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Gorka Hermosa

 投稿者:川井 浩  投稿日:2018年 2月 9日(金)22時42分53秒
  スペインのアコの名手、Gorka Hermosaを紹介してくれたのは、オランダの友人Wim Vijfwinkel氏だ。 Gorka HermosaのHome PageをLinkすることについてGorkaは快諾してくれたので、別途Linkページにてつなげます。 取り急ぎ、ここに彼のWeb Pageを紹介します。

http://www.gorkahermosa.com/web/

スペイン語のWeb Pageなので、ちょっと戸惑いますが、彼の演奏とべつに、作曲や著作もたすうあり、なかでも、たまたま西郷どんで19世紀末のアコがでてくることから、その当時のアコについての記述があるので、それをご紹介します。 英文に翻訳されたもので、その内容は極めて興味深い内容であふれています。
http://www.gorkahermosa.com/web/img/publicaciones/Hermosa%20-%20The%20accordion%20in%20the%2019th.%20century.pdf

当時のアコは1列ボタンのDiatonicが主流で、西郷隆盛の忠臣、村田新八が日本に持ち帰ったものがそのタイプであろうと思われます。

で、その形は今でもアメリカ南部のCajan Accordion として残っている。

当時、帰国した村田新八はそのアコを上手に弾いていたらしいのだが、どんな曲を弾いていたのだろうか? 興味は尽きない。
 
 

NHK大河ドラマ「西郷どん」(せごどん)

 投稿者:川井 浩  投稿日:2018年 2月 4日(日)21時22分11秒
  今日ですでに第5回目の放映をおわったNHK大河ドラマ「西郷どん」(せごどん)ですが、観てますかー?

実は、ここにアコーディオンが登場するらしいといおう情報が入ってきました。 といっても、すでにLeak情報として下記のWeb Pageがありますので、密告しちぁいます。

http://sinobi22.com/2407.html

で、彼が弾いていた、そして、最後の決戦を前に火にくべてしまったそのアコーディオンとは、どんなアコーディオンだったのか?

それは、今後の、NHKの大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」をみれば明らかになる、かもしれない。

と、Hieronimusは予言した。


 

赤シャツ隊 - Camicie Rosse

 投稿者:川井 浩  投稿日:2018年 2月 1日(木)15時34分4秒
  T.Tanakaさん、感動的なCarusoの歌をありがとうございました。

僕が見つけたのは、彼が率いた赤シャツ隊の歌、つまり、映像から想像するに、これもGaribaldi賛歌なのだと思います。 でも、歌詞のイタリア語、よくわから無いので、どのたなか英訳か和訳していただけませんか?

現代でも彼を尊敬して英雄としてほめたたえているということですね。 命がけでイタリアを統一し、ともに戦った愛する人を失っても、民衆のために戦い、自らは何も求めなかった高潔な生き方に感動するのでしょう。 僕も改めて感動してしまいました。

https://www.youtube.com/watch?v=fEZWG5aJt64

権力を手中にした人のその後でがっかりさせられることが多いので、このGaribaldi信仰があってもおかしくは無い。 現代の聖人といえるのではないか? 多くの血は流れたけれど。

こんな曲や歌をイタリア人に演奏したり歌ってあげたりする機会があれば、喜ぶでしょう、きっと。 イタリアといえば、ピッツァやパスタだけじゃないんだ、パッションでもっているアコーディオンメーカーもあるし、高潔なGaribaldiもいたんだ! と言おう。
 

Garibaldi

 投稿者:T.Tanaka  投稿日:2018年 2月 1日(木)10時07分3秒
  間違えて歌詞のほうを添付してしまいました。こちらが歌です。

https://www.youtube.com/watch?v=PDj0Qorqyc0&list=PLA7CB94633C332D7E

 

Inno di Garibaldi

 投稿者:T.Tanaka  投稿日:2018年 2月 1日(木)10時01分42秒
  ガリバルディ将軍が出てきたので ”ガリバルディ賛歌”という曲が有りますのでご紹介します。古い録音ですが Enrico Caruso が歌っています。

http://www.parlandosparlando.com/view.php/id_1352/lingua_0/whoisit_1

 

Paolo Soprani House

 投稿者:川井 浩  投稿日:2018年 1月31日(水)23時20分23秒
  元のPaolo Sopraniの本社工場跡が今はPaolo Soprani Houseとして、住居として残っている。 Scandalli社の社長のMirco Patalini氏はここに住んでいることを誇りにしている。
CastelfidardoにあるアコーディオンミュージアムのPaolo Sopraniの肖像と彼のアコーディオン。彼が最初に作っていたのはDiatonicアコーディオンであることがわかる。
Paolo Soprani Houseの正面には公園があり、そこにはガリバルディ将軍が率いる義勇軍の銅像がある。 この近くで激しい戦闘があったことが伝えられている。
ガルバルディ将軍がイタリアを統一した、と簡単に中学で習ったことがあったが、Wikipediaを詳しく読むとそれはものすごいことで、イタリア人の英雄であることがわかる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%BC%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3

