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「釈迦と我」暴風駛雨 曽我量深選集 第4巻

 投稿者:管理人  投稿日:2018年11月13日(火)13時24分11秒
    大聖釈迦降誕の時、唯我独尊を獅子吼えし、入滅の時静かに仏性常住を宣揚されたまった。
  驚くなかれ、我ら衆生は何人も生の初めを思う時、皆釈尊と等しく唯我独尊と獅子吼えし、
死の一念を思う時、また、皆、釈尊と同じく仏性常住を宣揚するであろう。
  このように死生の始終にあっては、我らはまったく大聖釈尊と同等である。
  故に、我らの釈尊と異なるのは生死の中間の歳時である。何故、始終の二念のみ等しくして、
中間においてこんなに違うのか。
  釈尊の八十年は生の一念の無限の連続であった。故に彼は念々に常に現在に死の一念を実験
し、以て八十年入滅の時まで止まなかった。故に生涯一貫して常に唯我独尊の自覚があった。

  我らは生の一念を遠く過去に葬り去り、もはやこの大自覚はまったく消滅し去ったのだ。これ
故に一念の偉人は凡人と化した。
  釈迦の八十年は、また、死の連絡である。故に彼の降誕の一念により念々にまさに死の一念を
実験し、八十年入滅の時、静かに平生の自覚を表白せられたに過ぎぬ。彼は生涯一貫して常に仏
性常住の信念に住せられたのであった。
  我らは死の一念を遙かに未来に追い遣り、念々に死の門に向かいつつある事を忘れている。臨
終の一念にならねば偉人の位に還る事のできない処、そこに置かれたままである。
  釈尊は生涯一貫して念々に死生の前に立ち、我らは死生を遙かに過去未来に放遂した。偉人・
凡人の別がここに生じたのである。
  過去はすでに去った、これを研究する派学者の職務である。
  未来は未だ現れぬ、これを想像するは詩人の仕事である。
  宗教は、唯、実在の上に立つ。実在は、唯、現在の一念である。
  故に信念は唯、現在の事実に向かうものである。現在一念の死生を観ずるが宗教である。
  故に信仰の門に入る物は釈尊と同じく生涯一貫して念々に死生の前に立って、唯我独尊、仏性
常住の自覚に住する事が出来る。
  釈尊の偉大なるは、唯、この信念の力である。我らはこの同一の信念によって、当然、如来の
位に登る事が可能である。
  親鸞聖人の宗教は、過去を回想して釈尊と同じかりしを誇る教えでもなく、未来を望見して釈
尊と同じになろうとする教えでもない。現在に釈尊と同等なりと自覚し、その絶大の栄光を感謝
する教えである。
    「釈迦と我」暴風駛雨 曽我量深選集 第4巻 より
 
 

徒然草・・人生の深淵を垣間見る

 投稿者:管理人  投稿日:2018年10月26日(金)14時23分51秒
  第二百十一段
  万(よろず)の事は、頼むべからず。愚かなる人は、深く物を頼む故に、恨み怒る事あり。
  勢(いきほ)ひ有りとて、頼むべからず、強(こわ)き者、先ず滅ぶ。財(たから)多しと
て、頼むべからず、時の間(ま)に、失(うしな)ひ易(やす)し。才(ざえ)有りとて、たの
むべからず、孔子も、時に遇(あ)はず。徳有りとて、頼むべからず、顔回も、不幸なりき。君
の寵(ちょう)をも、頼むべからず、誅(ちゅう)を受(う)くる事、速やかなり。奴(やつ
こ)従(したが)えりとて、頼むべからず、背き走る事有り。人の志をも、頼むべからず、必
ず、変ず。頼むべからず、信有る事、少なし。

  身をも、人をも、頼まざれば、是なる時は喜び、非なる時は恨みず。左右(さう)、広けれ
ば、障らず。前後、遠ければ、塞がらず。狭(せば)き時は、拉(ひし)げ砕く。心を用ゐる
事、少しきにして、厳しき時は、物に逆(さき)ひ、争ひて破る。緩(ゆる)くして、柔らかな
る時は、一毛(いちもう)も損せず。
  人は天地の霊なり。天地は、限る所無し。人の性、何ぞ異ならん。寛大にして、極まらざる時
は、喜怒、これに障らずして、物の為に煩(わずら)はず。 吉田兼好
 

