかって、
そこで、おもいだしたんだけど、普通ね、ヨーロッパでは音楽の譜面て、その国の言葉で書かれてあるのよねえ。

ぼくが、道頓堀のドイツビアホール、エーデルワイス行ったときに、バンドマスター田所義正氏のものすごい量のドイツ、ウィーン、の譜面があって、もちろんタイトルから何から何までぜーんぶドイツ語でかかれてあった。
もちろんその多くはアコーディオン用の譜面でコードネームもちゃんとかかれてたけど、トーぜんのことながらドイツ語やから、Hが、英語でゆうB
Bとかかれてるんは英語でゆうBbなんだよねえ。
当時ギターで覚えた英語式コード読みしかしらんかったぼくは、やっぱ、当惑しました。

ほんなら、今になってキーがついたんだけど小学校中学校で、音楽の、いろんな言葉を、ぜんぜんことばの意味わからんのによーするにまるおぼえでおしえられて、
クレッシェンド、デクレッシェンドくらいやったら、なんてゆうか、マークになってるから、なんとなく、そのかたちでなんのことかわかるけど、
アッレーグロ
アンダンテ
スケルツォ
ダル セーニョ
とかさあ、て、何のことかさっぱりわからんで、でもそれって今になってみればなんのこたーない、何もかもがイタリア語で、まさしく、ことばのとーりなだけ。

ほんでさあ、案の定ミュゼットとか、フランスの譜面見たら、やっぱり何もかもフランス語で書いてあるの!!これがあたりまえなんだ。

じゃあ何で日本の音楽教育では、意味もわからんのにイタリア語で、無理やり教えて、譜面にも日本語で書かずイタリア語でかいてあるんだあ??バカじゃないの!!

もしや??と思って、昔のチャールズマニアンテの譜面見たら、
さすが探偵家業もやってるKMANの推理的中で、イタリア語で書いてあった。

これはKMANのおーよその推理だけど、そのむかし
アメリカ人は、やっぱり田舎もんの移民やったから、譜面書くときに、音の表情のこととか、繰り返しの約束事とか、田舎もんなんでどーゆー風にかいたらええかわからんから、とりあえずイタリア風にして、形にしてみたんだあ。

ほんなら、今度は、日本は敗戦後、やっぱり、アメリカ式ばんざ~いで、何でもかんでもアメリカとおんなじようにしてたら
たまたま、楽譜には、イタリア語でかかれてたから、よくなぜゆえにか考えることも無く、そのままそのイタリア語をおぼえることにしたんだあ。。。。。この辺がやっぱし、川井氏のよくゆう広く浅い日本の何とかなのか???まあそんなこたーどーでもいいい



ほんでKMANは、いつものごとくいったいなにがゆいたいの??

何がいいかとゆうとね、曲のタイトルひとつですらそうなのよ。
インターネットで時々、なんかのアコ発表会とかコンテストでね『 アクアレリクバーニ 』て、かいてあってさあ、なによそのアクアレリクバーニ??ってわけわからんと弾くのと、それがアクアレッリ クバーニ、ってゆうことはキューバの水彩画なんだ、てことがわかって弾いてるんとじゃあ、やっぱし、だいぶと演奏そのものが変わってくることは明白だ。

ロシア イコール せかいのすべてではないのと同様
アメリカ イコール せかいのすべてではない

音楽譜面には、本当にイタリア語だけではなく世界各国の言葉で、演奏にあたっての注意書きが施されている。ゆえに、
書いてあることが、意味わからん場合、ほったらかしにせんと、ちゃんと、意味調べることはとても大事なのだあ!、今なら、わざわざ各国の言葉の辞書買いに行くまでもなく、インターネット検索でほぼすべてわかる。めんどくさがらずに、調べよう!!

