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Re Reinhard Mey - Viertel vor sieben (live)

 投稿者:tachinon  投稿日:2020年 8月30日(日)19時31分5秒
  忘れた頃出てくるtachinon です。
「Reinhard Mey - Viertel vor sieben (live)」のアコーディオンの伴奏・・・いーですね。
 歳とったせいでしょうか、シャラシャラのトレモロ音ではなくシングルもしくは揺れのないオクターブのしっとりした音がいいなぁ・・・・と思うようになりました。
 とはいえ、進歩も無く下手なままなので、「枯れ木も山の賑わい」状態の歌伴しかやってないですが、こういう風に伴奏できるようになりたいですね。・・まぁ見果てぬ夢ですが・・・

https://9327.teacup.com/natoriacco/bbs

 
 

Reinhard Mey のUeber den Wolken

 投稿者:川井 浩  投稿日:2020年 8月30日(日)08時29分35秒
  私事で恐縮ですが、私が初めて飛行機にのって、アラスカ経由、北極の上を飛んで、Frankfurtに到着し、Niedersachsen州の小さな村にたどり着いたのは1969年の夏でした。 翌年には、飛行機をヒッチハイクして一人でヒッチハイクをしながら3か月ドイツを中心に彷徨していたことを思い出します。 すでにRainhard Meyは若いスターで、フランスでのフランス語でシャンソンを歌って大成功を収めた後、ドイツで活動をし始めて間もないころだったと思います。 アコーディオンには関係ないけど、Raihard Meyの大ヒット曲だったのでご紹介しました。

これは1974年の映像です。
https://www.youtube.com/watch?v=zWwW-gqr2pA

原詩はこちらのページにありました:
https://www.songtexte.com/songtext/reinhard-mey/uber-den-wolken-43da0737.html

以下は私の意訳です:

Ueber den Woken (雲のかなたに)

北東の風、滑走路03、
エンジンの音がここまで響く
そして、その飛行機は矢のように通過する
轟音が耳をつんざく
濡れた地面が揺れているようだ
ベールのように降る雨の中を
高度を上げて、巡航するまで、
太陽に向かって。

雲のかなたには、
きっと限りない自由があるに違いない
恐れることも、心配事も、
ずっと下の方に隠れていって、
これまでとっても大事に思われてきたことが
急に、何の意味もない、ちっぽけなことだったんだ
と気づくよ、と人は言う。


僕はずっと見続けていた、
黒い雲の中を上昇していく様を
そのライトがだんだんと
雨雲の中に消え去るまで。
その最後の小さな明かりは
もう僕の目には見えなくなった。
遠くからエンジンの音だけが聞こえる
エンジンの音だけが。

雲のかなたには、
きっと限りない自由があるに違いない
恐れることも、心配事も、
ずっと下の方に隠れていって、
これまでとっても大事に思われてきたことが
急に、何の意味もない、ちっぽけなことだったんだ
と気づくよ、と人は言う

そして、また、静かになって、僕は歩き出す
雨が僕の革ジャンからしみこんでくる
誰かが、沸かすコーヒーのにおいがする
空港の見張り小屋からみたいだ

水たまりに広がるガソリンの膜が
まるで、雲もかかる虹のように光っている
あー、僕も一緒に飛んでいきたいよ。

雲のかなたには、
きっと限りない自由があるに違いない
恐れることも、心配事も、
ずっと下の方に隠れていって、
これまでとっても大事に思われてきたことが
急に、何の意味もない、ちっぽけなことだったんだ
と気づくよ、と人は言う

雲のかなたには、
きっと限りない自由があるに違いない
恐れることも、心配事も、
ずっと下の方に隠れていって、
これまでとっても大事に思われてきたことが
急に、何の意味もない、ちっぽけなことだったんだ
と気づくよ、と人は言う
 

Reinhard Mey

 投稿者:川井 浩  投稿日:2020年 8月29日(土)08時21分20秒
  今から50年前に初めてドイツに行ったときに、Reinhard Mey のUeber den Wolkenという歌がヒットしていた。 Reinhard Mey はドイツのシンガーソングライターです。いわば僕の青春を思い起こさせる歌手なのです。

いつもは一人でギターの弾き語りなのですが、ここは、Hohner Golaの滑らかなサウンドの伴奏があるので、ここに投稿しちゃってもいいかな、と思って、紹介しちゃいます。
Reinhard Mey - Viertel vor sieben (live)
https://www.youtube.com/watch?v=61PL3KJFPss&list=RDTbcV3D1TYrc&index=2