ニーチェの思想「ニヒリズム」の意味するところ。

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2018年 5月15日(火)10時26分51秒
  西洋哲学には実は余り関心がなかったが、周りが余りにもAmericanizeされてしまっています。アメリカありきの政治。
 戦後、また、足下はふらついたままです。 『忖度』は、公務員の正義感喪失のあらわれ ・・ 哉
 政治的正義、公務員の正義、教育の正義、宗教者の正義・・・・。これらは消えていきそうです。国会の審議を見ていても、
責任の所在がない。 無い ! 無い !! 見えない ! Nicht!!  ニーチェの思想は大変預言的であった。
 仏教思想にも深い理解があった事が分かった。 (後の、ハイデガーも同様であった。)
地域社会に
目覚めようよ!。。。と、古い中国や日本の思想家を持ち出しても耳を傾けてくれそうもない。そこで、西洋の哲学を参考に
したくなったのである。
*********************************
1 「ニヒリズムとはなにを意味するのか。-最高の諸価値が無価値になると言うこと。  目標が欠いている。
『何ゆえに』と言うといへの答えが欠けていることである」(Ⅷ2,9-35)  『何ゆえに』という問いかけ自体、これまでの
習慣によるものである。  これまでの習慣に拠れば、超人間的な権威によって、目標は建てられ、要求されているように思われた-。
2 この権威を信じることを止めた後でも、なお世間の人は、古くからの習慣によって別の権威を求める。   この別の権威も、
無条件に目標や課題を命令する。  今や、良心の権威が、あるいは理性の権威が、あるいは社会的本能が、あるいは内在的
精神を備えた歴史学が、第一線へと乗り出してくる。   『世間の人は、意志を、ある目標を意欲することを、自分自身に
目標を与えるという冒険を回避したがっているのである』」〔Ⅷ2,9-43)
3 初期のギリシャの自然哲学においては、人間と自然は親密な関係にあって、汎自然的な調和的な世界観があった。(現状の日本的な?)
けれどもプラトンになって、生成変化する自然の彼岸に、永遠のイデア界を想定するようになった。キリスト教も教父の神学以来、
そのプラトン主義に影響されて、肉と霊、この世とあの世、自由と摂理といった二元的な区別をするようになった。
ニーチェによれば、プラトン主義の民衆版であるキリスト教道徳において、生成変化する現世的・感性的な生をひなん、
断罪して、価値あるもの、真理を生の彼岸に対置するようになったのである。(建前的な価値観?!)従って、「キリスト教的、
道徳的な解釈にこそニヒリズムが潜んでいる」のである。
4 それ故に、あらゆる価値の転換の試みがなされなければならない。「あるがままの生存、それは意味もなく、しかも
それでいて不可避に回帰しつつ、無に終わることもない。・『永遠回帰』(魂の不滅も意味する)である。
すなわちニヒリズムの極限的形式、無が永遠に- である。」(Ⅷ1,5-71) (東洋哲学に近い!)
5 それはどういう世界が展望されるか?(『ツァラトゥストラ』より。)「かくあった」を超克して、かくあることを自分は
「かつて欲し」「今も欲し」「将来もほっするだろう」という形で時間との和解を達成し、(”過去はこうであった”という
ことを一端横に置いておいて、”過去・今も・・きっと将来もこうありたい”かどうか?という、時間や時代をも超えて
普遍なものを確保し)和解以上の高次なもの成就することを示唆していた。(救済)
6 このようにして永遠回帰を覚悟して「よし、ならば、もう一度」と生きることを意味する。そして「もう一度」とは
「新たに」であり、「三つの変化」の「小児」のように「新たな小児」のような「創造者」(至福の島々)とならねば
ならぬのである。
 From「哲学・思想を今考える -歴史の中で-」 魚住孝至著 放送大学教育振興会 NHK出版
 

神仏は死んだか 今 !? いま?