そして、歌声伴奏者や、アコーディオン指導者、そういった立場の人は、やっぱり、ちゃんと書かれてある言葉の意味把握して、日本語で説明してあげるとか、譜面上に日本語でもちゃんと書き込んで一般の日本人が見てわかりやすくしてあげることは大事だと思います。


  • [18]
  • (無題)

  • 投稿者:奈良のアコ弾き
  • 投稿日:2012年 5月 4日(金)11時56分40秒
 
 チマチマと町の片隅でズンチャズンチャやっている手合いは「自らの命を消耗させて演奏している」怪しい探偵氏のことばに後頭部を殴られたような衝撃が走る。
 さて、「感性はみんな違っていても、表現に共感や感動を覚えることがあればそこから自他との共有関係が生まれるものだ」とおっしゃるロトコさんのご意見、まったく異存はありません。
 コトバ足らずで誤解を生じたことお詫びします。基本テクのことは次元がちがうので問題外ですが、人様の演奏に共感すること、および自他との共有関係が生じることは私も経験していますので、それは認めています。けれどもそのことを人様に同意させることはできない。他人の演奏に共感や感動をする基準には厳然とした差があり、Aさんにとって大絶賛でもBさんは拍手4,5回などということはしょっちゅう。
 つまり、人間の好みが存在する世界でランク分けすることに意味があるのだろうか、と言いたかったのです。

  • [17]
  • 動画サイトへのアップ

  • 投稿者:ロコト
  • 投稿日:2012年 5月 3日(木)18時49分23秒
 
【ZEN】さん
>すべてぼく自身のアレンジあるいはオリジナル曲です

わ~、どれもみんな素敵な演奏ですね、作曲までしちゃうなんて素晴らしい!
アップしていただいてありがとうございました。
お近くならば、すぐにでもお会いしたいところです。
ボタン式アコが小型で軽そうに見えましたから、ボタン式アコもやってみたくなりました。

【奈良のアコ弾き】さん
>人それぞれ感じ方が異なり、自分の感性が他人と共有できるかどうか

感性はみんな違ってはいても、表現に共感や感動を覚えることがあれば、
そこから自他との共有関係が生まれるものだと思ってましたが、違うのかなぁ…。

人前演奏も、動画アップも結果的に評価を確かめるということになるのでは?
いろいろな評価があって、一喜一憂しながら生きていくのが人生でもあるし、
評価しない、あるいはされないで生きていくことって可能なのか?とも思います。
どうせ生きていく限り、誤解したりされたりして評価しあっているのだし、だったら、
最大公約数でいいから「このくらいの位置にいます」の尺度が一つ二つとあっても
いいかなと思います。

  • [16]
  • ZENさん作曲・演奏にP探偵がカバー

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2012年 5月 2日(水)00時56分9秒
 
ZENさん、You Tubeにはずいぶんとアップなさっていたのですね。 フリーベースアコを独自にマスターとはすごいです。 P探偵のカバーもまたいいですね。 作曲のほうの評価も高得点ですね。

VERONICA'S TANGO - ZEN
http://www.youtube.com/watch?v=eXdbTvAR6Xo&feature=related

MUSETTE CRAZY - ZEN
http://www.youtube.com/watch?v=qYUDwAhRgec&feature=relmfu

  • [15]
  • 川井さんからおゆるしが出たのでぼくの演奏をアップします

  • 投稿者:ZEN@アコルデオン
  • 投稿日:2012年 5月 1日(火)22時45分45秒
 
ぼくは全くの手探りで覚えた自己流なので誰の師事もしていませんし何のタイトルもありません
教則本すらほとんど見たことがなく、ここにアップされたものはアコーデオンの曲集(楽譜)を見て弾いたのではなく、すべてぼく自身のアレンジあるいはオリジナル曲です

ビートルズのミッシェル
http://www.youtube.com/watch?v=3vS-eBP-f5c&list=UUAEXWsd3wzHBF08_u14xr1Q&feature=player_detailpage

カーペンターズの I need to be in love
http://www.youtube.com/watch?v=RTT-1AKskZ4&feature=player_detailpage

一青窈さんのハナミズキ
http://www.youtube.com/watch?v=kikVA0muG_U&feature=player_detailpage&list=UUAEXWsd3wzHBF08_u14xr1Q

モルダウ(ジャズワルツ風)
http://www.youtube.com/watch?v=8PfFN6_Xnpg&feature=player_detailpage

シューマンの子供の情景から見知らぬ国と人々(フリーベース)
http://www.youtube.com/watch?v=uuICi6MO834&feature=player_detailpage