ドイツ語の歌詞はここにありました:
https://genius.com/Reinhard-mey-viertel-vor-sieben-lyrics

彼の詩はなかなか難解な時がありますが、詩なので、ざっと意訳を試みてみます。

黒い雲が襲ってきて、急に土砂降り。でも、それが止んだら、製鉄所の空には虹が出ていた。
その近所の家々の窓はもう、明るく輝いていた。「どこをうろついてたんだい! まず、濡れた靴を脱ぎなさいよ!」というママの声が聞こえてきそうだ。 あー、また、7時15分ぐらい前の、家に帰れたらなー。

日曜日の夕方、台所では、お鍋で焼いたケーキが焼きあがっていて、ココアと僕のコップも並んでいる。泡立ったココアにチョコレートフレークを振るのは僕の役目だ。あー、また、7時15分ぐらい前の、家に帰れたらなー。

郵便受けの新聞と広告の間に届いた手紙。 あんなに仲の良かったハンスとアンナが別れたと。 愛し合っていた二人が、あれほど、うらやましかったのに、それも、突然終わってしまった。あー、また、7時15分ぐらい前の、家に帰れたらなー。

今時、父さんは、古いGrudigのラジオを居間で聴いていることだろう。 邪魔するなよ! というオーラが丸出しだ。 僕を見つければ、眼鏡を持ち上げて、「なんてこった、また、なんて格好しているんだ!」という目つきで僕を見るだろう。 あー、また、7時15分ぐらい前の、家に帰れたらなー。

革ジャンの革も薄くなってきたし、グラスも空っぽだけど、飲んでももういい気分になれない。悩みは深く、慰めは弱い。もう回復は期待できない。 あの頃の、無邪気な心はどこに行ってしまったんだろう。お前の悟りとは何だったんだ。あー、また、7時15分ぐらい前の、家に帰れたらなー。
ちょっとだけ、肩の荷を下ろして、つっぱるのもやめて、逃げ道を探して、暗い道を通り抜けたら、そのうちきっとすべてよくなる! と信じられたらなー。 すべてが、もっと、難しくなくて、道がもっとまっすぐだったらなー。 あー、また、7時15分ぐらい前の、家に帰れたらなー。





 

Fisitalia Supertone special

 投稿者:川井 浩  投稿日:2020年 8月29日(土)06時26分11秒
  伊藤恵子さんのアコーディオンを紹介するのを忘れていました。 Fisitalia社製Professional modelの Supertone Specialです。
http://www.fisitalia.com/acc-supertone.aspx

リードはSpecial Hand Made Reedです。 もちろん、伊藤恵子さんの優しく繊細な演奏が醸し出すサウンドなのですが、どうですこのサウンド。 透明感のある、澄んだ音色ながら、迫力のあるダイナミックレンジ。 いいアコはピアニッシモで聴かせる、という典型です。

3500㏄ターボ付きエンジンの高級車が、時速300㎞は出せる力を温存しつつ、80㎞ぐらいで、ゆったりとハイウェイをクルージングしている様子を思い起こさせる演奏ですね。 さりとて、目の前の上り坂で、うんうんうなっている車を見つけると、アクセル一踏みで、一瞬にして追い越せるパワー。 それが高級機です。

伊藤恵子さんはネットで見てみれば、いろいろなところでご活躍であることがお分かりになると思いますが、そのうちの1ページで、彼女の紹介のページがありましたので、ご参考まで:
https://azartist.jp/artist_post/%e4%bc%8a%e8%97%a4%e3%80%80%e6%81%b5%e5%ad%90/


 

伊藤恵子さんのアコ演奏

 投稿者:川井 浩  投稿日:2020年 8月28日(金)22時43分25秒
  伊藤恵子さんの夢見るアコーディオン。 浴衣姿の伊藤恵子さんのアコ演奏を堪能してください。

https://cheerforart.jp/detail/4560
 

コロナ風邪

 投稿者:川井 浩  投稿日:2020年 8月10日(月)07時53分45秒
  藤田様、希望の持てる情報ありがとうございます。 ちょっとしたコロナ風邪ぐらいに言われるようになる日がくるといいですね。

経済は回ってもらわないと困るけど、このコロナで、普段、急がしてく、見落としていた、家の中のことや、自宅の周りのことが、よく見えてきて、なくても生活ができる物事がかなりあるということに気づいた人も多くいるのではないかと思います。