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2018年 5月 5日(土)11時49分0秒
  考えさせられるテーマだ。仏教界では、今や『末法の時代』と言う風潮が大方(曹洞宗道元はそれを否定している)である。
法然は、親鸞は、一遍はひたすら称名せよと勧めた。 だが、今、なぜか仏は遠のいていくような不安が拭えきれない。
 末法思想の仏教信者達は、薄れる仏陀の影を探し続けようとしている・・・・・が、僧侶達は実に頼りない。
諦めようともしているようにも思う。 生きるための仏教が弔(とむら)うための呪文・『葬式仏教』でも良いか?!
現状に甘んじているかに見える。 どう生きたら良いのか? の問題が、僧侶達の求めるところではなくなったか
と思う。
        ----------------------
ニーチェも『愉しい学問』第三章108番(森一郎訳)で「新たな戦い -仏陀の死後、なお数百年もの間、ある洞窟に仏陀
の影が映っていたという- 巨大な恐るべき影が。 神は死んだ、だが、ひとの世の常として、おそらく更に何千年もの間、
神の影の映ずる洞窟が存在することだろう。-ということは、われわれは- われわれは、神の影にすら打ち勝たねばなら
ないのだ。」
で『ツァラトゥストラはこう言った』で神は死んだと訴えた。 超人を目指せと訴えた。
 多くの戦や揉め事の末の大量虐殺は、神を畏れない・・・神不在の証ではなかろうか? 真の神・仏が不在となったとき、
われわれは我々自身で生き方・いたわり方を創造しなくてはならないのではなかろうか? 急務ではなかろうか。
 今、我々は危機に在る。 ・・・とおもう。
   ****************** *******************
「現代の危機と哲学」  森一郎 放送大学教育振興会 NHK出版 より抜粋
  ニーチェは『ツァラトゥストラはこう言った』でも、主人公に「神は死んだ」と語らせている。特に第四部では、神は同情
ゆえに死んだと、される。
 だが、同情道徳を生み出した近代という大枠そのものこそ、「神の死」によってテーマとされた問題現象にほかならない。
                      ****************
  現代という時代は、十七世紀に本格的に始動してから、まだ四百年しか経っていない。だが、それが人類史的に見て異例の
時代となりつつあることは、誰の眼にも明らかになっている。その兆候らしきものとして、いつまでも「近代・現代」つま
り「新しい時代 the modern age」を自称し続けていることが挙げられよう。四百年を過ぎてもなお「新しさmodernity」
を売り物にし続けている時代は、かつてなかった。新しさを本領とし、それ以前の時代を乗り越えることを不断の課題とする
時代が、これまで地上に存在しただろうか。この課題がいまだ途上であり続けるかぎり、モダンの時代は続くことだろう。
 一時(いっとき)「ポストモダン」なる言い方が流行った時期が合ったが、それもまた「モダン」路線以外のなにもの
でもなかったことが判明して久しい。
 われわれ「現代人」の住んでいる「新時代」は、そのように人類史上極めて異例で特殊なのだが、その特殊性のゆえんは、
この時代がそれでいて、圧倒的な普遍性を誇り、それを貫徹しようとする点にある。それはさしあたり「地球的global」と
称されもするが、それすら超え出る、まさに「宇宙的universal」と呼ぶにふさわしい、広大無辺な無差別的普遍性である。
 そこでは「局地的local」な特殊性は根こそぎ無意味化していく。
  全宇宙的普遍性を持つ無差別均質空間には、神にふさわしい居場所はどこにも存在しない。「男らしい」も「女らしい」も、
いや下手をすると「人間らしい」すら禁句となるような平等空間のどこに「神々しい」場所がありうるだろうか。 狂人は、
神はどこだ ?と最初探し回ったが、見つけるのをやめた。それはそうだろう。無限に広がる無差別宇宙に、「神的なもの」
の落ち着ける聖域など、どこにもありはしないのだから。近代的宇宙像に神を語る余地はもはや存在しない。
  もちろん、ファンタジーや名臣といったものを人間が必要とするかぎり、神についてのお喋りは決してなくならないだろう。
 だが、萬有を学問的に説明する上での原理として「神」をもちだすことは、とっくに出来なくなっている。そんなことは
当然だとわれわれは思うが、かつては決してそうではなかった。
  デカルトの第一哲学では、大原則として呼び出された。それに続いてニュートンが唱えた自然哲学の数学的書原理でも、
神はれっきとした中枢の座を占めていた。スピノザもライプニッツもロックも、皆哲学的文脈の中で神について滔々(とうとう)
と語っている。だが、それと異なるタイプの、神なしで済ます「新しい哲学」が、ホップスを嚆矢(こうし)としてぞくぞく
と現れ、神についての哲学的議論を駆逐していくのが、新しい近代の哲学史の主流なのである。カントもその流れに棹差して
いる。ヘーゲルは神を原理的に論じようとした最後の哲学者と云ってよいが、同時に、歴史を哲学の中心テーマに捉え置いた
最初の哲学者であった。
 