ベロニカのタンゴ(オリジナル曲)
http://www.youtube.com/watch?v=sQn-csTWPfA&feature=player_detailpage

ミュゼットクレイジー(オリジナル曲、アコのほかギターやベースもダビングしています)
http://www.youtube.com/watch?v=0vb1qMigi7w&feature=player_detailpage


  • [14]
  • 続・認定について

  • 投稿者:奈良のアコ弾き
  • 投稿日:2012年 5月 1日(火)15時55分10秒
 
 元締め・家元・本舗・元祖etc・・・・まあ世の中には呼称を売り文句にして耳目を集めるお商売もあるわけで、どちらかというと小生もそういうのに弱いのであります。
 かの有名な画家ゴッホ氏は存命中は誰にも評価されず、批評されても酷評。後世「ひまわり」が世界的絶賛されたことなどを考えると、芸術の評価などというものは、誰にも必要な基礎テクは不可欠ですが、そこを越える領域は人それぞれ感じ方が異なり、自分の感性が他人と共有できるかどうか、私はそれぞれが異なってあたりまえ、と思うのですが・・・・・
 したがって、ご自分の演奏を動画にアップされる積極性こそ大切だと思いますし、世評に惑わされる必要もないと思います。批評に一喜一憂して萎縮するよりも、どんどん前へいくエネルギーこそが上達の早道ではないでしょうか。

  • [13]
  • どうぞYou Tubeへ

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2012年 5月 1日(火)12時08分34秒
 
その時もお願いしたと思うのですが、You Tubeないしご自身のWeb Siteに出されたものへのLink という形でお願いします。お待ちしています。

  • [12]
  • ぼくの演奏をアップしていいですか?

  • 投稿者:ZEN@アコルデオン
  • 投稿日:2012年 5月 1日(火)08時32分34秒
 
以前ここにぼくの演奏をアップしたら川井さんに厳しく咎められたので差し控えているのですが、ぼくの演奏をアップしてよいのであればアップします

  • [11]
  • 山路さんの動画

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2012年 5月 1日(火)07時10分52秒
 
をみて、以前、小生の呼びかけに応じて、わざわざ柏の子供幼稚園までアコをかついで、お越しいただき、ご一緒に演奏していただいたことを懐かしくおもいだしたました。 You Tubeにもいくつも投稿なさっていて、精進なさっているご様子がうかがえて微笑ましく拝見しました。

一方、ご自身の動画はかつて公開なさっていたと思いますが、今回はそれを出さずに、ほかの方の動画をお出しになるというZENさんの意図と行動が理解できません。 なにか、よほど日本アコーディオン指導者協会専任講師というタイトルについてこだわりがおありのようですね。
ご投稿をカットしようかとも考えましたが、みなさんのご意見もあるかと思い、小生としてはイェローカードを出します。 

  • [10]
  • ロコトさま

  • 投稿者:ZEN@アコルデオン
  • 投稿日:2012年 4月30日(月)22時39分23秒
 
YouTubeにアップしているぼくの演奏をお見せしたいのはやまやまなのですがいろいろ事情があって投稿できません(スミマセン)
そのかわり日本アコーディオン指導者協会専任講師の山路先生の動画を投稿します




  • [9]
  • 動画サイトへのアップを

  • 投稿者:ロコト
  • 投稿日:2012年 4月30日(月)11時14分28秒
 
【ZEN】さん
>ぼくの演奏を聞いて習いたいという方がいらっしゃるのなら謙虚にいつでもお手伝いはするつもり

ぜひとも動画サイトへのアップを熱望します~

  • [8]
  • ロコトさま

  • 投稿者:ZEN@アコルデオン
  • 投稿日:2012年 4月30日(月)00時08分15秒
 
>ZENさんはまさに、まに受けて誤解しちゃった口だったわけですよね(^^;

ぼくじゃなくてもなにも知らない一般の人ならだれでも誤解すると思いますヨ

>晴れて北海道アコ指導師(仮称)でデビューしちゃっていいんじゃないですか?