これもPaolo Sopraniのアコと関連して読んでおいても損は無いと思います。
 

重ね重ねありがとうございます。

 投稿者:大分のM  投稿日:2018年 1月31日(水)21時34分59秒
  川井様
大変ありがとうございます。
イタリアアコーディオンの祖と称される所以なのですね。
このような、アコーディオンにまつわる歴史を教えて頂くと、愛機に触れる時の心持ちも、何となく違ってくる気がします。ありがとうございます。
 

Paolo Soprani Sotry

 投稿者:川井 浩  投稿日:2018年 1月31日(水)15時00分49秒
  http://www.paolosoprani.com/Soprani/index.php?lin=en

Paolo Soprani Story:

This is one of those stories destined to not only change the life of one man, but also of one town, one country.
What happened in 1863 seems to be a legend, but was in fact a reality, important enough to start an industry that would become famous all over the world: the accordion industry.
An Austrian pilgrim returning home from a visit to the Loreto sanctuary asked for hospitality for the night at a farmhouse near Castelfidardo. After having been refreshed, he sat down near the fireside and started to play a strange ''box''. This was the house of Antonio and Lucia Soprani and their sons. One son, Paolo, was interested in this musical box which was in fact a copy of the ''accordeon'' patented in 1829 by Mr. Demian of Vienna.
Many different stories tell of how Paolo obtained this box: some say that during the night, the young Paolo woke up to study all the secrets of the box. The important thing is that, from this little box and Paolo’s intelligence, after a few years the accordion industry would be born in Castelfidardo.
In 1864 Paolo opened a little workshop inside his home, with the help of his brothers; after some years, he moved to a bigger house, engaging some workers. The first ''armoniche'' produced were sold in fairs and markets of nearby towns. In Loreto there were always a lot of pilgrims, religious visitors and dealers. Paolo went there to exhibit his accordion an he also became a good player.
In 1872 he moved to the centre of Castelfidardo and opened a factory in the Piazza Garibaldi. His instruments had immediate success, especially in the country where the farmers danced to popular songs. Quickly the popularity grew and requests came from other european countries like France. At the end of the 19th century the ''armonica'' started to be exported to other continents, for example the USA, where a lot of Italian people had emigrated and the sound of the ''armonica'' eased their homesickness. To supply the increasing number of orders he needed to find a bigger place and more workers, to organise the phases of production in a better way and create a commercial office. For this reason Paolo with his sons Luigi and Achille opened a new factory in Castelfidardo where about 400 people worked.
In 1900 the company had a big success in a fair in Paris; Paolo became a member of the academy of inventors of Bruxelles and Paris and met the President of France. He continued to work in his factory until he was 70 years old, when his two sons took over. He died in his house on 20th February 1918, when he was 73 years old.
 

ありがとうございます。

 投稿者:大分のM  投稿日:2018年 1月31日(水)07時28分56秒
  川井様
早速のとても丁寧なご説明ありがとうございます。パオロソプラーニの成り立ちや変遷など存じないことばかりでしたので、大変参考になります。
ありがとうございます。
 

Super Paolo

 投稿者:川井 浩  投稿日:2018年 1月30日(火)23時19分7秒
     大分のM様、Paolo Sopraniについては、イタリアアコーディオンの祖といわれる人のブランドでありますね。一代で巨大なアコーディオンメーカーを作り上げ、国から勲章をもらえるほどの名誉を得た人でもあります。 CastelfidardoのPaolo Sopraniハウスは昔の同社の本社あとですが、今では住居になっています。
で、Paolo Sopraniというメーカーも、同氏の死後、オーナーが何度か代わり、現在ではE Sopraniという普及版アコと、Moreschiというブランドのアコも製造し、かつ、Voci Armonicheというリードメーカーも所有しているオーナーのブレッチャ氏が経営しています。
どちらかといえば、広く使ってもらえるような親しみやすいアコを製造するというようなコンセプトですが、もちろん、入門機から高級機まで作っており、Super Paoloブランドのシリーズは同社の最上位機種のシリーズになります。 Super Paoloの特徴はチャンバー付であるということと、リードは、ハンドメードリードないし、ハンドメードタイプリードという高級なリードが使用されているのが特徴です。 現在のPaolo Sopraniのオーナー社長は上記のとおり、自分でリードメーカーの所有しているので、いいリードを安価に持ってこられるという立場にあり、コストパーフォーマンスに優れたメーカーで、Super Paoloシリーズも高いグレードの割にお買い求めやすい価格設定になっているのが特徴です。
当方でもSuper Paolo IIというモデルを在庫しています。
http://www.akkordeon.jp/Demono/Paolo%20Soprani%20Super%20Paolo%20II.htm
同グレードのアコが150万円前後するのに比べるといかにお得かお分かりになると思います。
大分のM様のSuper Paoloがどの年式のどのモデルなのかは存じませんが、いずれにせよ、高級なチャンバーアコで、いいリードが使用されているということは言えるとおもいます。

ただ、年代によっては、オーナーが切り替わっているので、その時代・そのオーナーの時にどんなブランド戦略をとったのか、ということが系列的に記録されないため、厳密なことは、もう少し情報をいただかないとわからないのと、実際にその現品を見てみないと正確なことはわかりません。

一般的には高級機であるといってよいと思います。
 

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