ご迷惑を・・

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2018年 4月 5日(木)14時29分8秒
   先月の中旬から、私のホームページサーバーの転居を開始しています。
 123ページほど有りますので、ちまちまと修理していますと、至らないところばかりです。
 お見苦しいですが、どうかご寛恕下さいマセ。

 もう20年経ちました。ホームページを編集し始めてからです。
 データが当時のまんまですが、私もその間に心も変わっています。
 進歩成長したいと望んでいます。 死ぬ瞬間まで成長!! したいものです。

 再編集・再構築したいとは思いません。
 このまんま内容と資料を加減するに留めるつもりです。
     ****************
 私が歩んだ心の遍歴のようなものです。
 しかし、私自身に言葉は大してありません。
 この世の中には、素晴らしいヒトが一杯いましす。
  私の拙い言葉を書く以前に、先人達の書簡をご紹介した方が読み易いに違いない・・・と。
  宇宙論や天体観測の資料など科学の進歩は誠にスピードアップしております。
  ただ、人はどう在るべきかは・・・。
   永遠の課題です。
  どうか、今後共にご訪問下さいますよう心よりお願い申し上げます。
    Welcome to My Home-page.
 

日本の心の支柱・背骨は

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2018年 2月13日(火)08時28分53秒
  明治維新で神仏分離が行われた。・・・と言うことについて。      功か? 罪か?
                         **********
 明治政府が維新早々に打ち出した宗教政策は、「廃仏毀釈令」ではなく、「神仏分離令」だった
”寺破壊して仏教を捨てよ」”との命令ではなかった。革命政権である維新の明治政府は天皇を支柱と
する国民国家を目指した。その支柱たる天皇の絶対に侵されるべきでない存在意義を、皇室の宗廟た
る伊勢神宮を最高にした神道に求めた。そのため、明治維新政府は国教をそれまでの仏教より神道に
変えることにした。
 江戸時代まで仏教と神道は神仏習合・神仏混淆(しんぶつこんこう)で、どちらが上かといえば仏
教(寺)だった。神社の中にお寺が存在した。革命政権である維新の明治政府は天皇を支柱とする国民
国家を目指し、その支柱たる天皇絶対に侵されるべきではない存在意義を皇室の宗廟たる伊勢神宮を
最高にした神道に求めた。
                     *****************************
 仏教伝来以来、神道(しんとう)は1000年余にわたって徐々に仏教と習合し、長らく神仏習合(神仏
混淆(こんこう)の時代が続いた。近世になると儒学や国学の排仏思想によって、神道から仏教色を排除
する動きが出現し、水戸藩(茨城県)や岡山藩、会津藩(福島県)で地域的な神仏分離が行われた。
この排仏意識は幕末に至っていっそう強まり、水戸藩や薩摩(さつま)藩(鹿児島県)では過激な寺院
整理が行われた。また石見(いわみ)国(島根県)津和野(つわの)藩でも最後の藩主亀井茲監(これみ)
によって独自の神社・寺院改革が行われ、維新政府の宗教政策の青写真となった。
 維新政府は神祇官(じんぎかん)を再興して祭政一致の制度を実現しようと、この津和野藩藩主亀井茲
監や福羽美静(ふくばびせい)、大国隆正(おおくにたかまさ)を登用し、最初の宗教政策ともいえる神仏
分離を全国的に展開させた。まず1868年(慶応4)3月17日、神祇事務局は、諸国神社に仕える僧形(そう
ぎょう)の別当(べっとう)・社僧に復飾(還俗(げんぞく))を命じ、ついで28日太政官(だじょうかん)
は神仏分離令(神仏判然令)を発して、 (1)権現(ごんげん)などの仏語を神号とする神社の調査、
(2)仏像を神体とすることの禁止、を全国に布告した。これ以後全国の神仏混淆神社から仏教色がすべ
て排除されるが、近江(おうみ)(滋賀県)日吉(ひえ)山王社のように過激な神仏分離が多発したので、
太政官は同年4月10日には、神仏分離の実施には慎重を期すよう命じた。しかし、政府の威令がいまだ
行き届かず、苗木(なえぎ)藩(岐阜県)や富山藩などの各藩や政府直轄地では、地方官がこれを無視し
て強硬な抑圧・廃仏策を進めたため、寺院の統廃合など神仏分離を超えた廃仏棄釈(きしゃく)とよばれ
る事態が1874年(明治7)ごろまで続いた。[阪本是丸]
『安丸良夫著『神々の明治維新――神仏分離と廃仏毀釈』(岩波新書)
                             日本大百科全書(ニッポニカ)の解説より
 