大規模チェーン店の閉店が相次いでいますが、これで、商店街の復活、というわけにはいかないのでしょうねー。 ネット販売は伸びている、ということのようなので、もしかしたらSmall Businessが伸びるチャンスなのかもしれません。 とはいえ、昔ながらの商店街とは別のところでの発達ということのようなので、いつの世も、ニーズを見極めればビジネスチャンスがあるということかもしれません。

ところで、スローダウンして、立ち止まって、何もすることが無い、というような状況になると、見えていなかったものが見えてくる、あるいは、大事だと思っていたことが全く大事ではなかった、ということに気が付いたり、することってありますよね。

お寺で座禅を組んで、無の状態になると見えてくるものがある、といわれるようなことなのかもしれません。

それはさておき、梅雨の時期の大雨が済んだとおもったら、次は台風のシーズンが来ます。

おのおのがた、油断めさるな!
 

さてコロナ禍

 投稿者:藤田  投稿日:2020年 8月 7日(金)18時55分35秒
  https://news.infoseek.co.jp/article/gendaihc_275223/

さて感染症に関してですが。

コロナウイルスは遺伝子の型が、何タイプか存在しており【強毒型】のコロナウイルスも存在しています。これが欧州、そして米国で猛威を振ったわけです。興味深いことですがウイルスというのは、ある段階から【弱毒化】し普通の風邪のようなレベルの感染症に落ち着いてゆくものなんだそうです。


それはある意味、当然のことでして。というのも強毒型のままですと、まず感染した人間が【動けなくなる】わけですから強毒型ウイルスは伝播しなくなります。でもそれはコロナウイルスにとって非常に困ります。人間が宿主ですから、その人間が動けなくなるのはコロナウイルスにとってマイナスにしかなりません。まして宿主が死亡するほどに強毒型ですと、コロナウイルスも存在不能になります。ですから宿主である人間が【死なない程度】の弱毒化コロナウイルスに変化して、人間と共存共栄する。これがウイルスたちの【共通】した本音だというわけです。

ウイルスに本音があるのか?までは、知りませんが。

感染は拡大しているものの、毒性は徐々に弱まりつつあるのかもしれません。

普通の風邪、普通程度のInfluenzaに少しずつ近づき始めているのかもしれません。
 

川井様、大自然満喫レポートありがとうございます。

 投稿者:藤田  投稿日:2020年 8月 7日(金)18時43分34秒
  川井様、とても贅沢な空間+時間を大満喫されたのですね。石巻に【桑浜】という小さい漁村があります。津波の高さは30m程度はあったのではないか?と言われる地域の一つです。そこにKさんという漁師さんが居るのですが、震災時は漁船の上に居たそうです。海面が激しく揺れて最初は何が起きたか?全く理解できなかったというのですが、徐々に【これは地震だ】と直感。そして船がこれほど揺れるのだから絶対に津波が来ると直感し、漁網を引き上げ、戻る用意をしていた時、ふと後ろを振り向くと【真っ黒な壁】が迫っていたと言います。【大変だ津波がそこまで来ている】と気がついて、船を動かし必死に走る。最後は船を捨てて陸地を走り坂をハァハァ言いながら逃げたというのです。坂を登る途中で老人に出会い【逃げろ】と説得するも、その老人は【ここまで津波がくるわけがない】と言い、結局、その老人は命を落としました。

それから4年。ようやく作業小屋が復活し、漁業再開です。そのKさんから呼ばれて、桑浜まで車で走ると【採れたて】の海の幸が作業小屋のテーブル狭しと並んでおり【食べてくれ】と言うのです。雲丹が最高に美味しくて。雲丹は採れたてを食べるのがやはり美味いとのことで、これを東京まで運ぶとなると様々な工夫をしなければなりません。

【金を積んでも、この鮮度で雲丹を鱈腹、喰らうってことはやっぱり東京じゃ無理なんだよなあ】とKさん。本当にそう思いました。


【金じゃ買えないものがある】。

川井様のレポートを拝見し、まさに思い出したことがそれでした。

ここ石巻にも【桜】の名所が実はあるんです。でも?震災以来、私は桜を見た記憶が無いのです。いつも【何か?】に追われていて、あっという間に1年が過ぎてゆくの繰り返しでした。ボランティアさんが【藤田さん。今年の桜を見ましたか?】と問われ【あ?そういえば桜は、どうなった?】と言うと【もう葉桜になってましたよ】と。