晴れても雨が降ってもぼくは北海道アコ伝道師とかそんな偉そうなこといえません

ただぼくの演奏を聞いて習いたいという方がいらっしゃるのなら謙虚にいつでもお手伝いはするつもりです

  • [7]
  • まぎらわしさ

  • 投稿者:ロコト
  • 投稿日:2012年 4月29日(日)22時40分11秒
 
【ZEN】さん
>経緯や中身を知らない人に誤解を与えるような名称はいかがなものか

ZENさんはまさに、まに受けて誤解しちゃった口だったわけですよね(^^;
いろいろな面でお疲れ様でした~~~!
ところで、ZENさんはお店を構えてるんで、教室を開くにはぴったりじゃないですか。
始めて見たらいかがですか?(実はもうやってたり?)
晴れて北海道アコ指導師(仮称)でデビューしちゃっていいんじゃないですか?「貴方もできるアコーディオン教室」とかのポスター貼ってみたらいかが?


  • [6]
  • ロコトさま

  • 投稿者:ZEN@アコルデオン
  • 投稿日:2012年 4月29日(日)08時34分24秒
 
その会の名称が実態に合っているかというのは大事なことですね

ぼくが言いたかったのも全く経緯や中身を知らない人に誤解を与えるような名称はいかがなものかということです

中南米音楽を楽しむ会とか○○を楽しむ会であれば何も問題ないと思います


  • [5]
  • アコーディオン調律師免許・アコーディオン技能士資格

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2012年 4月29日(日)06時57分6秒
 
のようなものを作って全国にアコーディオンのミスターミニッツのようなものを作りたいと、一時、考えていた時期がありました。 自分ではすべての技術をもちあわせていないので、信頼のおける人と仲間を募り、技術・情報を交換しつつ、全国にアコーディオンの調律と修理のできるメンテナンス部隊を作ろうというアイデアでした。 何らかのタイトルや資格、ないしは、講習修了証などというものを発行して、一定の効果(枝野氏が多用するので、大嫌いな言葉になってしまいましたが)というか、一定の信頼(ああいやなことばになってしまった)を得られるのではないかと考えました、が、アイデア倒れでとん挫しています。
それは、逆に、ロコトさんのご提案のスレッドがその代役を果たし始めているのでは無いかと考えています。

同様に、もしかすると、アコの教師資格云々の話題は、このような掲示板や、インターネットの無い時代の古い羅針盤のようなもので、もしかしたら時代はすでに動いていて、そのような資格に頼ろうとする人は当分いるでしょうが、四国の坂野志麻さんのように、表に飛び出して演奏する人の演奏を聴いて感動したり、楽しんだりした人が、お弟子さんになりたい、教えてほしい、と申し出てきて、アコを習うようになる、あるいは、そんな情報をこの掲示板や、インターネットで見て、あるいは、アコーディオンコンサートに行って、感動したり、楽しんだりしてアコをやりたいと思って、やはり情報を求めて、どこかに行き着く、チョイスが増えてきていることは間違いないと思います。 そんなとき、アコ教師の免許皆伝であると歌えば宣伝になるし、それで人を集めることも有効な宣伝効果があるでしょうね。

音楽を目指す人であれば、「音大をでています」というのがやはり「一定の」認識を得るためのタイトルであることは間違いない事実であり、残念ながら、日本には音大のアコ専科をでています、とは言えない状況がある以上、アコ演奏技術の向上を目指す私立アコ専門学校・アコ教室・アコ寺子屋がそれぞれのタイトルをつけることは、非難されるべきものでも無く、それで一定の演奏技術を習得している、あるいは指導技術を習得しているということになるのであれば、あながち意味のないことでもないようにも思われます。 それをみて一発奮起して、アコ入門して、精進する人が現れれば、それはオッケー牧場だと思います。

すでにお弟子さんも多く、すでに有名な平山先生が自らが主宰する日本アコーディオン指導者協会の会長でありながら、その推薦を受けているとのチラシをみて、これはマッチポンプだろう、そこまでしなくてもいいのではないか、という気持ちにもなりましたが、それはそれとして、かの御喜美江さんも通っていた伴先生の教室や、日本アコーディオンの草分け、トンボ楽器さんなどが後押ししていたとかの、アコーディオン指導者育成協会が、当初の先生方の世代交代もありつつ、いまでも平山先生がその志を引き継いで指導に当たっている、などという情報を漏れ聴くにおよび、これはむしろみんなで応援してあげてもいいんじゃないか、という気持ちにもなってきました。 たとえ、それが今日では、そのままではその名前にふさわしい権威とレベルを得ているかどうかはわかりませんが、向かおうとしている方向性はアコーディオンを一定のレベルで演奏できるようにしようとしていることには違いないし、そこで習って、その講師のタイトルを得た人たちはそれなりにアコーディオンを教えることができるレベルに達して、さらに修練を積んでいるということがあるのであれば、ぜひ頑張ってもらいたいと思います。