明るい年を迎えたいですね。

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年12月29日(金)08時39分17秒
  今年ももう残りわずかです。 明るい年を迎えたいですね。

      ***********

現実を引き受けたところにしか真実はない。  中村久子

         ******************

身を愛し、意を快くして非常(無常)を観ぜず。
   冥冥(めいめい)として懈怠すること昼夜無し。
    咄(とつ)、起きよ。何ぞ寐(び)を為さん。
           <さぁ !  目覚めよ !!>
           発句譬喩経  教学品第二 より

      ***************

  安穏が人生の目当てではなく
   真実を現すことが 生の第一義諦である。      金子大栄

  人生の意義は、
   自己の使命を発見して
           これを実現することにある。
                             金子大栄
      ******************
 大切なのは
      かつてもなく
       これからでもない
       一呼吸
          一呼吸の 今である
            坂村真民
 

僧の使命

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年10月 9日(月)07時40分26秒
  愛知県が一番多いのが、仏教寺院。 三河の風土・気質だろうか?
 だが、寺院と組の運営の中身は、知れば驚くほどお粗末きわまりない。

 「相続講」が機能していません。門徒にはその存在すらわからない。「問法」は、僧侶がもったいぶってお話になるが、内容は世間話のようで、法義の伝導になっていません。
 法名の手続きが馴れ合いで曖昧になっています。相手を見て値踏みがされたりもする。
 僧とは、修行する仲間の意味ですが、お高くとまった感じです。
               **********
 宗教・仏教は芸術と同じ次元の魂の営みです。世襲制で慣習を繋げるだけでは、信仰の対象の「宗教」ではありません。お経や宗教作法は古典芸能ではない。
 ピカソの息子は立派な芸術家でしょうか? 違います。 形而上学的な=精神的で霊的なもの=は世襲では繋ぐことができないのです。
 日本の宗教(仏教/主として浄土真宗)界全体に及ぶ大きな堕落です。
 親鸞聖人の頃と違うのは、識字率が100%に我が国。いまだに教典が「呪文」のようにはぐらかされたまんまです。仏の智慧などは一向に問題にされません。
 難行・易行・・・・と言うのですが、『易行』を勘違い。 僧は、在家の門徒と同じ日常生活で『業』もしらず。『行』も亡いのが現状。至誠心・深心・廻向発願心・・・・って、
「まじめに考えているんだろうか????」と、不快に思うこの頃です。 親鸞様のお心が理解される前に棚上げになっている無様さ。
 檀家を小馬鹿にしているかのようだ。結果、現状は「 黒い衣を着た葬儀屋さん」。
 生・老・病・死。 この生と死を世話するのが僧の任務。使命。
 生とは、仏陀が死の間際に言った、『真人しんにん』になる手助け。
 死とは、浄土に生まれさせる手助け。 極めて重要で価値ある使命を、ほぼ、まったく自覚して居ない。
 これほどの堕落はない。教育、政治、学者、それぞれに社会的任務があろうものを・・・・?