それの繰り返しだったのです。今年も、桜を遂に見ませんでした。

人ってのは【心】に余裕がないと、桜を観ることもできないのだなと痛感したのです。

この9年、自分の時間は全くありませんでした。時間は止まったまま。

これじゃあ、良くないなあ、、、、と思うようになって。

皮肉なことにコロナ禍が押し寄せ、団体の活動が一切停止状態となった瞬間に【震災後】初めて個人的な自由時間が生まれたのです。なんとも皮肉なことだと思っております。


今年から、自分の自由な時間を見つけようと思うようになりました。自然を満喫する、これは人間にとって非常に重要なことだと思っています。人は【独り】でいる時間が必要です。しかし同時に【みんな】と一緒に居る時間も必要です。どちらかが欠けても、精神衛生上は不健康なんだろうなと。



いつも不思議に思うんですが、なぜあんなに混雑していて満足に遊ぶ時間も確保できない【ディズニーランド】に人が殺到するのだろうか?と。人は【混雑している場所】に殺到する習性があるのだと言います。多分【群れ】を好む生き物だからでしょう。でも?この数十年?日本人は、限度を越えて「個」を軽視し、集団主義を尊重しすぎました。集団の決定は、個人の決定を越えて重視されていた時代ですね。その結果、個人個人は、生きにくさを感じていたと思うのです。


震災、そしてコロナ禍

ある意味、貴重な経験です。

疫病神だとマイナス思考ばかりせず、むしろコロナ禍が与えてくれた【恩恵】を考えてみるべきと個人的には思っているのです。悪いことばかりじゃありません。


通勤地獄に耐えて出社しなくても【なーんだ、仕事になっているじゃないか】と気がついた会社員はとても、多かったはずです。家賃の高い都内23区内にアパートを借りなくても、千葉、埼玉、関東圏に居住しても仕事はできるんだと。考え方一つで、人も社会も変われるはずなのです。


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高速道路もすいているし、ドライブも快適でした。 原村の村営の宿泊施設のランチも安くてうまくて、これも大満足。 青い夏空にもくもくと湧く入道雲は、まぁ、やがては夕立にはなるのですが、なんとも爽快。 高原の夕方は雨が上がれば、スーッと涼しくなって、とても、いい気分転換になりました。
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全くもって同感であります。

なにを好き好んで【歩くのもままならないディズニーランド】なんぞにお金を払ってまで疲れにゆくのか?寧ろ、川井様のように【大自然を独り占め】する時間の過ごし方の方が、はるかに【人間らしい】振る舞いじゃないかと私は思うのです。コロナ禍のおかげで、高速道は走りやすいし(煽り運転の阿呆も少ないでしょうし)、村営の宿泊施設のランチも美味しい。貸し切りレストラン状態に近い雰囲気だったのでは?と想像。


私は大震災、台風19号(地域一帯が水没した)、そしてコロナ禍を経験するという【三冠王】を達成しました。

【他人様の目を意識して生きることくらい、阿呆なことはない(愚かなこと)】を学びました。

ボロは着てても心は錦

昔の人は、良い歌を歌っていたのですね。

コロナ禍は、己を磨く絶好のチャンスです

このチャンスを活かすも殺すも、己次第だなあと痛感する今日このごろです


大自然の美味い空気を鱈腹吸う。こんな贅沢は、他にありません。金を出しても買えない贅沢です。

震災を経験すればするほど、さりげない日常の【自然】こそが最高の幸せだということに、誰でもが気がつくはずなのです。

美しい音楽や、楽しい歌、そして大自然に囲まれて生きてゆきたいものです。

楽しいレポート、ありがとうございました。







 

仰せの通り、大満足でした。

 投稿者:川井 浩  投稿日:2020年 8月 6日(木)21時33分36秒
  藤田様のお察しの通りで、だれも応募者がなかった原村アコパでしたが、一人で、途中から落雷、大雨が来ても、弾き続けていたのは、仰せの通り、本当に負け惜しみでもなんでもなく、満たされた心で、大自然を満喫しつつ、気ままに好きな音楽に思い出を重ねて、心が洗われるような、なんとも言えない充足感に満たされていたからでした。

マイクもアンプもスピーカーも使わずに、屋外のステージで弾くと、自分のアコーディオンの音が、ステージの背後の壁と屋根に反射して、まるで、自分が音の波の中に入ってしまったような不思議な感覚にとらわれます。 雑音の中のストリート演奏とは、全く別物です。 お部屋で弾くのともまた違った、なんとも、ぜいたくなサウンドに身を包み込まれるような感じがしました。