もちろん、何事もお金と時間と労力のかかることでもあり、それに見合う対価が必要になる。 100%ボランティアもあってもいいと思いますし、実際にボランティアで、情熱だけでアコを教えている人もいるでしょう。 よって、おしえてもらうにはお礼が必要になり、月謝や時間で払う授業料は普通は必要だ。 平山先生のところがそうだということを言っているのではないことをはっきりさせておきますが、一般的に、お弟子さんを持てば、師弟の関係が生まれる。 まして、アコは一対一の密室関係が生まれる。 そこにタイトル・資格授与という権限が生まれると、力学的に権益が発生する。 もちろん権益を得るために努力はするが、権益ということばをきいただけで、それが何を意味するかはご存じのとおりで、益することがでてくる。 益することをキープするための税金が発生する。 上納金だ。 上下関係の中から、気に入らないアコを押し付けられる、あるいは、やんわりと推薦されるアコを、内心いやでも、「よろこんで」購入したり、あっせんしたりする必要性がでてくる。それが権益を早く手に入れるための有効な手段だからだ。 逆に言えば、アコ演奏は下手でも、部下を多く作り、そこにアコを多く売りつけたほうが早く出世し、早く上級指導員になれる道が開ける。 となると、そんな先生のところにアコ業者が出入りするようになり、リベートやその他もろもろのどろどろした関係が成立する。 これは日本固有の文化ではないが、アコ教室に限らず色濃く残っている文化であり、またその意味において、アコ教室も例外ではない。 ただ、イタリアあたりにもその傾向は強いということをヨーロッパで聞いたことがある。 ドイツあたりではその傾向が薄れ、自由にアコを選び購入できるようになっているものの、アコアンサンブルなどの場合はHohner Morinoで統一、などというものもしっかりと残っている。 オーケストラサウンドを一定のサウンドにキープするためという面があり、これはこれで、意味があるように思われるが、もちろん一方ではアコメーカーの指導や営業努力もありーの、ということだ。

アコ指導員免許という前向きな発想と意欲が、その舞台裏ではどろどろとした家元制度の隠れ蓑になっている部分が多分にあるという事実を考えると、100%の後押しは躊躇してしまう気分を隠し切れない。

坂野志麻さんや、芹沢朋さん、奈良のアコ弾きさんほか、アコを愛して、演奏してみんなに感動してもらい、そこにお弟子さんが行列するという現実があるということがいかにさわやかで、明快なことだろうと、あらためて感じてしまいます。

そこにはアコ教授免許などというタイトルは一切必要のない、信頼と尊敬があるのだと思われます。 

  • [4]
  • 実態に合う名称ならなんの問題もないような

  • 投稿者:ロコト
  • 投稿日:2012年 4月29日(日)01時35分21秒
 
もし私が、フランスのアコーディオン文化に傾倒し、ほかの多くの人にも親しんで欲しいと願うなら、賛同する仲間を集め《フランスアコーデオン文化普及会》を立ち上げ、その会員が数人であったとしても、任意団体であるにせよ、講師にふさわしいと思う人を認定講師として、要望のあるところへ派遣するでしょう。実態に合う名称ならなんの問題もないような気がします。

私も実際に《中南米文化を楽しむ会》を10年以上前から立ち上げており、会則も会費もない方針で数名でやっています。講師派遣要請はまだありませんが、あれば講師にふさわしいと思う人を認定講師として派遣するつもりでいますよ。今現在は愛好会または同好会というのが実態ですが、かつては県内愛好者の集いを企画したりもしました。そういう中で個人やグループを組んでいる人たちのネットワークが広がったら、各地のミニイベントの演奏依頼を受けて適任者を推薦するなどの活動も当初から考えています。ただ、今は私個人の状況が整わず、県内をあちこち取材したり、参加を募るアクションは中断していますが。