  今、私たち日本人は,無宗教だと言われているが、実は熱狂的なお金信者ばかりかと思う。
 僧侶は、法施だ ! そんなことはとんと忘れて、お布施を請求するばかり 哉
 

思想も見識も信念も・・言葉になって

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 8月13日(日)14時40分56秒
  この頃の人は皆学校を出て、大学を出て、それぞれ相当の優等生だろう。しかし、私は時折感ずるのである。

この頃は文章や詩になる会話、問答が無い。国会なんかへ行って、或いは報道を聞いておっても、宰相、大

臣をはじめとして、名士はうようよいるけれど、この人はできておるな、この人は教養豊かだな、高いな、

おもしろいな、と思うような思想・言論・応答、そういうものがほとんどない。皆いかにも通俗ないしは低俗

だ。良きにつけ悪しきにつけ、歴史の記録に留めておくような発言、言論が実に乏しい。「なんとか言え」とい

う俗語があるが、この頃の人間は何ともいわん。本当に屠所(と殺場)に曳かれる羊のようです。

 昔、大学を出て優等生だったのだろうけれど、本当の学問をしておらん。本当の学問というのは人間・人

格・教養・悟道というような学問であるけれども、そんな学問鼻にもしていない。ただ学校で教科書・参考書

を読んで、試験を受けて、与えられた一時間か二時間にいくつかの問題に答案を書けばそれでいい。講義を聴

いたり参考書を読んで、暗記出もすればそれで間に合うというようなものは真の読書でもなければ学問でもな

い。もっとも、職業人として職業的知識・技術くらいは皆持っておる。持たなければ出世もできん。けれど

も、人間としての悟道、そういうものが何もないから、問題が起こって、思いがけない場に立たされたとき

に、言葉・思想・見識・信念といったものが、言葉になって出てこない。誠につまらない、いわゆる通俗・俗

人である。新聞なんか読んでおってもつまらない。

その意味でも「なんとか言え」とはいい言葉であります。

それなのに、出てくる言葉は相も変わらず繰り言・泣き言である。いずれ相当の人物だから、大向こうを唸ら

せるほどでなくても、心ある者をして頷かせるような言葉がありそうなものだと時々注意するが何も出てこな

い。新聞を読むのも嫌になります。

 こんなことは言いたくないけれど、田中角栄さんは鄙夫(ひふ)より起って、とにもかくにも大日本国の宰

相になったんだから、何か一言あってしかるべきだ。さすが田中はなかなかできておると思わせるような挨拶

があっていいのに、ただベラベラ喋っているだけで、思想も見識も信念も言葉になって表現されていません。

 挨拶の本当の意味を知る人、いや文字を書ける人もこのごろは少ない。

                 淡宕の心境 「人間至宝の生き方への箴言集  酔古堂剣掃」   安岡正篤著より
 

※ 淡宕(たんとう)の心境 ※

 投稿者:管理人:苦縁讃  投稿日:2017年 8月13日(日)09時23分28秒
   今は消えた言葉か・・淡宕(たんとう)
          そして、真の 『学問』  ??
   *************************
 学問は、一朝一夕では会得できるものではない。

 のみならず、つきつめていえば、独り学ぶべきもの、「独」の心境で学ぶべきものである。

 「独」と言う字には、非常に複雑な、非常に深遠な意味がある。先ず第一に誰にでもわかるよう

に多くの人に対する一人、孤独の独という意味があり、その他に「絶対」という意味がある。

 相対を突きつめると絶対になる。

 それをさらに突きつめると人間も独になる。うまり、孤独の独ではない。絶対の独なのでありま

す。それがわかって初めて独立・独参・独行となる。

 独を味わうことは極めて尊いことです。「荘子」ではこれを「見独」と言い、仏教では必ずしも

禅に限らんが、独の深理、教え、深理を説いておるのであります。

 そしてだんだん独に徹していくと、初めて真の楽しみも開けてくる。そこが人間精神の最も微妙

なところで、「独楽」の境地が開けてくる。

 これを「一人楽しむ」なんていうのは極めて浅薄なる解釈であって、本当は「独の楽しみ」と考

えなければならん。

淡宕の心境 「人間至宝の生き方への箴言集  酔古堂剣掃」   安岡正篤著より
 

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