次回も計画をしたいと思いますので、タイミングが合えば、ぜひ、ご参加いただいて、この不思議な感覚を味わっていただきたいものです。

高速道路もすいているし、ドライブも快適でした。 原村の村営の宿泊施設のランチも安くてうまくて、これも大満足。 青い夏空にもくもくと湧く入道雲は、まぁ、やがては夕立にはなるのですが、なんとも爽快。 高原の夕方は雨が上がれば、スーッと涼しくなって、とても、いい気分転換になりました。

 

川井様

 投稿者:藤田  投稿日:2020年 8月 6日(木)19時28分9秒
  良い気分転換になったのではありませんか?

9年前の震災時の実話なのですが。

当時は地域全体が【瓦礫の捨て場所】のような状況でしたので(苦笑)、瓦礫をどこかに捨てたいのですが、その空き地が見つからないわけです。空き地だった場所でさえ津波が瓦礫を積み上げてしまったような惨状でしたので、地域には俗に言う空き地が存在していませんでした。しかし瓦礫を処理しないことには道路を開通できないわけです。道路を開通させない限り、支援してくれる自動車を地域に招き入れることができません。

少し離れた場所に、偶然空き地があることが分かりまして。一旦、その場所に瓦礫を廃棄して道路を開通させようということになりました。その空き地に瓦礫を廃棄していたところ、その空き地の境界線の【際】に建っている被災した家屋から中年の男性が出てきました。その被災した男性は【お願いだから瓦礫をこの場所に廃棄するのを、中止してほしい】とクレームを伝えに来たのです。

地域としては、しかし瓦礫をこの空き地に廃棄して道路を開通させないと復旧が遅れに遅れてしまうと説明したのですが、この男性は納得しません。翌日も、翌日もクレームを伝えに猛抗議に来るわけです。その男性は【朝、目が覚めて2階の窓を開けると、どんどん瓦礫が積み上げられていて瓦礫の量が増えてきている】と主張します。

私はこの男性の主張を数日聞いて、ピーンと来ました。当初、裏庭には何も存在していなかったのに、徐々に瓦礫が運び込まれ瓦礫の山が出来上がってゆくわけです。段々と瓦礫の山の高さが高くなってゆくわけです。それを毎日、眺めている彼は精神に変調を来しはじめ【鬱病】になりはじめていたんです。【これは非常に危険だな】と判断し、その空き地に瓦礫を運び込んで廃棄することは、止めました。



人は【なぜ?】美しい音楽を愛し、絵画を楽しみ、地域の清掃をするか?

それは人間というのは美しいものに囲まれ、清潔な環境で生活することができれば【精神を病む】ことがなく、己の精神の健康を維持できるからなのですね。逆に音楽に囲まれることもなく、また自然や緑に触れる環境からも遠い毎日を送れば送るほど、人の精神は【病む】んだろうと先の実体験を通じて痛感させられたのです。


熊本の大地震の時、熊本の仮設団地にて歌声喫茶を開催しました。参加してくださった被災女性の中に【統合失調症だと】名乗る女性が居りました。被災し仮設団地に入居して以降、ますます【幻聴】が聴こえるようになり毎日が苦しいという話だったのです。ところが歌声喫茶に参加してみて【心がすっきりした】と言うのですね。【次は秋に来ます】と伝えると、それが心の支えとなり、毎日の暮らしに張り合いが生まれたと言うのです。




世間には【無趣味】という人も居るようです。
そのような人達にとっては、今回のコロナ禍は本当に辛い災難だと思うのです。

しかし?アコーディオン演奏を含め【音楽】ができる人達にとっては、辛い出来事ではあっても自宅に閉じこもって楽しむことのできる術を持っていたことも事実でした。これはとても大きなことだったなと思います。音楽が自分たちを護ってくれた、と痛感した人達も多かったのでは?



皆で集まり大合唱、一緒に演奏することも素晴らしいこと。

でも【独り】で大自然を独占し【劇団ひとり】状態でステージを独占できたことは、川井様にとって得難い【大自然満喫】日になったと思うのです。コロナ禍がなければ、そのような得難い経験もできなかったと思いますので、精神衛生上大変素晴らしい一日になったと思うのです。

レポートありがとうございました。
 

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