乱立するということが問題ではなく、NPOでも任意団体でも個人でも、運営さえ実態に見合っていれば、利用する側にとって選択の幅があってよい気がします。また、非営利で世の中を良くしていこうというNPOが乱立するのはあながち悪いことではないはずです。ただ、公的機関の怠慢をカバーしている現状はいただけませんが…

  • [3]
  • 法律で禁止されていないからと言って

  • 投稿者:ZEN@アコルデオン
  • 投稿日:2012年 4月29日(日)00時07分54秒
 
誰が何を名乗ろうと自由とはいうものの、たとえば勝手に「フランスアコーデオン協会認定講師」などど名乗ったらおかしいですよね?

やはり実態に合わない名称、まちがった印象を与える名称を名乗るのはよくないと思うのです

個人の先生がお墨付きを与えて認定しているタイトルなら(その先生がすばらしい先生で信用度があるのであればなおのこと)さいしょから先生の名を冠して○○教室認定講師、あるいは○○流アコーデオン講師とでも名乗ったほうがよほど実態に合っているし、信用度も増すと思うのです

勝手に資格を認定して名乗るものが乱立するのであれば、むしろNPO法人などが公平な基準で資格を認めるのはそれなりの意義があると思います

  • [2]
  • どうしていくのか、どうしていきたいのか…

  • 投稿者:ロコト
  • 投稿日:2012年 4月28日(土)21時59分55秒
 
【奈良のアコ弾き】さんの発言 (親のBBS本編より転載)
----------------------------------------
芸術に関する評価は技能ランクを区分することにたいした意味を見出せません。
 いったい誰が認定するのか、認定する人の評価基準にどのような権威があるのか、好き嫌いの問題の多い芸術を評価判定することにどれほどの意味があるのか。わたしはそんなことにこだわるよりも、人前で演奏する努力を積み上げる人を支援したり、演奏チャンスをつくっていくことが切望されていると思っています。
--------------------------------------------------------------
汲み取るべきものや思考を深めるため、また、議論の展開に備えて以下のように要約

(1)論点の指標
1.評価判定または技能ランク等の区分を認定する意義は?
2.認定者の設定は可能か?
3.評価する基準の位置付けに意義はあるのか?

(2)優先的に取り組むべき課題
 1.人前での実演者の支援方法または手段
 2.演奏機会の依頼、受付、仲介または斡旋
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1‐1について、英検も考えてみれば、実際の人間らしいコミュニケーションを取れるかどうかの判定まではできないかもしれませんね。しかし狙いは基本的用語や慣用句など、どの程度駆使できるかのおおよその能力が確認できるのは、本人にとって目指す指標になって良いと思います。
やみくもに走り続けるよりも、「次の電柱まで」とか、「次の橋」までといったように目印のような地点が確認できるメリットがあると思います。
1‐2これは難しいなあ…
1‐3ピアノでは、バイエル、ツェルニー、ソナチネとステップを踏んでいく過程でいろいろな能力(技巧面?)が試されるので、一定の技量が客観的におおよそ推し量れるかもしれない。

2-1は現代的にワンコインレッスンとか、ワークショップとかでしょうか。ウェブレッスンなんてものもひとつの手段にはなるかも。
2-2利害が絡むので運営が難しい面があるものの、運営形態などがオープンであれば利用者としては便利だと思います。

…ああ、ぜんぜん深みがないなぁぁ(^^;



  • [1]
  • アコーディオン教師資格認定制度

  • 投稿者:川井 浩
  • 投稿日:2012年 4月28日(土)18時04分13秒
 
奈良のアコ弾き様のおっしゃること、よくわかります。 ただ、全くの未経験者で、情報も無い人が始めようとするとき、誰を頼ったらいいかわからない。 そんな人をどのように導いてあげたらいいんでしょうね? 無事、この掲示板にたどり着く前に、どこかで挫折しちゃったりしないか、心配。 別に私がいい教師だといっているのではありませんが、諸先輩の貴重な意見や情報やコメントを聞けるのはメリットが多いと思います。 


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